5-04 高校生の資質とは
清水司は不機嫌そうに串焼肉を齧っていた。
その表情が晴れないのは、肉が固いからというだけではないだろう。
「お前はこんな所でのんびりしていて大丈夫なのか? 働き口とか早く決めろよ。」
堀川幸一にそう言われて放り出されてしまったのだ。
稲嶺高校一年五組メンバーで職が決まっていないのは彼だけだ。決めるべき時に文句を言って、それっきりになってしまっている。
司は肉を食べ終わると重い足取りでハンター組合へと向かう。
ティエユにいた頃に使っていた緑星鋼装備は、もう無い。そもそも緑星鋼装備は優喜の所有物で、司が使用していたのは、貸与されていたに過ぎない。
宮殿を出る際に、優喜に全ての荷物を突き返されたため、王都にいた頃に使っていた安物の鉄製の槍と剣はあるが、それだけである。
ハンター組合に着くと司は依頼の掲示板で仕事を探す。
だが、下級向けの仕事は殆ど無い。僅かに薬草採集があるのみだ。
「すみません。六級の仕事って他に無いんですか?」
司は窓口に行って尋ねる。
「今は薬草採集くらいだね。畑は今年の収穫も終わったし、シカ退治の依頼ももう無いよ。まあ、狩って来たら肉とかは買い取るよ。そろそろ冬支度も始まるからな、肉はいっぱいあった方が良い。」
「そうですか。」
暗い表情のまま返事をする司。
「ところで、見かけない顔だけど、どこから来たんだい?」
「前はティエユの町、ああ、ウールノリアから来たんだ。」
「あんた、まさか新しい皇帝様の関係者かい?」
胡乱な目で爪先から頭のてっぺんまで舐めるように見回し、受付の男が訊く。
「あ、ああ、まあそうなんだけど、意見が合わなくて出てきたんだ。」
司は変な見栄を張る。放り出された、というのが正しいだろう。
「ふうん。で、六級だって? 何人いるんだい? こっちでの登録は済んでいるのか?」
受付の男は質問を並び立てる。
「ああ、六級で、僕一人なんだ。」
そう言いながら、ウールノリアのハンター組合で作ったプレートを見せる。名前と所属、それに等級はそれで確認できる。
「本当にウールノリアなんだな。で、登録するのかい? 登録料は銀貨一枚だよ。」
「銀貨一枚? 高くないか?」
「嫌ならウールノリアに帰れば良い。」
受付の男は強気だ。まあ、ソロの六級など、別に要らないのだろう。
司は渋々財布を開けて、銀貨一枚を差し出した。
一分ほどで登録作業が終わり、ゲレムのハンター組合の登録証であるプレートが渡される。
「シカはどの辺に出るんだい?」
「シカを狩に行くなら、東の森の方だな。」
「ありがとう。じゃあ行ってみるよ。」
司が出ていくのを、受付の男は不安そうに見送っていた。
東門を出て畑沿いの街道を二時間ほど歩くと森へと差し掛かる。
司はそこから南側の森の奥へ向かい、獲物を探す。
キョロキョロと辺りを見渡しながら進んでいくが、シカもウサギも全く見当たらない。
司は森の中を一時間ほど歩き回るが、ケモノの姿を全く見つけられていない。焦りなのか、不安なのか、眉間に皺を寄せて頻りに汗を拭う司。
というか、町へ戻らなくて大丈夫なのだろうか。往路に三時間掛かっているのだから、当然に復路も同じ三時間程度は掛かるだろう。脇目も振らず急いで一直線に帝都に向かえば多少の短縮は可能だろうが、余裕を持った時間を見込むべきだ。
冬も近づき、日没も早くなっているのだ。夏の最中とは昼の長さが違う。
司が気が付いた時には、既に日は大きく傾いていた。
慌てて町へ戻ろうと急ぐが、街道に着く前に日は沈んでしまった。
「くそ、寒いな。」
冷えてきた夜風に吹かれて司は身を縮めるが、夜明けの寒さはこんなものではない。
だいたいが、ゲレミクはティエユの町よりも千キロ程も高緯度にあるのだ。一千キロといえば、東京から札幌、あるいは福岡、もしくは小笠原父島の距離だ。この惑星は地球の倍以上の大きさがあるのだが、流石に千キロも北に行って温度差が無いわけがない。
このままでは、下手をしたら、初日で凍死しかねない。
夜営の用意も無く、食事も摂らずに気温が十度を下回る夜空の下で眠ればお陀仏だ。
司は月明かりの中、町に向かって歩いて行く。
