5-13 そうだ、遊説に行こう。
そろそろ来る頃だと思ったんだよ。
調子よく進んでいたら邪魔してくるやつが。
そう。ヨルエだ。
神を名乗るコイツは何故かやたらと優喜たちを敵視している。
また、神託が下りた。
曰く。
破滅の種が帝国で成長している。世の中が足下からひっくり返るだろう。すでに、帝国はもう亡びたも同然だ。
神のお告げなどというのは、そうポンポンと出すものではないだろう。半年も経たないうちに、もう三回目である。これでは、ありがたみや重みも薄れるというものである。
それにしても、いつもながら悪意に満ちまくったお告げだ。
確かに言っていることは、ある意味では間違っていない。
『ゲレム帝室』や『腐りきった貴族』の視点では、まさにその通りであろう。
皇帝の血縁者は奴隷紋を刻まれた上に、下働きの平民としてこき使われているし、皇太子は牢に繋がれている。
貴族も上級下級含めて既に十四人以上が処刑されているし、二十八人以上が降格処分を受けている。
彼らにとっては、足下からひっくり返されたも同然だ。
ウールノリアの王室では、ここ最近頻発する神託とやらに否定的だ。懐疑的とかいうレベルではない。
ここにきて、国王の名で一連の神託を邪神の妄言・虚言・戯言の類であると断じたのだ。そして、それを信じるものはヨルエ教信徒に非ずとも強調している。
まあ、本当のところは、優喜の言うように、ヨルエがロクでもない存在なのだが。
そして、優喜も後手にばかり回ってはいない。
「ヨルエ教団が貴族の権利と財産を狙っている可能性がある。怪しげな流言を撒き散らしているのは、体制の転覆を図り、己が欲を満たそうとしているからに他ならない。」
と各地領主に通告したのは神託の前日だ。
優喜がヨルエの動きを読んだのか、ヨルエが優喜の動きに反応したのかは分からないが、これのお陰で各地の貴族たちも迅速に対応している。
皇帝に就いた時より、変なお告げとやらに惑わされると前皇帝のように破滅する、と釘を刺してあったのだが、さらに加えてのヨルエ教団への牽制である。
それを受けて、各領主も教団の神託の発表に速やかに対応している。
「妄言を広めて破滅に導こうとしているのは教団の方だ。」
「民の安寧の為にも、邪神に唆された愚か者は厳正に処罰する。」
「新しい皇帝陛下は邪なる者に破滅を齎す。善良な市民にとって暮らしやすい国となるだろう。」
などと大義名分美辞麗句を掲げて教会の動きを押さえ込んでいる。
そうなると大変なのは教団である。
基本スタンスとしては、神のお告げを放置するわけにもいかないのだが、実際に何か行動を起こすこともできない。
もう十一月も末。地球の暦だと十月初旬あたりだろうか。
ただし、気候的には札幌よりもやや寒冷で。十三月になれば雪が降り始める。
教会や神殿だって、冬支度をしなければならない。
特に、地方の教会は自前の畑を持っているのが通常で、秋まきの野菜の畑作業もあり、てんやわんやである。
町に出て活動しろと言われたって、できるはずが無い。そんなことをしていたら、春を迎えることなどできなくなってしまう。
そしてこれを機に、優喜と芳香は、新皇帝としての挨拶を兼ねての演説をするために各領地を巡る。
経費と移動時間を最短とするために、僅かな護衛だけを連れてバスで全国を駆け回る予定だ。
大勢で動けば、各地領主にも一般市民にも負担が掛かるし、宮殿のマンパワーが減少してしまう。
しかも、行く先々の負担にならないようにと。パンや乾燥野菜などの食料まで積みこんでの旅だ。
ただし、一度に全部の領地を回ると、帝都というか宮殿を留守にする期間が長くなりすぎてしまう。ということで、宰相めぐみに大反対されて、北東西南の四回に分けることにした。
ということで、最初に行くのは、ゲリミクより北側の七領だ。その走行距離は、全部で一千キロを超える予定だ。
ドライバーは優喜と芳香も含めて六人。
今回は、人員削減のため、皇帝自らハンドルを取る。
