3-04 再びダンジョンへ

『ヤマト』は王都を出発して僅か三十三日でジャトフ、ウォックス、ベルハゼ、ウンスリート、メラハリ、ボルヒと六つの町を解放していた。

 ボルヒの兵たちへの指導も一通り終わり、そろそろ次の町へ向かおうかというころに、領主を通じて王都より帰還命令が届いた。

 ボルヒから王都まで、直線距離で約二百八十キロメートル。

 日本で考えると、札幌から釧路くらいまでだろうか。今でこそ高速道路が通っているので、クルマで行くと休憩含めて四時間も掛からないが、十数年前までは八時間以上掛かったものである。

 優喜たちにはクルマなど無い。代わりに地均し移動魔法があるが、実質的に直線移動にしか使えないという欠点もあるらしい。

 開けた場所での戦闘の際の回避行動には円弧移動も使用していたが、道に沿って進む場合は、中心座標や曲率の設定が難しく、下手をすると崖や川に突っ込んでしまいかねない。

 結局のところ、土魔法が役に立つのは限定的な条件下でのみなのだと、最も得意としている優喜自身が認めている。山道を歩いたり、川を渡ったりしていればそれなりに時間が掛かる。『ヤマト』が王都に到着したのは、命令より三日後のことだった。


「よく帰ったな。で、どうすればこれを加工できる?」

 優喜は遠征の報告のために登城したはずなのだが、挨拶もすっとばして王太子から振られた話は緑星鋼の加工のことであった。

「どうすればと言われましても、王宮御用達の鍛冶工にでも聞いていただけませんか。私も加工できなくて困っているのですが……」

「その鍛冶工が加工できないと言っているのだ。すくなくともユウキは採掘はできたのだから、全く加工ができないということは無いはずだ。星刃は採掘もできなかったと言っているのだからな。」

「採掘できなかった? 星刃が? ふむ、一級ハンターとやらも大したことが無いのですね。採集や採掘もハンターの仕事でしょうに。」

 優喜は無駄に勝ち誇る。

「で、お前はどうやってこれを採って来たのだ? まさか、この形でそこらに落ちていたのではあるまい? そんな不自然なことがあってたまるか。」

「異界に通じる穴が開いている時点で、不自然極まりないと思いますけど。あれが自然なことと言われたら怒りますよ。あれは明らかに何者かが意図的に穴を開けたものですから。」


「加工に必要なのは、レベル四以上の土属性魔法ですよ。レベル三以下では無理でした。ただし、そのまま普通に魔法を使っても全く効果が無いんですけどね。」

「どういうことだ?」

「ご存知かと思いますが、緑星鋼は魔力を通しません。無理矢理に魔力を通すためには、自分の血で魔法陣を直接書く必要があるんです。だから、小さすぎると魔法陣が書けないので加工が出来ないんです。具体的にはこんな感じのですね。」

 優喜はレベル四の魔法陣を、普通に魔術で宙に書いてみせながら言う。

「なるほど。逆に言えば、それをこの塊に書ければ加工できるのだな?」

「魔力を濃縮した自分の血で、ですよ。通常の魔法道具用のペンとインクではダメでしたので。しばらく、魔法陣を縮小するための研究をしてみますよ。魔法杖などの制作にも便利そうですから。」


「ところで、イリーシャの拠点構築が一段落したと報告が入っている。まず向こうに行ってくれ。研究はダンジョン監視と並行で頼む。」

 王太子は唐突に話題を変えた。

「すこしお休みが欲しいんですが。」

「ふむ。今日は休んで良い。明日には出発してくれ。」

「はぁい。」

 優喜は元気のない返事をする。相変わらず敬意の欠片も無い態度に背後に控えている従者たちは顔を顰めるが、ドクグォロス王太子は平然としている。実に鷹揚というか寛大な人物である。


 優喜は邸に帰ると、時間の限り魔導杖を作る。今回作るのは無属性六割増しである。無属性だとどうしても増幅率が落ちるらが、六割増しは十分に強力らしい。それが一本あたり金貨五百八十八枚で魔術師協会に売れるのだ。ただし、全部まとめては売らない。というか、魔術師協会側に、何本もまとめて買えるだけの現金の用意は無いので、買ってくれない。手持ちの資金が減ったら、あるいは要求があった場合に売りに出していく予定である。

 翌日昼までに六本を完成させて、優喜はイリーシャに向けて出発した。


 優喜としては一人で行くつもりだったのだが、芳香たちはついて行くと言って聞かず、結局エモウテミまで一緒に『ヤマト』全員で行くことになった。

 大量に買い込んだ食料を緑星鋼の荷車に積んで、地均し移動で北を目指す。

 魔導杖の性能が上がっているため、直線移動の速度は以前よりも上がっている。その加速度は凄まじく、立っていることはできない。荷車も土魔法で予め固定しておかなければ転げ落ちていくだろう。

 GT-Rも真っ青な加速度だが、最高速はGT-Rには遠く及ばない。というか、軽自動車並みだ。風防もゴーグルも無い状態でそれ以上のスピードを出すと、風圧で前が見えなくなってしまう。これ以上のスピードアップを考えるならば、風魔法による補助は必要だろう。


 休みながらでも十分に早く、王都を昼過ぎに出発して、夕方にはイリーシャの拠点に到着していた。しかし、拠点を作っていた兵たちはもはやティエユ卿のデタラメぶりに一々驚かない。

 ティエユ卿は雲の上の存在で、普通の人にはできないことを簡単にやってのける偉人であると認識されているのだ。

 早めの夕食後、優喜と茜は残っている魔力を全て使って、拠点の周りに岩壁を築いていく。

 そして、力尽きたら速やかにお休みタイムである。

 草を敷き詰めただけの寝床で優喜と妻たちが四人並んで寝る。

 エモウテミだけ別である。かわいそうに。そう遠くない将来、エモウテミも優喜に求婚しだすんじゃないかこれ。

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