3-14 報告してたら……
優喜たちは魔龍の素材をイリーシャの拠点へと運び、残った肉は焼き払うことにした。
エフィンディルが言っていた通り、肉は朝には異臭を放っていた。とても食べられないなんていう生易しいものではない。近くにいると吐き気を催すほど酷いものだった。
「灰塵と化せェェェ!」
「地獄の炎よ! 骨まで焼き尽くせ!」
「汚物は消毒だァァ!」
森下幸之助、園田愛梨、森下幸之助が厨二的な叫び声を上げながら火魔法を放つ。彼らはレベル四が最大のようだ。
そして、理恵はレベル五の火魔法をぶっ放している。ただし、魔導杖を使っても、まだ発動率は百パーセントにはなっていないようで、五回に一回ほど失敗する。
魔龍の処理が終わると、優喜たちは一旦王都へと戻る。穴が塞がったことは直接王太子に報告しなければならないし、めぐみたちをいつまでもイリーシャに置いておくわけにもいかない。
というか、優喜の示す方向性では、メシアの面々を御すると言うか教育するに、めぐみが不可欠だとしている。感情と理屈のバランスを取るのが一番上手いのだそうだ。
地均し移動を十人で交代するとずいぶん楽そうだ。一人十一回程度で百七十キロの道のりを行くことができる。
そして、何度も往復したその道は、他のどの街道よりも立派な道になっている。
休憩なしの二時間半、お昼前どころではない、十一時過ぎにはティエユ邸に到着していた。なお、正午は十四時である。十四進数めんどうくさい。
王宮への報告は、珍しく会見の予約を取り、夕方からとなった。それまでは食って寝るだけである。
「報告します! この度、我々イリーシャ駐屯部隊は」
「うるさい。」
ドクグォロス王太子は優喜の言葉を冷たく遮った。
「う、うるさいとは何ですか。人が折角報告を」
「普通に話せ。なんだその軍人みたいな喋り方は。」
「でも、私ってどちらかというと武官なんじゃないですか?」
「莫迦者。武官と軍人は違う。」
違いがよく分からんが、そういうものなのか。
「で、ティエユ卿自ら報告に来るとは何だ? つまらない報告ではなかろうな?」
「はい。端的に三点、いや四点ですね。まず、穴は無事に塞がりました。第二に、こちらでも事件を起こしたエフィンディルは国に帰りました。第三は、ダンジョン跡周辺に鉄鉱脈を発見ました。最後ですが、緑星鋼のナイフを幾つか作りましたのでお納め下さい。」
「とんでもない報告をさらっとするな。」
ドクグォロスは皺を寄せた眉間を押さえながら言う。
「私が自ら報告するようなことでしょう?」
「まあ良い。詳細を話せ。」
「穴の件ですが、あのエフィンディルの協力を得ることで、犠牲なく穴を開けていた魔法陣の破壊に成功しました。穴が開いた理由については、強大な力を持つ何者かが意図的に行ったということしか分かっていません。」
「何者かとは何だ?」
「ハッキリ言って人智を超えた何かとしか言いようがありません。」
「穴を塞いだのならば、お前たちでも開けることはできるのではないか?」
宰相ヨコエメズが横から口を出す。
「開けること自体は不可能ではないでしょうが、あのサイズを維持するのは到底不可能ですよ。魔法陣はほんの一部を崩すだけでも機能を失いますから、壊す方がはるかに簡単なんです。私たちが頑張って穴を開けても、できてほんの一瞬、極小さいものになるでしょうね。」
「なるほどな。もう、開くことは無いのか?」
「勝手に開くことは無いでしょうが、穴を開けた張本人がどう出るかですね。」
「人智を超えた何者かと言うが、見当はついているのか?」
「そうですね。根拠は無いですけれど、確信を持っています。でも、お教えしても意味が無いですよ。人智を超えた存在ですから、手の打ちようがありません。」
「お前たちなら何とかなるのか? 救世主の力ならば届くのか?」
「今のところは無理ですね。今の私たちは一般人と変わりありませんからね。救世主足り得るのかなんてサッパリです。正直、あまり期待してほしくは無いです。まあ、殿下のするべきことは、他国と情報を共有しておくことくらいですね。」
「他国にわざわざ教えてやる必要があるのか?」
モウグォロスが首を傾げる。優喜にとことん嫌われて莫迦にされても彼が会議に出てくるのは、実はドクグォロスの意向である。
失言とか礼を欠くとか、優喜相手には今更だという判断らしい。なんだかんだ言っても、優喜は何がどう間違っているのかを説明してくれるということで、実践形式の教師役として考えられているようだ。
「隣国に穴が発生したらどうなると思います? 敵の軍勢がその国が滅ぼした上で強力な拠点や基地を築いて、それを足掛かりにこちらに攻め込んできたら厄介極まりないというものです。考えてもご覧なさい。穴から這い出てくるのを相手にするだけで、どれ程の損害が出ていると思っているのですか。それを踏まえて、敵が準備万端整えて攻めてきたらどうなると思いますか?」
「事前に報せておけば、他国に穴が生じた際に近隣諸国に対して一つ上の立場に立てるというメリットもありますな。」
宰相がさらに付け加える。