ティエユでは、壁や門が未完成だったこともあり、帰りが夜遅くなっても何も問題なく家に帰ることができた。
だが、このゲレミクではそうはいかない。日没が過ぎれば、門は固く閉ざされる。
司が東門に着いた時には、門は完全に閉じられており、辺りには人影の一つもない。
「おーい、開けてくれないか?」
司が叫んでみたら、意外と応えが帰ってきた。
「そんな訳にいかん。朝日が昇って来るまで待つんだな。」
司が声の主を探すと、門の上に見張りと思しき兵が立っている。
「なんでだ? このままじゃ凍え死んでしまう!」
「そりゃあ、ご愁傷様だな。閉門の時間は決まってるんだ。日没より早く閉めたなんてこともない。」
「僕が悪いって言うのか?」
「おいおい、じゃあ、お前さんは俺が悪いって言うのか? 町の安全のために町の決まりを守って、真面目に働いている俺たちが!」
そりゃあ、普通怒るよ。どう考えたって、門限までに帰ってこない方が悪い。
諦めたのか、司は道端の枯草を集めて火をつけて焚火にする。
そして、その前に座り込み目を閉じた。
空はよく晴れている。だが、司は綺麗な星空を眺めようともしない。
ちなみに、工場チームはベッドの中で気持ち良さそうに寝ている。
部屋割りや二段ベッドの上下を巡ってちょっとだけ揉めたが、それだけである。
司が座ったまま俯き、うつらうつらとしては目覚めてを繰り返しているうちに、東の空が白んできた。
焚火は既に燃え尽き、灰が残るばかりである。
冷え切った体を温めようと火魔法を使ってみたりするが、あまり役に立っているように見えない。
これは、司が今まで戦闘で大雑把にしか魔法を使っていないからだろう。火力の微調整などできている様子がない。
逆に、戦闘よりも料理にばかり火魔法を使用していた野村千鶴は、実に見事にコントロールできる。
薪を使用した竃では到底不可能な火力調整を自由自在に行うのだ。
魔力を無駄に消費し、そろそろ尽きかけてきた頃、門の上から声が掛かった。
「おーい、ハンターの小僧、生きているか? そろそろ開門の時間だぞ。」
だが、返事は無い。
「おいおい、大丈夫かよ。何やってるんだか。」
兵士は呆れ顔である。
「おい、小僧、起きろ! そんな格好で寝る奴があるか。本当に死ぬぞ!」
兵士が門の上でがなり立てる兵士に、煩そうに司は身を起こすとフラフラと立ち上がった。
「いつまでもそんな所でグズグズするな。馬車が通れないだろうが。」
既に門は開き、馬車が門をぞろぞろと出てきている。
商人たちは、門が開く前に町を出る手続きを終えて、開くのを今か今かと待っていたのだ。
大小二十台近い馬車が一斉に動いているため、変な奴が道路をフラフラしている程度では止まれない。止まったら多重衝突の大惨事となってしまう。
先頭を行く馬車の御者は必死に退くように叫びながらも、スピードを緩めようとはしない。
「モンギュエスさん、あの莫迦を退かせてください!」
御者が叫ぶと同時に大男が馬車から飛び降りて司へと駆け寄って行く。
「邪魔だどけ! 糞餓鬼!」
モンギュエスは叫んで司を蹴り飛ばす。比喩表現でも何でもなく、本当に司は道路の外の畑まで吹っ飛んでいった。あれは無事なんだろうか。
まあ、商人としては自分の馬が怪我をしたり、馬車が痛んだりしなければ良いのだろう。
蹴り飛ばされ畑に突っ伏した司は、土まみれの顔を上げて馬車が通り過ぎて行くのを見送っている。
最後の馬車が目の前を通り過ぎると、司はフラフラと門へと足を進める。
「何をしているんだお前は。」
叱責する兵士を司は恨みがましい目で睨む。
「プレートを出せ。ハンターなんだろう?」
言われて司はプレートを提示した。
「おいおい、お前さん、この町のハンターかよ。門が閉まる前に町に帰ってこれないような奴がハンターなんてできるのかね。」
司はプレートをひったくるようにして、無言で歩み去る。
どこへ行くのかと思ったら、工場にやって来た。
「あ、おはよー。清水じゃん。これから狩り? 門はもう開いてる時間だし、早く出た方が良いんじゃない?」
司の状況など知らない林颯太は気楽な挨拶をする。
「土まみれでどうしたの?」
「さては道路の穴に躓いて転んだな?」
そう言う宮川晶と青木美穂に悪気は無い。多分。
