5-14 皇帝暇なし

 北の領地の遊説から帰ってきたら、貴族院や工場との打ち合わせが待っている。

 だが、その前に、めぐみから留守の間の報告を受けて、残っている書類を処理する必要があるのだが。

 皇帝というのも忙しいものである。偉そうに椅子にふんぞり返っているだけでは国は回らない。

 まあ、ここまで忙しいのは前皇帝の負の遺産と、ヨルエとかいう神モドキのせいなのだが。


 まず、午前中は、貴族院からの報告と相談ということで相凛太朗と加藤聖が報告にやって来た。

「試験管やフラスコなどのガラス容器に、計量、計測用の道具も一通りそろいまして、ようやく実験に入って行ける段階になりました。」

「まず、どちらからやっていきますか?」

 研究テーマは三つある。

 一つは魔法陣の縮小。二つ目は高出力に耐えられる魔法陣の材料に関して。そして、無線通信用魔法道具についてだ。

「僕と先生で縮小の方を、聖と淳に海斗で材料の方をやりたいと思ってます。」

「無線の方は後回しですか?」

「魔法陣の縮小と、高出力化をある程度進めてからの方がやりやすいと思うんですよ。あのデカブツを作る材料だってバカにならないんですから。」

「まあ、確かにそうですねえ。三百キロとかありますからねえ。」

「一辺のサイズを半分にしたら、重さは八分の一じゃないですか。四十キロならまだしも、三百キロとかの材料を、四階まで運びたくないですよ。」

「貴族院にもエレベーターを導入したらどうです?」

 優喜の問題解決方法は、何かがズレている。

「それは、やるとしても春ですね。今は無理ですよ。だいたい、作る材料ってどうするんですか? ティエユはすぐ近くで鉄がとれたけど……」

「そこが難点なんですよねえ。どこか近くに鉄鉱脈眠っていないかしら。」

 そんなのがホイホイと見つかれば誰も苦労はしない。


「まあ、分かりました。どうせ冬になると材料も採れないですからねえ。」

「あ、そこが相談したいところなんです。」

 聖が困り顔で言う。

「清水くんところのパーティーに色々採ってきてもらってるんだけど、そろそろ季節的に厳しいらしくて、植物系の素材は春までは無理だろうって。」

「もう十二月だからね。紅葉ももう終わりくらいなのかな?」

「みたいだね。紅葉狩りとかいってみたかったなあ……」

「秋らしいものなんて全然見てないよ…… ゲレムきて二ヶ月くらいになるけどさあ、ずっと仕事ェェ……」

 理恵と茜が遠い目で呟く。


「で、魔虫も冬眠するらしくて、雪の上には殆ど出てこないそうです。冬でも活動する魔獣はいるにはいるらしいんですけど、かなり強いらしくて、五級くらいだと狩れないそうです。」

