4-07 急いで製作中
鉄工所ではバスが急ピッチで作られている。
シャーシにエンジンを積み、サスペンションが取り付けられ、今はトランスミッションが組み込まれている。
ボディの詳細な設計書は何枚も複製されていて、ガラス工房では窓ガラスが、木工上では座席や床に使う板が鋭意製作中である。午後には一度、出来上がった物が運ばれてくることになっている。
既にタイヤとブレーキは完成しているので、あとは操舵機構と、運転席が完成すれば走ることが可能な状態になる。
遅れているのは内装と客席部分である。
人員の大量投入をして、シートの製作をしている最中だ。
鉄パイプに木の板を貼り、クッション代わりの藁を詰め込んだ革で座面と背もたれを作る。なんて言うと、簡単そうで、すぐに出来てしまうように感じるかもしれない。だが、作業はインゴットから鉄パイプを作るところからスタートである。単に部品を組み立てるだけ、なんて生易しい作業ではないのだ。
さらに鉄パイプを曲げ加工をして錆止め塗装をする。それが終わったら、組み立て作業と思っただろう。
だが、違うんだな。
ビスやらボルトにナットと、ネジ類も大小合わせて三十以上も作らなければならない。
それで一人掛けシート一つ分だ。一人掛けが全部で三十六席、それプラス最後列のロングシートを作るのだ。
追加投入された十人で手分けして作っても、一日作業だろう。
と言うか、それが一日でできることの方が凄え。
鉄工チームは、平田登紀子と佐藤美紀の二人で各パーツを作っていき、堀川幸一たちがひたすらシャーシに組み込んでいく。
バスはトラックと違ってリアエンジン・リアドライブのため、プロペラシャフトなどは必要なく、駆動系のパーツは比較的少なめである。駆動輪が操舵輪機能を有さないため、FFよりも簡単で済むという特長もあるため、初心者が自動車を作るのに向いている、のかも知れない。
現実には、初心者だけで自動車を作ることは無いですね。そうですね。
トランスミッションに繋いだドライブシャフトをサスペンションで支えて、ブレーキを取り付ける。最後にタイヤを取り付ければ駆動系の完成だ。
前輪を取り付ければ、足回りは完成する。
窓ガラスが届き次第ボディの組上げに入れるよう、ボディパーツの製造も急がねばならない。
印刷所の教科書作りも大詰めだ。
原稿の校正にめぐみが加わり、村田楓と奥田友恵がハイペースで清書作業を進めている。
「次の原稿頂戴!」
「楓、早すぎだよ!」
楓の要求に木村純が悲鳴を上げる。
「何言ってるの。清書までは今日中に全部終わらせるよ!」
楓は仕事になると容赦がない。めぐみもそうなのだが、キャリアウーマン然としているのは良いのだが、その前に『鬼の』が付くのはいかがなものか。
「あと三十秒待って。あとこれだけだから。」
急かす楓に、純は慌ててチェックを終わらせる。
清書稿の最終チェックは根上拓海と結城雄介が受け持っている。
最終チェックまで通った原稿は佐藤孝喜が製版し、最終的な刷版が作られる。表と裏の合わせて三十二ページ単位で刷版が作られるため、原稿の校正や清書よりもこちらの方が作業が早い。
ただし、刷版用の金属板は残り枚数が少ないので、あとで鉄工チームに作ってもらわねばならない。
完成した刷版はどんどん印刷機にかけていく。
数学の教科書第一巻は全二百八十八ページだ。それを五十六部ずつ、裁断前の状態で五百四枚を印刷する。
紙はロール紙がまだまだ大量に残っているので残量の心配は要らない。と言うか、紙は作りすぎだ。重量にして数百キロ、A4用紙換算だと恐らく十万枚近くになるだろう。
寧ろ心配なのは、清水司と榎原敬の魔力量である。ティエユ印刷所の印刷機は魔力転写式のため、魔力が無いと動かない。
逆に、魔力が潤沢にありさえすれば、インクが無くても印刷できる優れものなのですよ。
と、優喜が自慢していた。
