3-05 攻撃したら反撃される

『それ』は唐突にやって来た。

 広げた翼は三十メートルを越えようかという巨大な猛禽が王都南門の前に舞い降り、その背から一人の青年が姿を現す。

 百九十センチメートルはろうかという身長に、腰ほどまである黒髪、肌は透き通るような白さで深紅の眼に黒の瞳。白を基調とした衣を纏い、作り物のようなその顔からは感情は読み取れない。

 驚愕に目を剥く周囲の人々を意にも介さず、彼は悠然と町に向かって足を進めた。

 男が門を潜り抜けようかという頃に、我に返った門番の兵士たちが、彼に向かって槍を振るう。


 だが、それは悪手だ。


 そう思う間もなく、兵士の体が槍ごと真っ二つになった。

 兵士たちに動揺と恐怖が走る。

「何者だ!」

「止まれ!」

 叫び槍を突きつける者、緊急の合図なのだろうかラッパを吹き鳴らす者、腰を抜かしてへたり込む者、そして逃げ出す者。

 そして、槍を突きつけた者たちが次々と切り飛ばされていく。


 門周辺には血と肉片が飛び散り、凄惨な光景が広がっている。

「奴を止めろ! 中に入れるな!」

 隊長なのだろうか、最悪な判断を下す。

 残っていた兵たちが彼に向かい、一人残らず切り伏せられた。


 ラッパの音を聞き、兵士たちが駆け付けた頃には、彼は既にそこにはいない。

 南門の内側は十人以上の肉塊が散らばり、血の海と化している。

「何があった! 敵は何所へ行った!?」

 兵たちは、近くでへたり込んでいる商人と思しき者たちを問い詰める。

 恐怖に竦んだ者たちを相手に証言を得るのに苦労しつつも、ようやく兵士たちは『白い服を着た男が一人、町の中に向かって行った』という情報を得て、各方面への伝達を急がせる。

 ハンター組合にも情報の共有として一報が入る。特に依頼は無いが、危険な存在が町に入り込んでいるということで、警戒せよと言う通知である。

 商人は一人も攻撃を受けていないことに兵士たちも気づいたらしく、無闇に攻撃するなとの言葉が最後に付け加えられていた。


 しかし、それは兵たちの共通認識ではなく、一部の洞察力が高い者たちだけの者だった。


 彼が王宮の城門前に着いたのは街門の事件から二時間ほどしてからだった。ここに来るまでに彼は、普通に屋台で買い食いをしたりしている。強盗や強奪をするでもなく、食い逃げをするでもなく、しっかりとお金を払ってパンや果物、肉を買って食べているのだ。さらに、神殿で神に祈るなど、それだけを見ると、いたって普通の旅人の行動である。

 しかし、城門を守る兵士たちは彼に刃を向け、やはり一瞬で切り伏せられていく。


 王宮に呼び出されて急ぎやってきた津田めぐみの目に入ったのは、最後の一人の血飛沫が派手にぶち撒けられるところだった。

 恐怖と驚愕に目を見開き、上げそうになる悲鳴を飲み込む。

 男の突き刺さるような視線が向けられ、いや、自分を見ていないことに気付いためぐみは半ば悲鳴を上げながら後ろの二人を制する。

「敵対しちゃダメ! 絶対勝てない!」

 めぐみは寿とクリーシェミが手にしていた魔導杖を叩き落としながら叫ぶ。

「ほう。お前は物分かりが良さそうだな。この城の者か?」

 言葉にに迷いながら、めぐみは返答する。

「私たちは呼ばれて来ただけです。あなたはお城に用があるのですか? 何故、彼らを殺したんですか?」

「私は世界を滅ぼす者について聞きたいだけだ。こいつらには刃を向けられたから殺した。」

 男は意外と素直に答える。

「世界を滅ぼす者?」

「ん? 心当たりがあるのか? その者は異世界から来たと言う話だが。」

「無くは、無い、けど……」

「ああ、そうか。間違っていても殺したりはしない。心配するな。私は殺人狂ではないからな。」

「ここから北に行ったところに異世界に繋がっている穴があって、そこから魔物が溢れてきたりしていて、それは関係ないのかなって。で、その穴の向こうでこっちを窺っている何かがいるって言ってたけど。」

