4-06 王太子-皇帝 無線会議

「そちらの神官の動きはどうだ?」

 ドクグォロスは第一声から勢いよく質問を投げる。王太子もヨルエ教の動きについて、心配しているようだ。


「莫迦神官が貴族たちに反乱を唆しています。数人、すでにこちらに取り込んでいる貴族から連絡がありました。どうにも奴らに対する牽制が遅かったようです。帝都の神殿には釘を刺してありますが、他の町の神官どもにまで手が回っておりませんで。」

「成る程。で、実際に動きを起こしそうなのは?」

「私に明確に反感を抱いている上位貴族は六人。そのうち二人は合理派ですから、直ぐに兵を挙げるとか、暗殺者を仕掛けてくるとかはしないでしょうね。そのデメリットを考えられない馬鹿ではありませんし。問題は、ヨルエ神託を間に受けて反目派に付く莫迦がどれだけ出るか分からないって事なんですよ。」

 神官にちょっと唆されただけで反乱を企てるとか、貴族ってそんな莫迦なのか?

 合理派の二人ではなくても、冷静に考えたら反乱など起こさないと思うんだが。

 いや、神官に唆されただけで戦争を起こした皇帝もいたからな。その下に集う貴族なのだから、油断するわけにはいかないのか。

 中々に難儀な話である。


「その四人は何かしてくると見ているのか?」

「そうですね。特にその中の二人が、国外の貴族とも通じているから厄介なんですよ。」

「周辺国からのちょっかいか。それは厄介だな。」

「本当に、殿下にこっち来て手伝って欲しいんですけど、どうにかなりませんか。私だけじゃ、手が全然足りません。」

「済まんが、さすがにそれは無理だ。ウールノリアでも神官が変な動きをしでかさないとも限らないからな。何かあった時に直ぐに動けなければ困る。」

「このタイミングであの内容の神託とか、絶対これ邪神の仕業ですよ。どんだけ戦争を起こしたいんだか。」

「それは同感だな。あんなデタラメな神託とやらを流布したら世の中が乱れると、何故分からんのだ。あの莫迦神官どもは。」


「とにかく、こちらも莫迦な妄言の流布を禁止するよう各地の領主たちに通達しましたが、一体どこまで行き届くのか分かったものではありません。」

「諸外国では止めようが無いしな。そう言えば、この前の何と言ったか? あの暴れん坊、奴は動いているのか?」

「暴れん坊? ああ、エフィンディルさんですか? 彼はこっちには来ていませんね。もし、そちらに行ったら、ゲレム帝国の宮廷に来るよう言ってもらえます? 直接乗り込んでくれても構いませんよ。」

「分かった。しかし、大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。いきなり私の首を刎ねるような人ではありません。ちゃんと話せば言い分を聞いてくれますよ。ゲレムから戦争を仕掛けたのは事実なのですから、その辺りに介入はしてこないでしょう。まあ、あちらの国でもあの内容の神託が下りているなら、近いうちに向こうからやってくるでしょう。」


「ところで、モウグォロスから聞いたが、ティエユの町はどうなっとるんだ?」

 唐突に話が変わるドクグォロス。

「どうと言われても困るんですが。引き継ぎの作業をモウグォロスが進めてくれなくて困っている、と報告を受けているとは以前に言いましたよね。」

「モウグォロスの報告を聞いても、何をそんなに手間取る事があるのかがよく分からんのだ。」

「それ、殿下の責任ですよ。モウグォロスは資金の運用とか、事業というものが何なのかまるで分かっていないようだと私の部下は言っています。とりあえず、半年なり一年で何をどれくらい作って売るのか、その利益はどれくらいになる見込みなのか、それが無いと町の予算計画が立てられないのですが、そういった計画立案を全然やってくれないと言っていましたよ。」

