3-13 ハイリスク・ハイリターン

 空間を捻じ曲げ、穴を開ける魔法陣。

 誰がどうやって作ったのかは知らないが、魔力を通さないという緑星鋼の中にその魔法陣がある。

 それをどうにかすれば穴は塞がるとことは、優喜はここを見た初日には気付いていたようだ。そして、その方法にもある程度見当が付いているような口ぶりだった。

 だが、その方法は安全ではない、というのが優喜の主張だった。

 王太子には、自分を含めて数人の犠牲が有れば穴は塞げると説明していたほどだ。


 だが、エフィンディルという図抜けた魔力の持ち主が現れたことが、その状況を一変した。

 強力な魔力のゴリ押しで、穴の魔法陣へと干渉し、その機能を破壊する。


 優喜の目論見は成功した。

 穴は消えた。

 ただし、被害もある。

 穴が塞がる際に、周辺の空間が大きく歪み、向こう側、こちら側、その両方をごちゃ混ぜに巻き込んでズタズタに破壊し、吹き飛ばしたのだ。

 優喜は事前にその影響範囲をかなり正確に見切っていたようで、そこからは見張りの兵たちを全員撤退させている。そのお陰で巻き込まれて死亡した者は一人もいない。

 だが、穴の向こう側の被害は大きかったようだ。引き裂かれ、砕かれ、潰された魔龍と思しき残骸が散らばっている。恐らく、三、四匹は巻き込まれて死んだのではないだろうか。

 こちら側も、穴の周辺が吹き飛んだ際に大量の岩や緑星鋼の欠片が飛ばされ、それによって優喜たちも大なり小なりの怪我をしている、。完全に無傷なのはエフィンディル唯一人だけだ。

 しかしそれも、優喜と芳香が光の盾を何重にも張り巡らせていたからその程度に収まったと言えるだろう。何度破壊されようとも、次から次へと無詠唱で光の盾を凄まじい勢いで展開し、全員を岩弾から防護していたのだ。


「何故だ? どんな理由があって、私を守ろうとするのだ?」

 エフィンディルは優喜の防護対象に自分が含まれていることに驚いている。

「何を言っているのです? 質問の意図が分かりかねますが、あなたの国では仲間を後ろから刺すのが常識だったりするのですか?」

「そんな常識は無い。私は仲間ではないと言っているのだ。」

「いえ、私の要請に従って作戦に協力してくれている間は仲間ですよ。」

 当たり前のように言っているが、自分に緩やかな殺意を向ける者を堂々と仲間だと言える優喜は非常識だと思う。


「お前は自分が殺されるとは思わないのか?」

「思いませんよ。」

 エフィンディルの疑問に優喜は即答する。

「何故、そう容易く他人を信用できるのだ?」

「え? 私が信用するとか関係ないでしょう? あなたに信用されなかったら殺されるんですから。だから、私は害が無いことを示さないといけないのに、なんでわざわざ敵意を向ける必要があるんです? そんなことしたら殺されちゃうじゃないですか。念のためとか言って。」

 優喜の言っていることは、理屈としては確かに間違っていない。そして、選択した行動も間違っていない。間違っていないのだが、何かが間違っているだろう。


 優喜とエフィンディルが穴の最終確認に行っている間に、負傷者が集まり治療をしていく。とはいっても、治療魔法を使えるのは二組だけだが。レベル四の治療魔法が使える益田海斗が重傷者の治療をし、理恵と茜の合同魔法で軽傷者の処置を担当する。

 そして、優喜は自前でレベル四の治療魔法を使って折れた腕を治していた。

 優喜は土と闇属性しか適性を持っていないはずなのに、何故、水属性と聖属性が必要な治療魔法が使えるんだ? いや、光属性である光の盾を無詠唱で連発しまくっていた時点でオカシイのだが……

 そしてその隣で、芳香がレベル二の治療魔法を使って自分の傷を癒している。芳香は水属性の適性は高いが、聖属性に適性は無いはずだ。この夫婦は絶対に何かが間違っている。


「穴は塞がったようだな。」

「ええ。余波で魔法陣自体が破壊されたようですし、もう穴は大丈夫でしょう。」

「思わぬ収穫もあったようだ。」

 エフィンディルは魔龍の残骸に目を向けて言う。

「あ、やっぱりあれ欲しいですか? 私も欲しいんですけど……」

「分ければ良いだろう。あの量では、私も一人では全部を持って帰ることはできない。」

 優喜とエフィンディルは、魔龍の残骸を検分しながら分けていく。魔龍は角だけではなく、牙、爪、鱗と有用な素材が盛りだくさんらしい。エフィンディルの表情が僅かにだが綻んでいる。