「その穴とやらはお前は見ていないのか。」

「私は見ていません。今、私の主が見張りに行っています。」

「ほう。案内せよ。」

 男は言ってめぐみの手を掴み、空を見上げる。

「ちょっと待ってください。私、お城に!」

「そう言えば、呼ばれているとか言っていたな。」


 押し問答をした挙句、男はめぐみについてきた。

 男に門番が全滅させられたので、めぐみたちは勝手に城内に入り、前回の会議室へと向かう。

 案内の者も無しに現れためぐみたちに驚きつつも、会議室前の護衛兵は中に確認してからめぐみたちを部屋へと通す。

「誰だ? お前は。」

 今日はモウグォロスではない。ドクグォロス王太子が鋭い視線を向けているのは人形のような男である。

「私はエフィンディル・ゼーレンシュール・エレンガスト・ウェンゼンジェイム」

 エフィンディルは胸の前で両の拳を合わせて名乗る。これが彼らの挨拶の仕方なのだろうか。

「ふむ。私はドクグォロス・ウェル・ハラヘ・イリーシア・ウールノリア。この国の王太子だ。で、エフィンディルとやら、私は其方を呼んではいないが?」

 そんなやり取りをしている横で、めぐみは蒼白な顔をして冷や汗を流しまくっている。

「あの、私の用件を済ませちゃいたいんですけど。たぶん、この人の用も関連しているんじゃないかなーって思うんだけど……」

 軽い言い方をしているが、声が掠れている。もう、緊張と恐怖で死んでしまいそうだ。

 ドクグォロスは一同を見回し、顰め面をしながらもエフィンディルの同席を了承し、着席を促す。

「まず、第一に、城下で不穏な騒ぎが有るらしいが……」

 ドクグォロスはエフィンディルを睨みながら言う。

「たぶん、この人です。」

 めぐみが俯きながら小声で答える。

「それは、後で話そう。第二が、穴のことだ。不規則に大きくなったり小さくなったりしているらしい。小さくと言っても閉じてしまうほどではないし、大きくと言っても化物が出てこれるほどでもない。今のところは。」

「その化物と言うのは、こちらを窺っている奴のことか?」

 エフィンディルが横から質問する。

「そうだ。」

「何故攻撃しない? 向こうも攻撃してきたりはしないのか?」

 敵対者は攻撃する、というエフィンディルの行動原理が単純すぎるのだ。普通はそうそう好戦的でいるわけにもいかないだろう。

「穴が不安定過ぎて攻撃が届かないって優喜様が言ってた。向こうからの攻撃も届かないから今のところは問題ないらしいけど。」

「穴が大きくなった時は届くのではないのか?」

「それは分からんが、向こうの戦力も分からない以上、下手に刺激しない方が良いだろう。穴を塞ぐための方法を探すためにティエユ卿や魔導士団を派遣している。一向に進展は無いが、しばらくは様子見だ。」

 ドクグォロスは疲れた表情で言う。打つ手なしの状況がずっと続いているのだ、本当に疲れているのだろう。

「エフィンディルさんなら穴を閉じれますか?」

「実際に穴とやらを見てみなければ分からん。だから案内せよと言っているのだ。」

 めぐみは期待を込めて問いかけるが、エフィンディルの返答は淡々としたものだ。


「門で騒ぎがあったと聞くが、具体的に状況を説明してくれぬか?」

「私が通ろうとしたら、兵と思しき者たちに刃を向けられた。私も黙って攻撃されるつもりは無いので切った。兵の躾がなっておらんのではないか? それともこの国、この町では通行する者に刃を向ける習わしなのか?」

「そんな習わしは聞いたことが無い。」

 ドクグォロスは苦しそうに首を振った。

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