4-04 頑張るのが当たり前ではない人には、労働は苦痛でしかない

『メシア』はティエユの町の北方の山で魔物狩りをしている。

 彼らの武器や防具は一新され、総合的な戦闘能力は以前よりも格段に上がっている。


 以前はただの革のジャケットに手袋だったのが、その上から鋼鉄製の胸当と籠手を装着している。しかも要所に緑星鋼が用いられており、特に斬撃と魔法に対して高い耐性を誇っている。

 メイン武器として、刃から石突まで全緑星鋼製の槍、予備武器として緑星鋼の刃を持つ剣。そして、全属性三倍増幅の魔導杖を持つ。

 とても六級ハンターの装備ではない。

 装備一式を売却したら、一人分だけで金貨二千七百四十四枚は下らないだろう。というか、こんな装備を個人で一式用意できるのは相当に上位のハンターだけだ。なにをどう考えても、六級ハンターの装備ではない。


 彼らは、ティエユ卿が町復興のために領主として着任した直後から、町の周辺の魔物狩を担当している。

 その甲斐あって、草原部の魔物は狩り尽くしており、六日ほど前からは、森に踏み込むようになっていた。


 そして、狩った魔物を担いで持ち帰るのにうんざりしていた。もともと、大変なことから逃げようとする連中の集まりなのだ。これまで狩りを続けてきただけでも進歩していると言える。

 だが、町の周辺の魔物を減らすのは勿論、素材の回収を大きな目的とされているため、魔物の死体を捨てて帰るという選択肢は無いのだ。

 草原では荷車を使うことができていたから良かった。

 しかし、森の中では荷車を引くこともできず、狩った魔物は担いで、あるいは引き摺って歩くしかない。

 体重が百キロ程度の小型魔物であれば、数人で担げば何とかなるが、中型魔物ともなれば五百キロを超えるし、十数トンにもなる大型の魔物も存在する。

 そんな物はとてもではないが、数人で担いで運べはしない。


 仕方がないので、バラバラに刻んで運ぶことになる。

 今日も巨大な鮭の頭が四つも生えた六足のトカゲ型の魔物を倒し、切り落とした頭と足を担いで町へと向かっていた。

「この頭、超キショいんだけど。いつも思うんだけど、何とかならないのかよ、これ。」

 榎原敬がボヤきながら歩く。

「鱗も歯も欲しいって言うんだから仕方ねえだろ。」

 渡辺直紀が答える。


「しかし、この人数であの量を運ぶのは無理がないか? 森の中じゃ荷車も使えないんだから、少し人数を増やさないと。」

 清水司の言い分は相変わらず的外れだ。

「大勢いても、一人が運ぶ量は変わらないぞ? 人数を倍にしたら、一日に持って帰る素材の量も倍になる。」

 直紀が無情なことを言うが、確かに、優喜やめぐみ、楓ならそう言うだろう。


 一人で何十キロも運ぶのは大変だから人数を増やしてくれなどとと言っても、検討の価値無しとして却下されるのは火を見るよりも明らかだ。

 人数を何人に増やしても、一人で何十キロも運ぶことには変わりがないだろう。

 寧ろ、下手なことを言ったら、効率を上げろとノルマをもっと増やしてくるかも知れない。

 この世界に労働基準法なんて無いのだ。怖ろしいブラック経営がまかり通る。

 というか、彼らのボスである優喜は、既に封建社会の支配者階級なのだ。優喜はそもそも平民じゃないし、身分が違いすぎるため、平民である『メシア』は文句を言うことすら許されない。

 優喜はゲレム帝国皇帝の座に就くということで第一位爵に昇格している。ゲレム帝国からの侵攻を防ぎ、完全勝利を収めたという実績もあるため、王太子によって強引に押し付けられていた。


