3-03 幻の緑星鋼
『ヤマト』が北東の町の救援に向かってから二週間、ティエユ卿の邸に唐突に王宮から呼び出しの連絡がやって来た。優喜がまだ戻っていないことくらい知っているだろう。
「直ちに登城せよと申されましても、優喜様はまだ戻っていません。戻るのはあと十四日後以降の予定だとお伝えしてあるはずですが……」
戸惑いながらもめぐみは丁寧に応対するが、王宮からの使者は、代理でも何でも良いから今すぐに来るようにと強引である。
「今すぐに、と言うのは、本当に今これからという意味でございますか? それとも、今日の午後にでもと言う意味でしょうか?」
言葉の真意を計りかねて、めぐみは念を入れて確認する。
「今これから、という意味である。」
使者は難しい顔をしながら答える。
「分かりました。直ちに準備して参上いたします。」
使者は呼び出しの書状をめぐみに渡すと王宮へと帰っていった。
「一緒に行くんじゃないんだ……」
あ、それ俺も思った。
めぐみは邸内の従業員たちに声を掛けると、着替えてから五十嵐寿とクリーシェミを伴って王宮へと向かう。クリーシェミはビョグゥトの町の生き残りの第七位爵貴族だ。尚、優喜の妻となるのは諦めたらしい。優喜が第四位爵を得てしまったので、身分が違いすぎるということだ。
門番に書状を見せると、すぐに門を通され、会議室へと案内される。優喜は何度も来ているのだが、めぐみたちがここへ来るのは初めてである。
めぐみが部屋に通されたときには、既に王太子ドクグォロス、宰相ヨコエメズ、それに名も知らぬ大臣数名が席に着いていた。おまけに王孫モウグォロスもいる。
「誰だ? お前たちは。」
「人を呼び出して誰だとは随分な言いぐさですね。さてはあなたは莫迦ガキと噂に名高いモウグォロス殿下でございますね?」
めぐみは優喜から王孫についてどう聞いていたのだろう。殿下と敬称を付けているということは、王族であることは理解していると思うのだが、いきなり莫迦ガキ呼ばわりとは恐るべき胆力である。あんぐりしている王孫を無視して、めぐみたちは自己紹介を済ませる。
「急に呼び出して済まなかったな。」
「急にも程があるのではありませんか? 優喜様もお戻りになられていないですし、今すぐと申されても、こちらにも都合というものがあることはご理解いただければと思うのですが。」
「其方ら、いや、其方の主はこちらの都合などお構いなしで押しかけてくるではないか。」
めぐみの苦情は王太子に一蹴された。これは優喜が悪い。ぜんぶ優喜のせいだ。
王太子曰く、『星刃』がダンジョンに寄って、その内部が一面覆い尽くす緑星鋼でできているのを発見したらしい。
「どういうつもりだ? そんな話は聞いていないぞ。」
「そんな話をしていないなんて私も聞いていません!」
めぐみは泣きそうになるのを堪えながら言い返す。
「失礼ながら、その話は本当なのですか? 何か証拠でもあるのでしょうか?」
寿が怪訝そうな表情で発言する。
「証拠だと? 誰に向かって言っているつもりだ?」
宰相は不機嫌だ。
「誰って、星刃とやらにですよ。どこで何を見たのか知りませんが、一面覆い尽くす緑星鋼って、大袈裟に言っているんじゃないんですか?」
「ふむ。そういえば話しか聞いていないな。」
王太子たちの勢いが挫かれたようだ。
「確かに、緑色の金属の話は聞いています。そう多くは無いですが、採掘してきたものも邸にあります。ですが、それが本当に緑星鋼であるかは分かりません。」
「ふむ……」
王太子が困り顔で考え込む。
「それはそうと、今日の本題はどのような用件でしょうか。」
「今の話だ。何故、隠そうとした?」
寿は話題を変えようとするが、ダメだった。
「隠そうとしている、と言われるとすごく困るのですが。おそらく、意味が無いからではないでしょうか。」
「意味が無い?」
宰相が首を捻る。
「先ほどの話に戻りますが、星刃の方は採掘した緑星鋼を持って帰って来たのでしょうか?」
「私は一欠片も見ていないが、誰か見たか?」
ドクグォロスが宰相や大臣に問いかけるが、返事は無い。皆、首を横に振るばかりだ。
「何故、彼らは見つけたのに持って帰ってこないのです? それは問題ない行動なのですか? 優喜様はそれはそれで問題があると考えているのではないかと思います。」
「というと?」
「採掘も加工もできないならば、存在しないのと大して変わりが無い。それを仰々しく報告するのも気が引けるものです。優喜様はいくばくかの採掘には成功したのですが、私たちには加工ができなくて困っているのです。」
寿が説明する。
「お前たちは鍛冶までするのか?」
「職人のような芸の細かい真似はできないですが、普通の鉄なら叩いて延ばすくらいはできますよ。ですが、あの金属は変形させることがほんの少しもできていないんです。」
「お前たちには出来なくても、ティエユ卿にはできるのだろう?」
宰相は薄い笑みを浮かべながら言う。
「恐れながら、主は確かに採掘も加工もできます。しかし、それは何の代償も無いという意味ではございません。」
クリーシェミが毅然と胸を張って言う。確かに自らの血で巨大な魔法陣を書かなければならないのは、容易いとは言わないだろう。
優喜にとっても誤算だったのは、血で魔法陣を書けるだけのサイズが無いと加工ができないことだ。小さいパーツを作り出したら、それを再加工することができないという困ったことになっている。
「このくらいの大きさの塊を献上したら、お役に立てるでしょうか? 小さすぎて、いまのところ優喜様も加工ができないのです。」
めぐみは手振りで五十センチメートルほどの直方体の塊のサイズを示す。
「我らに加工せよと言うのか?」
「私たちには加工できないんだから仕方が無いじゃないですか…… そうやって言われるのが嫌だから優喜様は何も言わなかったんだと、今わかりました。」
「まあ良い。分かった。その緑星鋼の塊を納めよ。」
一度邸に取りに戻り、緑星鋼の塊を一個納めると、めぐみたちはぐったりして帰っていくのだった。
そして、結局、その塊を加工できる者は無かった。
星刃は採掘することもできなかったらしい。
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