5-02 平民組も就職

「みなさん、今までありがとうございました。お陰で事業を展開する方向性も見えてきました。今日で、物流経済動向調査は終了いたします。」

「やっと、次のステップに行けるね。」

「ええ、みなさんも頑張ってください。そうそう、渡辺くん。騎士団から合格と聞いています。明日の朝からあちらに参加してください。朝食後すぐにでも案内させますので、それまでまでに荷物を纏めておいてください。」

「おお、おめでとう!」

「合格おめでと~」

「サンキュー!」

 友人たちからの祝いを受けて、合格の渡辺直紀は素直に喜んでいる。

「工場組はどう動けば良い?」

「あ、工場希望者はこっち集まって。説明することと、相談することがあるから。」

 理恵が声を張り上げて希望者を呼び集める。

 工場は宮省主導事業の一つだ。その責任者は茜と理恵になる。

 堀川幸一をはじめとして十一人が立ち上がり、会議室の一角に集まった。


「文官希望者はいますか?」

 手を挙げたのは五十嵐寿と鈴木こだまの二人だけだ。

「役人と職員のどちらにしますか?」

「何が違うのか分かんないよ。」

「端的に言うと、役人の方が偉いです。職員は、まあ本当に下っ端の雑用がメインです。いずれにせよ上司は貴族です。役人は頭脳労働ですが、職員はどっちかというと肉体労働ですね。ちなみに、省庁は宮省が一番良いでしょうね。中央省はお勧めしません。」

「え? なんで?」

「苛酷ですよ。特に今はめぐみが鬼と化していますから。宮省だと、工場とのやり取りがメインの仕事になると思います。大蔵省とかもありますが、知った顔がいる方が安心でしょう?」

「じゃあ、宮省の役人でお願いします。」

「俺もそうさせてもらって大丈夫か?」


「じゃあ、では二人とも宮省付けの役人で良いんだね。一応、トップ私だから。」

 茜が言いながら二人を手招きする。

「寮ってあるんだよね?」

「今、泊まってるとこが平民用文官寮だよ。」

「あ、そうなんだ。じゃあ、引っ越しとかはしなくて良いのかな?」

「他の人たちが出て行ったら、部屋は移動になると思うけど、まあ、後でだね。」


「次、兵士希望の方はいますか?」

 優喜の問いに、五人が手を挙げた。

「宮殿警備と都市警備のどちらにします。」

「何が違うの?」

「宮殿警備は国軍に属していて、管理職は貴族です。魔物の討伐とかに行ったりもします。都市警備の方はこの町の機能の一端で、軍属ではありません。貴族はこっちの方が少ないですね。門番と市中巡回などが警察的な役割で、基本的に町の外に出ません。お給料は下っ端はどちらでも同じ。ですが、宮殿警備の方は、平民は出世する事はありません。」