「伐採の拠点をこっち側にしてくれれば、少しは楽になるんじゃね? そこから運ぶのは向こうに任せるか、少なくとも拠点からは荷車を使えるだろう?」

 中邑一之進が、ナイスアイデアを出す。

「今からやってくれるかな。」

 直紀はあまり乗り気じゃない。

「ダメ元で言うだけ言ってみようぜ。あんなバカでかい化物、持って帰れねえよ。」

 バラバラにしても、頭一つで三十キロほどもある。総重量は五百キロを超えるだろう。丸ごと全部持ち帰るならば、三往復は必要だ。


 重い荷物を担ぎ、五人がやっと町に着いた頃には、既に日が傾きかけていた。

「この後、どうするよ?」

 敬が空を見上げながら言う。確かに、今から森に行き、魔物の残り部分を持って帰って来ようとすると、到着は真夜中になるだろう。

「今日は、もう休みにしようか。」

 司が言うが、直紀はそれを無視する。

「日が暮れるまで薬草採取じゃねえか? 取り敢えず、津田に相談しようぜ。確かにあの魔物運ぶのは効率悪すぎる。」


 結局、五人揃って市役所庁舎に向かう。

「津田さんいる?」

 地階の受付で事務作業をしている奥田友恵に声をかける。

「はい。今は会議も無いから、市長室にいると思います。」

「サンキュー。」

 直紀は礼を言って、エレベーターに向かう。


 エレベーターは待っていても、自動で動きはしない。

 上昇、下降ボタンを押し続けてゴンドラの上下操作を手動で行うのだ。

 ゴンドラに乗り込むと、ボタン操作して三階の市長室へと向かう。


「何の用?」

 書類から目を上げもせずに、めぐみが問いを投げかける。

「大型の魔物なんだけど、一頭が何百キロもあると持って帰って来るのがキツすぎる。今、頭とか持って帰って来たんだけど、これから残りを取りに行ったら、帰りが真夜中になっちまう。途中に伐採とか最終的なチームと共同で使う拠点とかあれば、もうちょっと効率的に運べるんだけど。」

「拠点? 今狩りって北の山の方でやってるんだよね。今、新しく作るのは無理だよ。どこもそんな余裕無いし。魔物の残りって、何が残ってるの?」

「胴体と足が四本。」


「じゃあ、それは爪と鱗と心臓だけ回収で良いよ。素材の優先順位は、角が最高、次に牙と爪、鱗は三番目。その下が心臓で、最後に骨。一度に持って帰って来るのが厳しかったら骨は捨てて良いよ。」

「あ、ごめん。鱗より心臓優先でお願いして良い?」

 横から楓が口を挟む。

「鱗は足りてるの?」

 めぐみが疑問を投げ掛ける。資材の過不足についての把握は必須事項だ。

「っていうか、心臓が全然足りてないから、今は鱗よりも優先して欲しいかな。」


「角と牙と爪は?」

「捨てたらコロス。」

「了解。」

 楓の物騒な返答に顔を引き攣らせつつも、直紀は了承し、引き下がる。


「で、今日これからなんだけど、近場で薬草採取ってことで良いかな。」

「確かに山まで行くには微妙な時間だね。まあ、今日のところは良いんじゃないかな。あ、そうそう。自転車が何台が出来てるらしいから、堀川くんところ行ってみて。森まで自転車で行けたら楽でしょう?」

「チャリなんて作ってたの?」

「町の中とかで移動するなら、自転車って楽でしょう? この町、坂とか無いし。」

「薬草採取の荷物なら、自転車も乗れそうだしな。」

「んじゃ、頑張って。」

「ああ、行ってきます。」


『メシア』が鉄工所に着くと、確かに外に自転車が並んでいる。

「おお、チャリだ!」

「使って良いか堀川に聞いてくるわ。」

 言って、直紀は工場に入っていく。


 二分もせずに出てきた直紀は、両手で大きな丸を作る。

「使って良いってよ。」

「よっしゃ、行こうぜ!」

 敬が張り切って自転車に跨り、走り出した。


「な、なななななんだアレは?」

 自転車で颯爽と中央通りを駆け抜けていく『メシア』の五人を見て、モウグォロスは驚きの声を上げる。

 王族がそう狼狽えるものではないと思うのだが、そこら辺も躾けられていないのだろうか。

「分かりません。彼らの作る物は私たちの理解を越えている物ばかりです。」

 ゼンキシャクは何か諦めたような感じの口ぶりで言うのだった。

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