「冬将軍とか、吹雪騎士とか、よく分かんないのが出ると言いますね。そいつらって素材は使えない者なんでしょうかねえ。」

「どうなんだろ? ねえ、フィガメカ?」

 茜は入口の脇で護衛に立っている近衛兵に聞く。


「申し訳ございませんが、私は実際にそのような魔物と戦ったことはありません。畏れながら、騎士団の者の方が詳しいのではないかと存じます。」

「例年だと討伐隊を出していると言いますから、その辺りも後で打ち合わせる必要がありますね。素材が手に入るようでしたら貴族院の方にも回しますよ。」


「それでですね、高いお金払って四級とか三級のハンターに依頼した方が良いのか、そこまでしない方が良いのかで困っていてですね。」

「むう。それは困りますね。情報が足りなさ過ぎですよ。」

「錬金術師協会とか魔術師協会にも聞いてみたんですけどね、そもそも冬って町の外に出るハンターも少ないから、わざわざ冬に仕入れなくても大丈夫なんだって……」

「は? 何ですかそれは。全く、役に立たない奴らですね。冬の間に研究くらいすれば良いのに……」

 ここで愚痴を言っても仕方が無いのだが、優喜はぷりぷりと怒りを顕わにする。


「まあ、状況は分かりました。とりあえず、上位ハンターへの依頼はしなくても良いです。」

「こちらでも考えてみます。あなた達は情報収集だけしておくようお願いします。」

「分かりました。」

 貴族院の二人は一礼をして応接室を出て行った。


 午後からは、工場チームと宮省の打ち合わせである。

 先日、製紙機が完成し、試運転して紙が五十キロほど出来たということだ。

 これは、差し当たっての在庫が少ない工場と貴族院で二十キロづつ分けて、残り十キロを商業組合に持っていく。

 紙はどんどんと売っていかなければ話にならない。

 尚、A0サイズの紙を百二十六枚を売って、金貨三十に銀貨八十四枚だ。


 工場からの出荷価格は、A4サイズ一枚が銀貨一枚半。A0サイズだと銀貨二十四枚だ。

 これは羊皮紙よりは安価ではあるものの、劇的に安いというわけではない。

 だが、均一な品質で大量に生産できるのが木製紙の特徴だ。材料の木材はまだ何百キロかあるので、すぐにでも生産は可能だ。

 羊皮紙屋では、在庫している分以上は販売できないし、注文しても届くまでにやたらと時間が掛かる。

 注文した翌日には手に入る、というのは大きな売りの要素ではある。


 現状と今後の予定についての報告だけで終わり、工場チームとの打ち合わせは七分も掛からずに終了した。

 紙の生産が可能になったということで、タイプライターに印刷機の製作、そして、自動車工場を作る作業に入っていく。

 自動車工場の機械設備も必要だ。

 簡単に言うと、ジャッキとクレーンの二つなのだが。

 だが、これは非常に製造が難しい。ティエユの向上にはクレーンは無かったくらいだ。


 これの何が難しいかというと、耐荷重の保証である。

 彼らは工業規格に沿った耐荷重の測定方法など知らない。まあ、ゲレムやウールノリアに、そんな工業規格なんて無いのだが。


 とりあえずとして優喜が定めた安全基準は、ぶっ壊れるまで負荷をかけて、その半分を上限にするというものだ。

 別に壊れるまでやらなくても良いのだが、試験した負荷の半分が上限である。

 彼らは、これを安全を確保するための絶対のルールにしている。

 事故が起きて数トンのクルマの下敷きになれば、下手をしなくても致命傷になりかねない。

 ちょっとくらい、なんて絶対に認めないし、工場内でのルールを守らない者は誰であろうと、どんな理由であろうと、工場への立ち入りが禁止される。


 鉄材はまだ十六トンほど残っている。

 印刷機で二トン、自動車工場で十トン、そして、トラックを作るのに四トンの配分で作る予定だ。


 印刷機を作るのは比較的簡単だ。

 幾つかのローラーを枠組みに組み込んで、それに歯車とチェーンを付けて、動力と繋げば良い。

 それにインク用のタンク、ロール紙を取り付ける給紙部分、印刷機が終わった紙を裁断する機能を付けていく。

 設計が全部できていれば二日も掛からずに完成する。


 それに対し、タイプライターは難易度が高い。

 細かい部品が多い上に、フォントセットは魔法加工がで作成できない。

 いや、数ミリ角の土台部分は魔法で作るのだが、そこに文字の形を彫り込むのは手作業だ。

 とは言っても、鍛冶道具でキンコンキンコンやるわけではない。


 キンキンキンキンキンキンキンキンキン


 なんてシーンは無いから安心してくれたまえ。

 どうやって加工するのかと言えば、魔術を使う。

 指先から高圧の魔力のスパークを放ち、鉄を彫るのだ。

 魔導エンジンを作る際に、魔法陣を彫るのと全く同じやり方だ。

 これはそこらの鍛冶屋も彫金師もやっていることで、特段珍しいことでもない。

 ちなみに、これの効果音は「ごす。」だ。何故か鈍い音がする。


 タイプライターの製作は女子二人に任せて、他の者は自動車工場を作る方に全力を注ぐ。

 ただし、平田登紀子だけは、冬支度の準備を進める。

 全員分の毛布にコート、油や脂、さらに麦や芋、肉に野菜の発注。

 薪は買わずに自分たちで森で木を伐ってくるつもりだ。

 紙の原料の分を含めて、丸太を何十本か調達する。

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