「ふむふむ。寮はあるの?」

「どちらにもありますよ。」

「迷いどころだな。」

「どちらにします? さあ、さあ、さあ!」

 やたらと急かす優喜。

「宮殿の方!」

「その心は?」

「多分だけど、そっちの方が美味いモン食える。」

「成る程。」

 優喜が否定しないってことは、その可能性は高いのだろう。

「じゃあ、俺も宮殿で。」

「同じく。」

「私も!」

「みんな宮殿なの? じゃあ、私もそっちで。」

「主体性が無いのはダメですよ。」

 優喜が嗜める。

「そんなこと言ったって、一人でって不安じゃん……」


「まあ、良いです。宮殿警備はこの後案内します。まあ、引っ越しは明日の朝食後すぐでお願いします。」

「はーい。」

 五人は揃って返事をした。



「その他のみなさんも、朝食はご用意しますが、それ以降はありません。部屋からも出て行っていただきますので、早めに荷物を纏めておいてください。」

「ちょっと待ってくれ。」

 もう読めてる。清水司のいつものやつだ。

 自分の楽観的希望が打ち砕かれて文句を言うパターン。

「何です?」

「出て行けってどういうことだ?」

「どうもこうも、私はニートを養うつもりはありませんよ。何の希望も言ってこない人に何かしてあげることもありません。」

「津田さんや村田さんたちにはいろいろとしているだろう?」

「めぐみや楓が何故出てくるのです? 私が何かしてあげているのは芳香だけのはずですが。」

「本当だよ。私ももうちょっと可愛がってよ!」

 横から理恵の文句が飛んでくる。


 変な野次は無視して優喜は話を続ける。

「文句を言う前に、考えてください。努力をしてください。私は怠け者に差し伸べる手など持っていません。」

「怠け者って、僕たちだって頑張っている!」

「ただ頑張るのではダメだと再三言っているはずですが。苦しい思いをして頑張ることは、何の評価にも値しません。溺れる者がどんなに必死に藁を掴もうともがいても、そんな行為は何の評価の対象にもならないんです。濁流の中をスマートに泳ぎ切るために、どうすれば良いかを必死に考えて、試行錯誤することを努力と言うのです。」

 優喜の要求するレベルは果てしなく高い。

 普通、そこらの高校生どころか、大人だってそんな努力ができる人は少ない。


「良いですか。自分がすべき事は何なのか、どうすれば効率よく行えるか、それを常に考えるんです。毎朝ちょっと考えてみる、のではありませんよ。起きて意識があるときは、一秒たりとも休みなく、ずっと考え続けるんです。」

 何か、頭オカシイ事を言い出した。

 そんな事できたら、正真正銘、天才だよ。


「僕だって考えている!」

「何をどう考えたのですか? これからの生活はどうするのです? 食べ物も仕事もなくなる冬をどう乗り越えるのです?」

「食べ物がなくなる?」

 司は素っ頓狂な声をあげた。

「この辺りは雪が積もるんですよね? 吹雪く日も多いんですよね? 雪が積もったら、屋台とかも出ないんですよね? 店や工房も殆どが閉まっちゃうんですよね? それでどうやって、食べ物を入手するんですか?」

「そんな事聞いていない! 何故もっと早く言ってくれないんだ!」

「あなたが人の話を聞いていないだけでしょう? セシリアが一昨日に報告していたじゃないですか。」


「え? 何? 呼んだ?」

 工場希望者の中に入っている吉田セシリアが振り向いた。

「いえ、冬は雪が積もるし店も閉まっているという報告をしていたのはセシリアさんでしたよね、という話です。」

「ああ、それね。ハンターとかやってたら、凍死とか餓死とかしそうだよね。」

 セシリアはサラッと言うが、司は衝撃の事実が発覚したような驚愕の表情をしている。


「はい! 宮殿警備、俺も良いっすか?」

 榎原敬が挙手して言う。

「ブブー、時間切れです。」

 何という酷い返答か。さすがは優喜だ。

「そこを何とか!」

「ダメです。」

 敬は手を合わせて頼むが、優喜はにべもない。

「遅くなって済みません。僕も宮殿警備にしたいです。どうか、お願いします。」

 敬は頭を深々と下げる。

「仕方がないですねえ。」

 溜め息を吐きつつ優喜が折れた。

 いや、折れたというより、真面目に礼節を持ってお願いされたことは無碍にはしないのが優喜の性格だ。

 逆に言えば、人にものを頼む態度ではない、と感じたら絶対に聞かないのが優喜だ。


「それでは、他に何も無ければ解散とします。みなさん、お疲れ様でした。」

 優喜は解散を告げると、工場チームの方に向かう。

 こちらも、基本的な説明は既に終わっている。

「では、代表者を決めちゃいましょう。」

「代表者?」

「ええ。こちらと書面で遣り取りをする際には、代表者の名前でやってもらいますから。それに、商業組合やら職人協会やらに登録もしますしね。」

「あれ? 登録は私なんじゃないの?」

 理恵が小首を傾げる。

「それだと不便なんですよ。現場の人を立てた方が楽ですよ。お互いに。組合やら協会って全部平民で構成されているわけですから、皇妃にアポ取って話してって、メチャメチャ時間が掛かるんですよ。帝都に来た商人がお話したいって言ったって、皇妃には普通行かないですからね。責任者が下町にいた方が話が早いんですよ。」

