3-06 化物

 エフィンディルは遥か西方の国、スウィデニオから来たと言う。

 ヨルエ神より、ウールノリアに世界を滅ぼす者が現れたとお告げがあり、調査、可能なら討伐を命じられて来たらしい。

「この国と事を構えるつもりは無い。だから王宮に直接巨鳥を乗りつけたりせず、一番外側の門の外に降りて入った来たのだ。なのに何故、兵士たちは私を見るなり襲い掛かってくるのだ? 私はどこでどう判断を誤ったのだ?」

 エフィンディルは大真面目な顔をして言う。

「……メグミはどう思う?」

「え? なんで私ですか?」

 突然話を振られ、めぐみは驚き、声を上げる。

「兵士たちの教育はティエユ卿がしているだろう?」

「押しつけですか!? 逃げないでください! だいたい優喜様が教えているのは魔物との戦い方であって、外から来た人への対応方法は関係ないですよ。」


「若いのになかなか頭が回るな。」

「ごまかさないでください。殿下がちゃんとお答えしないと、エフィンディルさんが困っているじゃないですか。」

「ぬう。エフィンディルよ、兵の対応が悪かったようで済まない。迷惑をかけたようだ。そして、そうだな、今度からは巨鳥で降りるのは門から少し離れたところにしてくれぬか? それと何かスウィデニオから来たと一目で分かるような標は無いか? この国にスウィデニオの者が訪れるのは、私の記憶にも無いほど久しいのでな。記録を探せば出てくるのだろうが……」


 スウィデニオとウールノリアの間に直接的な国交は無い。

 別に国際状態が険悪なわけではない。単に、遠いのだ。直線距離にして約一万キロメートル以上あり、直接的な人の行き来は無いに等しい。一日最大一千キロメートル近く飛ぶ巨鳥レジーナを駆り、最速でやって来たエフィンディルですら、十五日も掛かっている。

「端的にスウィデニオを示せるような物は所持していない。」

「王家から賜った者とか、ありませんか?」

「スウィデニオは共和国だ。王家というものは存在しない。」

「あらま。」

 国際的に通用するパスポートの様なものは無いらしく、スウィデニオから来たということすら証明するのが無理らしい。政府からの任命書みたいなのを見せたって、それが本物であるかの判別もできないし、問い合わせをする手段も無い。


「とにかく、私の目的は異世界から来たと言う世界を滅ぼす者だ。それが町や城にいるのでなければ、私は町や城に用は無い。穴とやらの場所を把握しているのなら教えて貰えぬか? 為政者の命で正式に案内してもらえると、余計な問題が少なくて助かるのだが。」

「メグミ、案内してやれ。」

「だから、なんで私!?」

「お前の主が穴の監視をしているのだ。そこに案内するのに何の不都合があると言うのだ。」

 ドクグォロスは無情に言う。おそらく、優喜たちもエフィンディルも王都から出来るだけ遠ざけたいのだろう。


 流石に制服のスカート姿は騎乗に向かないと思ったのか、邸に帰って着替えることは許してくれだが、それだけだった。めぐみは半ば拉致されるように巨鳥に乗せられてダンジョンへと向かっていた。

 鳥の背はもふもふと温かそうに見えるが、常時時速八十キロの風にさらされているのだから、恐らくそんなに温かくはないだろう。っていうか、革のジャケットにパンツでなければ凍えるぞコレ。

 しかも、残念なことにめぐみは高所恐怖症らしく、取の背で固く目を閉じて蹲っている。

「おい、北のどこだ。ちゃんと案内しろ」

「真っ直ぐ北に行ったら、廃墟になった町が西側に見えるはずです。そこに向かってください。」

「あれがそうか?」

 そう言うエフィンディルの眼下には既にイリーシャの廃墟がある。王都から二時間足らずでもう到着するのだ。優喜を超える恐ろしい移動能力である。

「ちゃんと見て確認してくれ。」

「おろして。お願いおろして。」

 呆れながらエフィンディルが言うが、めぐみは泣き声をあげる。

 溜息を吐きつつも巨鳥を操り、イリーシャへと向かって下降していく。

「ぎゃああああああああああああああああ!」

 下降の浮遊感に、めぐみが絶叫していた。


「わたし、生きてる。生きてるよおおおおお」

「当たり前だ。何故死ぬんだ。意味が分からん。」

 めぐみは地面に降り立って安堵したのか泣き出した。そこに、数名の兵士が鳥を睨みながら近づいてくる。

「おい、泣いていないで説明しろ。また血を見たいのか?」

 エフィンディルの機嫌が悪くなっている。

「優喜様はどこですか? 至急、重要なお話があります。」

 涙を拭いながら、めぐみは兵士に声を掛ける。

「今、呼びに行っていますので、すぐに来るでしょう。」


 とか言っているうちに優喜が地均ししながら現れた。

「確かにデカイ鳥ですね。で、めぐみ、何故ここに? っていうか、何泣いてるんですか? その男に何かいやらしいことでもされたのですか?」

「私は何もしていない。」

「うそ! 無理矢理その鳥に乗せたじゃない!」

「そんなことはどうでも良い。ああ、わかった。済まなかったな。もう泣くな。」

 エフィンディルが珍しく表情を変えて言う。


「で、一体何の用です? そちらは何方ですか?」

「私はエフィンディル・ゼーレンシュール・エレンガスト・ウェンゼンジェイム。この地に世界を滅ぼす者が現れたと聞いてスウィデニオから来た。お前が異世界から来た世界を滅ぼす者か?」

「私はこの世界を滅ぼすつもりは無いですし、そんな能力もありませんよ。滅ぼすとかいうのは、あっちじゃないですか?」

 優喜はダンジョンの方角を指して言う。

「穴とやらは向こうにあるのか?」

「ええ、まあ、ご案内しますよ。そちらの鳥は放っておいても安全なのですか?」

「人や家畜を襲うことは無い。心配するな。」


 優喜は地均し移動魔法でダンジョンへと向かう。魔導杖の増幅があれば、イリーシャから一回でダンジョンに着く。

 そして、洞窟の一番奥、『穴』のある部屋へと来ていた。といっても数百メートル程度だが。

「なるほど、穴とは何かと思っていたが、確かに穴だな。」

 エフィンディルが納得したように呟く。

「どんな穴なのか説明しろと言われても難しいですよ、あれは。」

「あの穴から魔物が溢れて来た、そう聞いているが本当か?」

「実際にあの穴から出てくるところを見た者はいないですが、魔物が溢れて来た中心に、これ以外には何も見当たらないですし、穴から出てきたんだと思いますよ。」

「穴の向こうのアレは何だ?」

 気配を感じたのか、エフィンディルは穴の向こう側を睨みながら訊いてきた。

「攻撃が届かないと言ったが、試して良いか?」

「空間がおかしくなっていますから、近づくのは危険ですよ。化物にやられる前に、空間の歪みで体が捩じ切れかねません。」


「ならば魔法と投擲を試す。」

 そう言って、エフィンディルは巨大な魔法陣を書く。

「レベル八、いや九!? めぐみ、ちょっと避難しておきますよ。」

 その魔法陣を見て優喜が驚き、めぐみの手を引き最奥の部屋を出ると、レベル三の光の盾を重ねて展開する。

 長い長い詠唱が終わって、エフィンディルの魔法が放たれる。

 全属性の光の奔流が穴へと吸い込まれるように向かっていく。


 そして、突然逆流し、爆発した。

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