「何?そんな状況なのか?」

「とにかく、ベースとなるものとして、私の立てていた事業計画はあるんですよ。各事業の詳細な人・物・金の動きに必要な技術、作業の流れまで全部文書にしてあります。」

「それを元に、モウグォロスのやりたいように作り直せば良いのだろう? 何が問題なのだ?」

 ドクグォロス王太子は、自分なら何の問題も無くすぐできるのだろう。息子がそのレベルに全然至っていないことを全く理解していない。


「というかですね、事業に携わる人数自体が減りますし熟練者も抜けてしまうので、規模をある程度縮小したり延期したりする必要があるはずなんですよ。」

「確かにそうだな。職人たちの見習いなどを集めて育成するのにも時間が掛かるだろう。」

「で、その辺も踏まえて計画を立て直してくれと言っても、何を中核にするのかも全然決まっていないから、町の予算計画の話ができないと言うことです。何故それができないのか、どこで詰まっているのか私にも全く分からないんですよ。私の資料読んで自分なりにやっていただければ良いはずなんですが……」


「まあ分かった。しかし、どうにもモウグォロスの報告と食い違っているな。」

「殿下はご子息からどんな報告を受けているのです?」

「あれやこれや決めろと言われるが、何も教えてくれんと言っておったぞ。」

「ちょっと待ってください。モウグォロスは読み書き計算は問題なくできるんですよね? 側近の方たちも。私の資料って三百九十二ページ以上あったはずなんですが、全部読んだんですか? めぐみたちもどんどん増やしていると思うから、今ではもう五百八十八ページとかありそうですが。」

「その辺りは聞いていないな。そんなに読まないと分からないものなのか?」

「知識も経験も豊富な王太子殿下なら、たぶん、五十六ページくらい読めば概ね足りるんじゃないですかね。ですが、ご子息殿は政治も事業も全くの未経験ですから、勘所も何もないと思うんですよ。だったら全部読んでいただいたほうが早いかと思いますよ。」

「そういうものか?」

「そういうものです。それと、領主代行のめぐみがいくら優秀と言ったって、十五、六の小娘ですよ。知識はあっても経験なんて無いですからね。とにかくやってみて、ダメなところは都度修正というやり方しかできません。だから、分からなくても間違っても良いからとにかくやってくれないと話が進まないんです。」

「む。それは昔私も父上に言われた記憶があるぞ。間違っていても良いから、自分でやるのが大切なのだと。なるほど。少し話をしてみる必要がありそうだな。」


 その後、細かい数字の報告を終え、優喜はウールノリア王宮との通信を切った。

「疲れたよぅ、もう寝たいよぅ。」

 優喜は椅子にもたれ掛かり、嘆息する。

「優喜様、タスカス第一位爵ですが」「やだー! ききたくないー!」

 優喜はが泣きそうになりながら我儘を言う。

「聞いて!」

 皇帝を怒鳴りつける芳香。

「はい。」

「タスカス第一位爵が改めて皇帝に恭順を誓いたいと、近日中にこちらに来るそうです。」

「ほほー、それで兵を率いて喧嘩売りに来るわけだね?」

「一応、恭順を誓いたいと仰っています。」

「信用できるかボゲェ! って返してください。」

「本当にそれで返しますよ?」

「やめてください。冗談です。」

 芳香に冗談は通じない。優喜は全面的に降伏する。

 そもそもこの男は、この第一夫人に弱いのだ。惚れた弱みとはいうが、ベタ惚れし過ぎである。


「優喜様、メンキュルス第二位爵が不信の声明文が届いています。」

 茜からも報告があった。

「一体何と言っているのですか。その阿呆は。」

「要約すると、ウールノリアから来た皇帝など認めない。戦争に勝ったくらいで良い気になるな。と言うことです。」

「死ねよ莫迦。とお返しください。」

「はい、そうだろうと思い、既にそう返事をしてあります。」

 笑いながら言う茜。

「さすが茜ですね。」

「ありがとうございます!」

 ねえ、それ、冗談じゃあないのですか?

 まさか本当に……?


 本当だった。

 優喜に手渡した返信の内容の書類には、長々と言葉を色々連ねているけれど、要約すると、莫迦は死ね、である。

「他の貴族に動きは?」

「特にありません。」

 芳香が答え、優喜はようやく通信室から引き上げていくのだった。

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