「そりゃそうだ。」

「今は工場なんて影も形もないけれど、操業が始まったらアホみたいな勢いで生産できますからね。バンバン売りまくりたいんですよ。なのに、商談する迄に時間が掛かっていたら、売る以前の問題じゃないですか。」

「成る程ね。紙自体の価格とかが大体で決めてあれば、後は現場の判断でやってしまえば良いもんね。」

「おいおい、そんなんで良いのかよ?」

 幸一は優喜の丸投げっぷりに不安な表情を見せる。


「良いんですよ。いっぱい買ってくれたらちょっとだけ割引きとか、限度幅を決めておいてその範囲内なら自由にやってくれたので問題ないですよ。」

「心配しなくても利益出まくるから大丈夫だよ。その辺の計画は後で説明するよ。まだ工場が無い段階だしね。」

 茜もお気楽モードだ。

「めぐちゃんに比べたら、工場長の責任なんて無いに等しいし。」

 ちょっと前まで肩を並べていたクラスメイトとは言え、いくらなんでも、比較対象が間違っているだろう。

 最高位の貴族でなければ就けない宰相様だ、そこらの平民で十分な工場長を比べるものではない。


「津田とかって、そんな大変なの?」

 心配そうに聞く。

「毎日胃薬代わりの治療魔法使いまくってるよ。」

「おいおい、ちょっと待てよ。それ、どういうことだ?」

「私たちも治療魔法漬けだよ。」

「ストレス盛りだくさんだからね。」

「いや、だから、どんな仕事してるんだよ。」

「不可能を可能にするのが私たちのお仕事です。」

「上手いこと言うね。」

「って、楓が言ってました。」


「で、誰が代表やるの?」

「とりあえず立候補。」

 幸一はヤル気をアッピールしている。

「他の人は?」

「いないなら、美紀ちゃんで決まりだね。」

「なんでだよ!」

「だって、このままだと幸一が代表になる流れじゃん?」

「つまんないじゃん?」

 茜と理恵はノリだけで喋っている。

「じゃあ、美紀ちゃんが代表になるの、反対の人は手を挙げて!」

 美紀が勢いよく両手を上げる。

「多数決で決定! 工場長は美紀ちゃんになりました~。ぱちぱち。」

「何だよこれ。一方的に決めるなら、何で聞いたんだよ!」

 幸一は鼻息荒く叫ぶ。

「それは。」

「面白いから!」


「二人とも、真面目にやりなさい。」

「ぎゃあ、怒られた!」

「じゃあ、幸一でいいですー。」

「一応、対外的な名目は工場長、分かりやすく言えば社長ですが、あまり気負わずにやってください。社長とは言っても、しょせん子会社の社長なのですから。」

 なんか酷い言いようである。

 全国の子会社にお勤めの方々に失礼だろう。

「それと、住む場所は工場の近くに用意する予定ですが、こちらはまだ準備ができていないので、暫くは宮殿からの通いになります。数日分の昼食代はありますか?」

「それくらいはあるから大丈夫だ。」


「最後に一つ、注意事項です。」

 優喜は改まって全体に向かって言う。

「何だよ。」

「今後、立場の違いに気を付けて、言動を慎むようお願いします。私に舐めた態度をとったら、近衛に叩きのめされますよ。」

「気を付けます。」

「肝に銘じます。」

「まあ、無理に格式張る必要は無いですが、対外的なことも考えて行動しなければなりません。」


「明日の朝食の時間はいつもより七分ほど早くしますので、職場に早めに向かうようお願いします。では、物流経済動向調査部隊はこれで解散です。みなさん、お疲れ様でした。」

 話を〆ると、優喜たちは会議室から退室していった。

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