「外交使節団を出すコストがどれ程なのか存じませんが、私としては、検討をする価値はあると思いますよ。」
「うむ。後ほど検討しよう。」
「では、次ですが」
「あの男が帰ったと言うのは確かなのか?」
優喜の言葉を遮り、ドクグォロス王太子が問う。
「取り敢えずは帰って行きました。」
「どうして分かる?」
「第一に、穴が塞がったことは、あちらも本国に報告しないというわけにはいかないでしょう。彼自身も穴を直接見ていますし、穴を塞ぐことにも協力してくれました。普通に考えればかなり重大なことですから、報告もせずにフラフラしていることも無いと思います。」
「ふむ。確かにそれは道理だな。で、第二は何だ?」
「手土産をくれてやりました。あれだけの素材を捨て置くというのはちょっと考えられないですね。珍しく感情を出していましたし。」
「手土産とは何だ?」
「魔龍から採れる素材です。穴を塞ぐ際に、周辺の空間が向こう側とこちら側でグチャグチャになりましてね、向こう側にいた魔龍が巻き込まれてこちら側に来たんですよ。空間ごと引きちぎれて。その死体から良い素材を採れたので、彼と分けたんです。」
「魔龍の素材をわざわざ不埒者にくれてやったのか!」
宰相が声を荒らげる。
「そうは言いましても、穴を塞ぐことができたのは彼の力、他国の力があったからですよ。それに、素材の半分以上はこちらで確保しています。そもそも、魔龍の素材など手に入る想定ではありませんでしたから、こちらの分があるだけ儲けものですよ。」
「魔龍の素材とはどのようなものだ?」
モウグォロスが恐れずに質問する。まあ、知らないものは知らないのだから仕方が無い。優喜もちょっと前まで知らなかったし。
「角と爪と牙と鱗ですね。一匹以上ありますよ。エフィンディルの言っていることが本当ならば、金貨にして一万九百七十六枚を超えるらしいです。」
「貴様! それを独り占めするつもりか!」
モウグォロスは目を剥いて吼える。
「今は全部イリーシャの地下倉庫に保管してあります。献上するのは良いのですが、そのままで良いんですか? それとも何か加工した方が良いのか判断が付きませんでしたので、ご相談の後にと思っていたのですが。」
「ふむ。鱗や爪をそのまま持って来られても困るな。」
「ならば、適当に加工してからお持ちいたします。」
「期待している。」
「三番目は鉄鋼脈なのですが、かなりの量が埋まっているようです。量はどのように説明すればいいのでしょうか。この程度の大きさの鉄の塊が三万八千四百十六個以上は採れますね。」
優喜は魔術で一辺一メートル程度の立方体を描く。
「そんな鉱脈があるなどと今まで聞いたことが無いが。」
「そんなことを私に言われても困ります。あの辺りの地下の調査をしたことが無いだけじゃないですか? 今回は地下に魔法陣が埋められていたので周辺隈なく調査したら見つかっただけです。」
「イリーシャの新しい産業として成り立つと思うか?」
「どうでしょうね。どれくらいのペースで採掘するのかにもよりますね。私が採掘したら二年で全部掘り出しちゃいますよ。」
「それは全然大したことが無い量と言うことか?」
「私がやれば、一日でこれ九十八個くらいはいけますよ。」
一立方メートルの立方体を指して優喜は得意げに言う。
「そんなに採ってどうするんだ。加工できる者が足りぬだろう。一日にそれ二つか三つほどで良いのではないか?」
「そんな気もします。」
「まあいい。分かった。」
なんかドクグォロスの表情がどんどん疲れてきている。
「最後ですが、緑星鋼のナイフです。お願いします。」
優喜の合図で、控えていた近衛隊が優喜の持ってきたナイフをテーブルの上に並べる。
「無闇に触らないでください。怪我をしますよ。」
手を伸ばしたモウグォロスに優喜が注意する。
「緑星鋼とは言え、ただのナイフだろう?」
「信じられないほどの切れ味を持っています。刃に触れたら切れますのでご注意ください。石とか普通に切れますから。」
「石が切れるだと?」
「切れます。魔龍の鱗もスッパスパです。下賜する相手はよく考えてお決めください。刃物の扱いが一流と言えない人に与えるべきではありません。」
「失礼ながら、こちらはナイフだけなのですか? 例えば槍や盾などがあれば、それだけで戦力が強化されると思うのですが。」
ビビリ近衛隊長が横から発言する。
「槍は作ろうと思っていますが、盾や鎧は難しいですね。以前にも言いましたが、今のところ、複雑な加工をする手段がありません。」
「どのくらいの数を作れる見込みだ?」
「十四本程度は作れるでしょうが、あまり大量には無理ですよ。本当に緑星鋼の加工は大変なんですから。簡単にできると思われては困ります。」
そう言うが、優喜のことだから絶対自分たちの分は確保する心算だろう。すべてを上納するという考えはこの男には無い。
報告が終わり、邸に帰ってきて思い出した。
「今日、もしかして、お風呂曜日じゃない?」
八月十四日。確かにお風呂曜日である。
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