「これ、幾らくらいになるの?」

 芳香が何気なく訊く。

「金貨にして数千枚にはなるでしょうね。」

「莫迦を言うな。魔龍一匹で、おおよそ一万九百七十六を超える程度だぞ。ざっと見て、少なくとも二匹分の素材は採れる。」

 エフィンディルの指摘に優喜もが驚きを隠せない。

 鱗を剥ぐにせよ、角を抉り取るにせよ、優喜の持つナイフでは全く歯が立たなかった。エフィンディルの持っているナイフや槍も同様なのだが。

「私の今回の任務は調査だったし、そもそも魔龍などいる想定ではなかったからな。」

 誰にともなく言い訳をするエフィンディル。しかし、これでは素材を採れない。

「丸ごと持ち帰るのも大変ですからねえ。仕方がありません。緑星鋼のナイフづくりにチャレンジしますか。エフィンディルさんは土属性魔法を使えますか?」

「土属性でどうするんだ?」

「こうするんです。」


 優喜が手近な緑星鋼の塊に血でレベル四の魔法陣を描いて詠唱すると、幾つもの刃が突き出る。そしてさらにもう一度魔法陣を描いて魔法を発動すると、刃の根元に持ち手が付いた状態で飛び出て来た。

 なるほど。二段階でやれば刃と持ち手を簡単に作れるのか。面白いことを考えるものだ。

「土属性の魔法が緑星鋼に通じるのか?」

「自分の血で直接魔法陣を描けば不可能ではありません。通常の岩に使う場合とは比較にならないほど大量の魔力が必要ですけどね。」

「なるほど。」


 言われてエフィンディルもナイフで指先を切り、大きな緑星鋼の塊に魔法陣を描く。優喜と同じようにレベル四の魔法陣だ。そして優喜と同じように刃と持ち手を二回に分けて長槍を作り出した。

 その後、優喜たちは手分けをして魔龍の鱗を剥いでいく。十五人で鱗剥ぎの作業を黙々と行うが、直径数センチメートルの鱗が体長十メートルほどの魔龍の全身を覆っているのだ。やっと全部剥ぎ取り終わったころには日が暮れかけていた。

 優喜は急いでイリーシャの本部に戻り、王宮への報告を済ませる。


 夕食は龍肉の焼き肉である。

 エフィンディルによると、魔龍の肉は一晩もすると臭くて食べられなくなってしまうらしい。

 魔龍はかなりバラバラに飛び散っているため、可食部分は少なくなっているが、二匹分もあるため、どんなに少なく見積もっても三トンくらいはありそうだ。

 とても少人数で食べきれる量ない上に時間とともにどんどん劣化するため、手柄や身分など気にせずにその場付近に居る人全員で急いで食べてしまった方が良いということだ。

 調理方法は単純。鱗を剥ぎ取られた龍を水魔法で綺麗に洗い、火魔法で丸焼きにするだけだ。芳香たちがナイフで切って焼こうとしていたら、エフィンディルが面倒だと言って丸焼きにしてしまったのだが。


 一口に丸焼きと言っても、二つの方式がある。

 一つは、低温でじっくりと長時間かけて中まで火を通して、全部焼き終わってから切り分けて食べる方式。所謂、barbecueってやつだ。勘違いしている人が多いが、屋外で行う炭火焼肉をbarbecueと言うのではない。丸焼きなど何時間もかけてじっくり焼く料理をbarbecueと言うのだ。この方式だと、調理開始から食べ始めるまでの時間が掛かりすぎる。魔龍の丸焼きを真面目にやったら半日は掛かってしまうだろう。エフィンディル的には、そんなことをしていたら肉がダメになってしまうのだろう。


 だから今回は、もう一つの方法だ。割と強めの火で焼きながら焼き上がった部分をどんどん削っていく方式を採用している。これのメリットはすぐにでも食べ始められることだ。だから、日本の牛や豚の丸焼きイベントでもこの方式を採用していることも多い。

「塩胡椒が欲しくなるなあ。」

「いや、これは醤油ベースのタレがあれば……」

 魔龍の肉はそれなりに美味しいようで、どうしても日本の料理と比較してしまうようだ。

 だが、ここには調味料と言えるものは塩しかない。王都に行けば香辛料の類は売っているが、そんなものは持ってきてはいない。それでも、日本のような豊富な種類の調味料は無いのだが。


 翌朝、魔龍の素材を分けると、エフィンディルはスウィデニオへと帰っていった。

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