5-15 二度あることは三度ある

 五日かけて自動車工場が完成したら、その報告と今後の相談のための、宮省と会議だ。優喜は東へ遊説の旅に出ているため不在だ。

「それで、相談とは?」

「印刷機や自動車工場を作るのでかなり使ったので、鉄材の残りが少なく、トラック一台分に足りない可能性があります。」

「全部で十六トンくらいありませんでしたっけ?」

 理恵の怪訝そうな顔で訊く。

「あ、はい。工場を建てるのに、鉄骨で結構使ったので……」

 そう言う幸一の目は何故か泳いでいる。

「何を、作ったの?」

 理恵の目力めぢからは凄まじい。普段は普通なのだが、気合を込めると凄いことになる。

「自動車工場、です。」

 圧倒的な眼力に圧されて、幸一は小声になる。


「ほほう。その設備を報告なさい。ティエユには無かった何を作ったのか。」

 茜は中々勘が良い。冷ややかな目で命令する。が、こちらはどんなに頑張っても普通に女子高生の表情だ。

「ク、クレーンを。UFOキャッチャーみたいな感じで、天井を自由に動かせて……」

 要は床上操作式クレーンというやつだ。え? 知らん?


 簡単に言うと、横方向にクレーンを移動させるレールを、前後に移動させるレールに取り付けたものだ。

 このクレーンの操作を吊り荷と一緒に移動しながら行うのが床上操作式クレーンだ。

 操作方法はUFOキャッチャーと同じだ。っていうと、有資格者に怒られそうだが、実際問題、上下移動、左右移動、前後移動するだけなんだよ。

 ちなみに、日本でこの手の移動式クレーンの操作をするには、相応の資格や技能講習を受ける必要がある。

 ただし、十八歳未満は免許の交付がされないし、講習が修了しても就業不可なので注意が必要である。

 このクレーンの吊上荷重は三トン程度なので、小型移動式クレーン運転技能講習が必要である。もちろん、移動式クレーン運転士免許を取得しても構わない。


「それを作ったから、鉄が足りないと。」

「はい。」

「もっと先に作るものあるでしょ? ここのエレベーターとか。」

 理恵がワガママを言い出した。

「冗談は置いとくとして、除雪車とかも欲しいんだよね。ってことで、また鉱山に行ってこようか。」

「除雪車って?」

「見たことあるでしょ? あの、雪をドババーって飛ばしてくやつ。」

 またデタラメな物を作るつもりらしい。

 そして、東北ならともかく、関東以西の人には全く分からないだろう物を……


 オーガと呼ばれる螺旋状の金属ブレードを横向きに配置した部位があり、その螺旋ブレードを回転させることで雪や氷を中央の取り込み口にかき集め、その奥にある回転羽で煙突状の部位から吹き飛ばしていく豪快な物体だ。

