5-03 みんなで起業
「みなさん、お揃いですね。では、さっそく協会やら組合やらに登録を済ませてきてください。その間に私は工場を建設します。私は馬車で向かいますが、みなさんは徒歩でお願いします。普通に歩いた方が早いし……」
優喜は姿を見せるなり挨拶もせずに指示を出すが、最後は愚痴になっている。
「登録が終わったら、工場予定地に来てください。まあ、製紙、印刷出版、自動車製造の三つあるのでそれなりに時間が掛かるとは思いますが、昼までには終わるでしょう。それまでには、建物は完成させてしまいます。」
優喜は本当に三、四時間もあれば建物を潰して建て直せる。
元々、魔力の低さが優喜の弱点であったのだが、魔石の利用により、その問題をある程度克服している。
数個の魔石があれば、工場建設は問題無くできるだろう。
「製紙はともかく、印刷出版は何て節目すればいいんだ? 本を作るって言ったので良いんですか? 自動車製造って絶対分かんなさそうだけど、金属加工にした方が良いんじゃないですか?」
「印刷は、本を作るで良いです。自動車は、現在の鍛冶屋とは競合しないことは強調する必要があるんですよ。槍とか剣とか鍋とか作らないですからね。」
「なるほど。承知しました。」
これまではタメ口が多かった堀川幸一だが、言葉遣いに気を付けているようだ。。
「多分、幸一以外の人も商人か職人の組合に入ることになりますので、その辺りは窓口で話を聞いてください。」
「分かりました。」
「はい。皇妃の事業である証書です。足りると思うけど、必要だったら言ってください。それと、手続きなどに必要なお金として金貨二十一枚を用意しています。お金はきちんと帳簿をつけて管理してくださいね。」
理恵は皇妃の封印がされた封書を六枚を手渡し、従者がズッシリと重みのある革袋を渡す。
「こちらは皇妃事業の従業員証明です。一人一枚なので、名前を確認してください。」
「僕の分は無いのか?」
司が聞くが、優喜たちは完全無視だ。
「これって何に使うの?」
従業員証明を受け取った美紀が首を傾げる。
「ただの身分証だから、普段の仕事や生活ではあまり使わないと思う。あ、でも宮殿に来るときは絶対必要だから忘れないでね。」
「かなり大事なものですので、失くしたり、盗まれたりしないよう注意してください。」
「分かりました。」
「では、忘れ物は無いですね?」
「みんな、大丈夫か?」
各人、荷物を見直している。私物は全て持ってきているので、結構大荷物になっている人もいる。
「問題無ければ出発してください。」
優喜が馬車に乗り込むと、工場チームも動き出した。
商業組合などは町の中央付近、城門を出て百メートルほど南に行った所にある。そのすぐ南側が中央広場だ。そこから北へと屋台通りが伸びているが、今はそこには用は無い。
まず職人協会に行き、工場の登記。それが済んだら製紙および印刷出版、そして自動車製造で新たな協会を立ち上げる。
そして、商業組合で新しい工場や協会の広示の手続きだ。これは単に、商人や商会に「こんな工場とか協会ができたよ」と知らせるためのものだ。
商業組合や職人協会は、日本で言うところの法務局や税務署の一部の機能を有している。
工場に課せられる税は職人協会を通して納められるため、登録しないという選択肢は無い。無登記営業していれば、組合や協会ではなく、領主や皇帝の兵がやってくるだけだ。
皇妃事業の利益は全部が宮廷に収められるというか、宮省の帳簿に連結計上されることになっている。そのため、申告とか納税とか関係が無いのだが、一応、他者への体裁ということで形式的に登録することになる。
まあ、単に「あいつら無登記でやってるぞ!」と騒ぐ莫迦が出てこないようにするために、面倒な手続きをしておくということだ。