「何で僕だけ……」
ぽつり、と呟いた。
「え? 何か言った?」
晶が聞く。
「何で僕だけこんな目に会わなきゃならないんだ! 君たちは僕を仲間はずれにして楽しいのか!」
何か身勝手なことを喚きだした。
そして、司の状態がおかしいと感じたのか、古屋柚希が堀川幸一を呼びに走っている。
田村零士と一緒に幸一が階段を駆け下りてくると、司が晶に掴みかかって何やら訳の分からないことを喚いていた。
「何やってるんだ、清水!」
「離せよ!」
幸一と零士が叫び、司に詰め寄る。
「僕が! 僕だって! 必死に頑張ってるんだ! 何でみんなそれを認めてくれないんだ!」
「女子に掴みかかって、一体何を頑張ってるって言うんだ?」
司の態度に零士もキレ気味だ。
「認めて欲しけりゃ、認められることをしろよ!」
幸一は司の腕を掴み、真正面から睨みつける。
「認められることって何だよ、僕だって必死に」
「結果だよ! 頑張ったとか、必死でとか、全然関係無いんだよ! みんなの食い物と寝る場所を用意して、安全を確保してって、お前、やったことあるか? できたことあるか?」
「人を差別するようなやり方が正しいわけないだろう!」
「人によって差をつけようが、助けようとしてるんだから、正しいだろ。」
「差別が正しいはずがないだろう。」
「何でだよ。じゃあ、無差別に人を殺しまくるテロリストがいたら、そいつは正しいのか?」
「それは……」
「だいたい、一番差別的扱いを受けているのは優喜様だぞ? お前じゃないからな?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする司。
「碓氷が? アイツが一番優遇されているじゃないか!」
「違えよ。優喜様のあの立場は、それこそ命がけで自分の力で勝ち取ったものだろうが。何で何もしていないお前が同じ物を得られると思ってるんだ?」
「僕だってずっと命がけで頑張って来ている!」
「だから、それは誰のためにだ? お前はいつ、どこで、誰のために命を懸けた? 他人のために何かした事なんて一度でもあったか?」
司はこの世の者とは思えない表情で幸一を睨んでいる。
「優喜様は何千人もの命を守ったから貴族になった。何万もの命を救って皇帝になった。凄えよ。何でそんな事ができるのか分かんねえよ。俺たちはずっと優喜様に守られてきたし、多分これからもそうだ。平等じゃ無いのが許せないなら、その状況をまず覆せよ。命がけで優喜様を守ってみろよ!」
司は黙り込む。
「で、どうなんだ? 同じクラスメイトなんだろ? なのに何でお前は与えられる側で、優喜様は与える側なんだよ。それこそ不公平だろ。」
「碓氷は皇帝じゃないか……」
「皇帝になる前、貴族になる前からそうだったんじゃねえか? お前だって、優喜様の作った風呂に入ってたろう?」
「あれはみんなで作ったんじゃないか。」
「違う。みんなじゃあない。何もしていない奴もいる。四十人いるうちの半分ちょい、二十五人くらいで作ったんだよ。で、お前は、それをぼんやり見ていただけだったよな。作ったのはみんなじゃねえ。全く頑張っていない奴だっている。で、お前はみんなの為に何したよ? それでどうなった?」
司の表情が歪む。
「何で答えられないんだ? 答えてくれよ。清水がみんなの為にしたことの結果を。」
幸一は結果を強調して言う。
司は唇を噛んで俯いている。
「黙ってないで何とか言えよ。」
零士が司の胸倉を掴んでいた手を突き放しながら言う。
「結果、結果って、努力を評価」
「しねえよ。命かかってるんだぞ! 頑張りました。死にました。で、何の意味がある? 頑張ったで賞なんて、小学生じゃねえんだからあるわけねえじゃん。高校生にもなって何言ってるんだよ。」
零士は捲し立てる。
「ねえ、そろそろ仕事に戻って欲しいんですけどー。」
佐藤美紀が横から口を出し、場の空気を変える。
「佐藤って、将来、エステーの社員になれるんじゃね。」
「なんでよ。」
「空気をかえよう!」
「ぴよぴよ!」
こいつら、それ好きだな。流行ってるのか?
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