 詳しくはロータリー除雪機あたりで検索すると良い。


 ラッセル車では雪を横に除けるだけしかできないが、このタイプの除雪車では雪を高く積み上げたり、ダンプカーに積むのにも使うことができる。

 ダンプに雪を積んでどうするかって? 雪堆積場に捨てに行くのですよ。

 札幌市内には幾つもの雪堆積場があり、二月にもなると堆く雪が積み上げられる。初めて見た人が、そりゃあもう吃驚するほどだ。


「いや、あんなの無理ですよ。構造も作り方も分からないし。除雪用に作るとしてもブルドーザーとかラッセル車くらいですね。」

「火魔法で溶かす溶かすのでも良いような気もする……。」

「溶けた後、ピッカピカのスケートリンクにならない?」

「みんなでスケートしようよ。」

 理恵は真面目に話をするつもりがあるのだろうか。


「スケートってあるの?」

「それも作ろう! 靴って何が必要? 革? 今すぐ仕入れて!」

「ちょっと待てよ。俺らが作るのかよ?」

「作ってよ。」

「無茶言うなよ。靴屋に聞いてみるよ。」


 理恵がふざけたことを言っている間に、茜は諸々の書状を書いている。

「はいこれ。」

「お? スケート靴の発注?」

「違うよ。鉱山の方だってば。」

 いつまでもボケ倒す理恵に、茜は普通に答える。


「いつ行くの?」

「早い方が良いんだけど。魔導士団の方が都合がつけば明日にでも出たい。」

「じゃあ、聞いてみるよ。あ、そういえば、バスは優喜様が使ってるから、トラック二台で良い?」

「どこ行ってるんだ?」

「ヨルエ教のお告げがまた出たとかで、面倒なことになってるからね。もっと面倒になる前に叩き潰しに行くって。あ、芳香様も一緒に行ってるから、暫くは大人しくしててね。私たちの権限って芳香様よりかなり低いから、何か問題起きても対処できないよ。」

「分かりました。」

「じゃあ、こっちは四、五日で帰って来る予定で。」

 茜が話している間に、理恵が従者を魔導士団に走らせている。一応、仕事をするつもりはあるようだ。


 翌々日。

 トラック二台が西門を出て行く。

 メンバーは魔導士団から小島明菜と園田愛梨の二人、工場側は堀川幸一、田村零士、韮澤駿、吉田セシリア、宮川晶、平田登紀子の六人だ。


 バンツには既に二往復しているため、街道はかなり整った状態になっている。少々の轍や凹凸はあるものの、地均し魔法が多少間に合わなくても車重で踏み潰していくことができる程度だ。

 トラック二台が、時速六十キロほどでかっ飛ばしていく。


 この速度域は、馬の短距離全力疾走を超える。

 もっとも、馬より速く走る獣や鳥は普通にいるのだが。


 明菜たちの乗ったトラックはサシュトス領を突っ切ってバンチュラ領へと向かう。

 このペースで行けば、昼には領都バンツに着くだろう。

「ちょっと早過ぎない? あんまり早くに着いても暇なだけだよ。」

 愛梨が言う。

「鉱山に行っちゃう?」

「それはそれで微妙な時間だよね。」

「久しぶりに狩りでもしようか?」

「この辺ってなんかいるの?」

「少しゆっくり行ってみようよ。」

 中型トラックに乗る女子メンバーが勝手に決めてしまう。


 ということで、魔物を探しながらゆっくり向かうことにした。

「お? 何だあれ?」

 登紀子の声でそちらを見ると、沼から角のある頭を出している魔物っぽい生き物がいる。

「こっちこい!」

「飛んで火に入る夏の虫さん!」

「もう冬になるけどな。」

 なんて言っていると、魔物が沼から全身を現した。

 鋭いトゲが幾つも生えた直径二メートルほどの甲羅から長い首を持つ大亀だ。

「あの甲羅って、素材になるのかな?」

「どうだろう?」

「あのトゲトゲが角なら甲羅も素材になりそうだな。」

「あ、こっち来るよ。誰がやるの?」


「じゃあ、俺やるね。」

 駿が詠唱して魔法を発動すると、亀がひっくり返った。

 亀の片側の足元から、土柱を勢いよく突き出させたのだ。

 大したダメージは受けていなさそうだが、トゲが地面に刺さり、全く起き上がれそうにない。


 十秒ほどジタバタしていたかと思ったら、突如噴き出した水に乗って亀が起き上がった。

「魔法を使ったぞコイツ!」

「気をつけて!」

「っていうか、さっさと殺れよ!」


 そして、複数のウォータービームが奔り、亀の頭を貫く。

「瞬殺だね。」

「楽勝!」

「油断するな! 索敵!」

 浮かれている登紀子たちを幸一は一喝する。

 だが、周囲には特に何もいなさそうだ。


 幸一たちは、苦労して亀を中型トラックに積むと、改めてバンツへと向かってのんびり走って行った。

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