幸一たちは、手分けして何十枚もの書類に必要事項を書いていく。
工場登録には事業の内容や計画、組織構成、所属する従業員の一覧、そして手数料と登記税で金貨一枚が必要だ。
そして、協会は活動趣旨に約款、登録税は金貨三枚だ。
製紙工場、自動車製造工場、印刷出版工場と三つの工場と協会を一気に登録する。
職人協会の担当者は話を聞いて最初は呆れていたが、宮省の管轄事業なのだと知り得心していた。
大量の書類を提出し、金貨を支払ってから審査される。
皇妃の証明書類がある以上は、審査の結果、設立を認めないなんてことにはならないが、建前上書類のチェックは必要だ。
対面での質疑を交えながら審査が行われ、やっと全部が終わったのは午前十三時を回っていた。
「疲れたー!」
「なんかスゲー仕事した気分だな。」
書類をいっぱい書いただけで満足するようでは、まだまだ子供である。
中央省官吏である奥田友恵や根上拓海などは、二人だけで毎日倍ほどの書類を書いている。
その辺りの適性を買われて登用されたのだろうけれど。
「何かお腹すかない?」
中島翔子が疲れた顔で言う。
「朝ちょっと早かったからね。でもまだ、お昼には早いよ。」
「早く工場行って、やること終わらせようよ。グダグダしてたら余計に昼ご飯遅くなっちゃうよ。」
佐藤美紀と林颯太が疲れた顔をしつつも、真面目なことを言う。
「工場って東門の北側で良いんだよね。」
「早く行こうぜ。荷物下ろしてえ。」
田村零時が先頭に立って歩き出し、他のメンバーもそれに続く。
そして、その後ろを清水司が付いていっていた。
「やっと来ましたか。」
工場の場所は街はずれ、東門近くの工業地域だ。
既に一棟の建物が出来上がっており、優喜は、はめ殺しの窓ガラスを入れているところだった。
「入口って何処なんだ?」
「いつから建物には入口があると錯覚していたのですか?」
…何…
……だ…と……?
「いや普通あるだろ! 何で無えんだよ!」
思わずツッコミを入れてしまった幸一が、優喜の近衛兵に睨まれる。
「やれやれ。仕方がないですねえ。」
「私が悪いんですか?」
歯を食いしばり、必死に堪えながらも抗議する幸一。
優喜が壁に触れながら詠唱し、土属性の魔法を放つ。
幅四メートル高さ三メートルほどの壁が音もなく消失し、大きな入口が開いた。
「広すぎないですか? ドアとかどうするんです?」
「入り口はドアではなくてシャッターを作って入れてください。鉄骨に使った鉄材はまだ残っていますので。荷物の搬入出もここからやりますから、トラックが入れなければ困ります。」
「ああ、なるほど。」
「では、仕上げ加工をしてしまいます。」
優喜は魔法陣をいくつも書き出すと、無詠唱で一気に起動していく。
工場全体が魔法の光に覆われ、壁の表面にツヤのあるガラス質の層が形成されていく。
「工場っていうより、神殿みたいですね。」
呟いたのは、優喜の従者、ジョガシェラだ。
確かに、周囲を見渡しても、類似する建物などただの一つもない。
まるで白磁のような美しい壁面に、並ぶガラス窓。
下町の工房街に不釣り合いな、美しく輝く建物だ。
幸一たちは早速中に入ってみることにした。
「一階は倉庫と重作業場、それとトイレです。二階が軽作業場で、三階に階に事務室、会議室があります。」
「ただし、まだドアがありません。机や椅子、棚もありません。午後にでも木工屋に行って発注してください。」
「トイレのドアが無いの? ヤバいってそれ!」
青木美穂が絶望に涙する。
「早く木工屋行こう! のんびりお昼ご飯食べてる場合じゃないよ!」
翔子が急かし外に向かうが、幸一は逆に建物の奥に向かって歩く。
「机とか椅子はともかく、寸法取んなきゃドアは作れないだろ。」
幸一に言われて女子陣が慌てて奥へと向かっていく。
「では、私はそろそろ宮殿に戻りますが、良いですか。」