従者や近衛から反対の声はあったが、最大効率を追求するという名目で退けたのだが、多分これは、ただ乗っているのが暇で嫌なだけだろう。
何より、バスの中で一番クッションの良いシートは運転席なのだ。
伴をするのは優喜と芳香の従者合わせて六名に、護衛として近衛隊から四名、魔導士団から二名が参加している。
各領の主要な町で演説をして、領主と軽く会談をして、終わったらすぐに出発。そして、夜を徹して走ることで、日程の短縮というか圧縮を図る。
そのため、今回は領主邸には一泊もしない。寝るのもバスの中である。その間も、バスは走り続ける。
尚、運転手と見張りは交代だ。見張りが別に付くのは居眠り運転防止のためだ。
日の出とともに帝都ゲリミクを出発し、北へと向かうと、どんどん空が暗くなってくる。
みるみるうちに雲が低く垂れ込め、猛烈な雨が降り出した。
なんと、幸先の悪いスタートだろうか。
「これは恐らくヨルエの仕業ですね。なんと性格の悪い邪神なのでしょう。」
「陛下と言えど、そのようにヨルエ様を侮辱するのはお控えいただいた方がよろしいかと……」
優喜の呟きに、従者トルドキが諫言する。
「ヨルエでなければ一体何だと言うのですか。この積乱雲は明らかに魔力で作られたものですよ。」
「魔力で……?」
明らかに狼狽する従者たち。
「試してみましょうか? ちょっとバスを停めてください。」
ジョガシェラがバスを停めると、優喜はドアを開けて、外に出た。
と、その瞬間、雷が優喜を襲う。
だが、雷は優喜を避けるようにして地面に炸裂した。
さらに何度も雷鳴が轟くが、優喜の周辺を避けるように落雷していく。
「とまあ、こんな感じですよ。あ、出してください。」
バスに乗り込んだ優喜は平然と言うのだが、従者も魔導士も蒼白となっている。
「無茶なことしないで。」
芳香も不機嫌そうだ。
「ヨルエは広範囲に魔力を撒き散らすのは得意なようですが、局所的な濃度なら負けませんよ。魔石もありますからね。それに、出力はバカみたいに高いけれど、狙いが甘いんです。だから、走っているバスを狙えなかったんですよ。」
優喜はかなり確信を持って言っているようだ。
「まあ、この嵐では演説もできませんから、少しゆっくり行きましょうか。」
「いつまで続くのでしょう?」
「そう何時間ももたないと思いますよ。そんな力があるとも思えません。まあ、せいぜいが一時間でしょうね。」
優喜の予測は正しかったようで、一時間もしないうちに雲が散り、雨が上がってくる。
皇帝の言った通りとなり、従者たちも、揃って安堵の様相を見せる。
酷い土砂降りの中、それでもバスは突き進んでいたとはいえ、ミリア領都に到着したのは予定より一時間も遅れてのことだった。
まず領主城に向かい、ミリア卿に軽く挨拶をすると、街の広場に出て演説である。
ちなみに、演壇は土魔法で皇帝自らが作る。
軽く挨拶をした後に、前皇帝の罪について、そして所信表明演説へと続いて行く。優喜はごちゃごちゃと難しい言葉を並び立てることはしない。
そもそも、対貴族ではなく、学の無い市民の前での演説なのだ。小難しいことを言ったって理解されないだろう。
そして、それほど長い時間の演説ではない。
市民がちょっと足を止めて聞いていられる程度の長さだ。
「最後に、この国の民の平和と安寧を願い、より良い国にしていくことを誓おう。」
優喜が締め括ると、広場は歓声に沸いた。
「ふう。上手くいったようですね。」
壇を降りてバスに戻ると、優喜は珍しく安堵を浮かべて言う。
「お疲れ様。じゃあ、次はエランスゼヘルだっけ?」
芳香が労い、予定の確認をする。
「その前に、領主とちょっとお話をしなければなりません。」
「ああ、そうだっけ。」
「ということで、領主のお城に向かってください。」
ジョガシェラがハンドルを切ってバスを反転させると、来た道を戻って領主城へと向かった。
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