ただし、魔力のみで印刷するのは効率が悪すぎるので、通常はインクを使用しているのだが。
印刷機を実際に回すチームが、一番作業速度が早い。これは単に印刷機の性能のせいだ。
A0サイズ一枚でB5サイズを三十二ページになる。裁断余白があるため、残念ながらA4ではない。
それを五十六枚印刷するなど、百秒足らずで終わってしまうのだ。刷版の交換時間を考えても百六十秒も掛からない。
そもそも、印刷機への給紙方法がロール紙のみという時点で、何かが間違っている。優喜は新聞でも発行するつもりなのだろうか。
いや、発行するつもりなのだろう。
司と敬は、空いた時間で各種図面の刷版を作っていく。これは片面印刷前提のため、然程の精度の必要も無く、原稿をただ並べるだけで良い。大雑把な司や敬でもできる簡単な仕事だ。
ただし、量は数百枚と結構あり、時間の限り図面を製版していく。
これは試し刷りもせずに、突貫作業で進める。
野村千鶴はいつも通り、食事作りが担当である。
こればかりは、やらないわけにいかない。
見習いの料理人も来たばかりだし、短期で集中的に鍛える必要もある。
今日から出発までは夜食も容易して欲しいと言うことで、いつもより多くのパンを焼く。
夜食はハンバーガーを用意する予定である。
とは言っても、この世界には牛も豚もいない。蹄の形が全然違うし、牛の尻尾はフッサフサで、豚には立派なトサカがある。
そんな牛や豚もこの辺りでは飼われていない。大河の南側では牧畜が盛んな地域もあるそうなのだが、ティエユの町ではそれらの肉は手に入らない。
ということで、ハンバーガーには鹿っぽい生物の肉を使う。採集チームが昨日狩ってきた体高二メートルという巨大生物だ。
一頭で二百キロ近くも肉が採れるため、伐採チームにも応援を頼んで運んで来たらしい。
尚、コイツには角があるため魔物という扱いだ。実際にはただの獣で、角には大した価値は無いのだが。
千鶴は包丁を振るい、肉を細かく切っていく。
かなり怖い光景である。
と言うのも、この千鶴の持つ包丁は刃渡が一メートル程もあり、両手持ちが可能な巨大な物体なのだ。
一般の家庭どころか、レストランの厨房ですら見かけることのない巨大な刃物は、もはやただの凶器にしか見えない。
その巨大包丁でバスバスと派手に肉を斬り刻む様子には、『料理好きの女子高生』なんて可愛らしい要素が微塵も感じられない。
むしろ、何かもう、バラバラ殺人の現場を見ている様な気分だ。
って言うか、「哈ッ!」とか言って気合を込めて刃を振り下ろすとか、それ絶対料理じゃないから。
それで肉の塊を両断するし。
向こうで、料理人見習いの子がビビってるよ。
「じゃあ、クルシェギさん、これミンチにしてくれる?」
千鶴に呼び掛けられた料理人見習いは無言でコクコクと頷くのみだった。
「夕御飯のシチューには、モモ肉かな。ボウスワメさん、お肉切ってみる?」
こちらはプルプルと首を横に振る。
「私、明後日までしかいないんだよ? 早くできるようにならないと困るよ?」
言われて仕方なくボウスワメは巨大包丁を受け取った。
フックで吊り下げた肉から、必要な量を切り取るところからスタートである。
大雑把にしか解体されていないため、肉の塊は三十キロくらいはあるのだ。
「えい!」
ボウスワメが肉に向かって包丁を振り下ろすが、少々食い込んだところで止まってしまう。
「真っ直ぐ叩きつけるんじゃなくて、手前に引きながら切るの。」
あの、千鶴さん。見本のフォームが剣術にしか見えないんですが。
「そこから、切ってみて。危ないから、あれこれ力入れちゃダメだよ。真っ直ぐ、刃の向きに沿って真っ直ぐに力を入れるの。」
それから五分ほど試行錯誤を繰り返し、ボウスワメはやっとモモ肉の塊を切り落とすことができのだった。
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