「ちょっと待って! 家! 俺たちの住むところは?」
韮澤駿が慌てて声を上げる。
「おお、すっかり忘れていました。ウェミヤカッソ、案内してあげてください。」
ということで、幸一と美穂、翔子の三人が木工屋へ、駿と美紀が家を見に行くことになった。
その間、残りの者で入口のシャッターを作る。
材料となる鉄は建物の鉄骨用にと運び込まれていたのが残っている。
鉄の板を針金で繋いで、入口の上部に取り付ける。
さらに、左右にシャッター用のレールを取りて、一応の完成を見る。
が、また、鍵が無い。
「シャッターの鍵ってどうやって作れば良いんだ?」
田村零時が難しい顔をして言う。
「知らぬ! 存ぜぬ! 聞いたことありませぬ!」
古屋柚希が大威張りで言う。
「一番下で、南京錠で留めれば良いんだけど。」
吉田セシリアはそう言うと、シャッターの下部に鍵で留める箇所を作った。
「ほう。して、その南京錠はどう作るのかね?」
柚希は何故か偉そうだ。
「知らぬ! 存ぜぬ! サッパリ分かりませぬ!」
どこぞの帝王の影響を受け過ぎである。
大威張りでセシリアも匙を投げた。
「おお、シャッター出来てるし!」
留守番組が途方に暮れていると幸一たちが帰ってきた。
「堀川さ、鍵の作り方って分かる?」
零時が難しい顔をしながらも、胸を張って聞く。
「鍵?」
「シャッターの鍵が作れなくて困ってるんだ。」
「作れねえか? いや、小さくてカッコ良いものを作ろうとするからできないんだよ。材料の鉄はまだあるんだろ?」
「ああ。」
幸一は材料置き場に行くと、手頃なサイズの鉄塊を手に取り土魔法で加工していく。
出来上がった錠も鍵もやたらと巨大だ。
錠の本体サイズは手のひら大を遥かに超え、鍵も長さ十センチ以上あり重さも一キロ近くある。
「すげえ鉄の塊だな。」
「これって鍵なの? 新しい武器かと思ったよ。」
「文句あるならお前ら作れよ!」
せっかく作ったのに文句ばかり言われて、幸一は激おこだ。ぷんぷん丸だ。
「大変申し訳ございませんでした!」
零時とセシリアは腰を直角に曲げて謝る。
「じゃあ、お昼ご飯にしようよ。」
「美紀たち、家見に行って帰ってこないよ?」
「そんなに遠くないんじゃなかったか?」
「そう聞いてたけど……」
「って、平田さん、何してるの?」
「道路デコボコだし、でも綺麗にしておこうかなって。」
平田登紀子の言うように、工場の前を走る道路は、いや、ここに限らずゲレム帝国の道路事情はかなり悪い。
道路を整備するという概念が無いのだろうか。深い轍があるのはもちろん、なぜだが知らないが、穴がそこかしこに開いている。
登紀子は範囲に気をつけながら地均し魔法を使う。
みるみると真っ平らになっていくのを見て、セシリアも地均しに参加する。
「えいやっ」
「とうぅ」
大声をあげながら二人で競うように道路の地均しをしていき、東門前まで来たところで、駿と美紀が戻ってきたところに出会した。
「何やってんの?」
駿が呆れ顔で聞く。
「道路が酷いからさ、ちょっと綺麗にしてた。」
「ああ、確かに道路酷いよね。ヴェイゾはもっと綺麗だったのに。」
「ティエユなんて札幌より綺麗だったのに。」
「あれは異常だろ。優喜様ってさ、基本的にやり過ぎなんだよ。」
「絶対、頭おかしいよね。良くも悪くも。」
本人がいないところでディスられる優喜。
「ただいま戻りましたー!」
工場のに戻って来て美紀が元気よく挨拶する。
「そんじゃ、昼飯にでもするか。久しぶりに屋台で良いか?」
「ここの屋台って何あるのかな?」
「まあ、パンと串焼肉と果物じゃね?」
「行ってみよー!」
各自散って屋台を物色し、昼食を摂る。
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