2-21 イリーシャで
イリーシャの町は、完全に破壊し尽くされていた。
辛うじて防壁が残っている箇所がある程度で、原型を留めている家屋は見当たらない。そして、そこら中に血の跡が残っている。
「住民の死体はどうしたんだ?」
「骨まで食べられたんだと思います。 前に行ったビョグゥトもこんな感じでした。もし生存者がいるなら地下室ですね。適度に声を出しながら気配を探していきましょう。」
「生きている奴がいるのかよ。」
「ビョグゥトでは十五人発見しました。探しもしないで、生存者がいないなんて決めつけるわけには行きません。もしかしたら助けを待っている人がいるかも知れないのですよ。」
優喜の言葉に、理恵と茜が走り出した。そして、瓦礫の下に向かって呼びかけながら、返事を捜しはじめる。
「優喜! みんな! こっち!」
生存者を捜し始めてから一時間ほどが過ぎた頃、芳香が微かな音を聞きつけたのだ。
「ね? ほら、聞こえるでしょう?」
『翠菖蒲』の面々は眉を顰めて頭を振る。エモウテミはじっと耳を澄ませて必死に聞き取ろうとしている。
「まず、瓦礫を退かせます。みなさん、ちょっと下がっていてください。」
優喜が土魔法を使うと、瓦礫は砂となり周辺に飛び散っていく。瓦礫が無くなった床らしき地面には、地下への階段が露出していた。そして、その奥からは生き物の気配がある。
「誰かいますか?」
芳香が声を掛けつつ階段を下りていくと、その先には木の扉があった。押して開けようとするも、中で何かにぶつかって僅かに隙間ができる程度にしか扉が動かない。
「面倒なので破ります。下がってください。」
優喜が土魔法を放つと、扉の周囲が砂となり、壁から離れて倒れてくる。恐らく入り口を守るべく、逃げ込んだものが積み上げられたのだろう、木箱が入り口を塞ぐように並べられていた。そして、その隙間からは酷い異臭が溢れてきた。
「誰かいますか?」
芳香が木箱を引っ張りながら声を上げる。
数秒後、言葉にならない声が返って来た。
芳香が木箱を引き摺り出し、できた隙間から中へと入って行き、その後ろから優喜が魔術の明かりを幾つも放り込む。
地下室の中身は酷い有様だった。
糞尿に汚れ、何人かの死体が腐り果てている。
「二人生きてる! 子供が二人! しっかりして!」
「すぐに運び出してください! この中で何かしても良いことなんて一つもありません!」
叫びながら優喜も中へと入って行き、子供を抱きかかえて部屋の外へと運ぶ。
大きい方の子供は五歳くらい、小さい方は二歳くらい。衣服は汚物に塗れ、身分も何も分からない。
「芳香、お湯の魔法を。まず、体を洗います。これじゃあ怪我も病気もわかりません。」
服を脱がせながら優喜が指示し、芳香は火と水の混成のお湯魔法を使う。そして二人の子供をお湯で洗いつつ、周辺の警戒と食事の準備の指示を出す。
洗い終わった子供を毛布で包むと、優喜は試してみたい魔法があると言う。
「水は茜、光が芳香、聖を理恵が担当してください。私は土担当です。」
「何の魔法?」
「蘇生魔法です。私たちのレベルでは死者蘇生は無理ですけどね。死にかけの人を少し元気にするくらいならできるんじゃないかと思うんです。」
優喜は巨大な魔法陣を描きながら説明する。
「治療魔法は水と聖。それに土と光を足すと蘇生魔法になります。魔法としてはレベル五が蘇生魔法の一番下なんですが、みんなで力を合わせれば何とかなるでしょう。きっと!」
「きっと、ね。」
「さっさとやりますよ。詠唱は私がやりますので、みなさん、それに合わせて魔力を注ぎ込んでください。」
そして、やたらと長い詠唱を終えて魔法が発動した。
目を覚まし、お腹が空いたと言えるくらいまでには回復し、二人ともパン粥を与えると問題なく飲み込むことができている。
「この分なら大丈夫そうですね。目も見えているようですし、安心しました。」
「目を怪我とかしてなかったと思うけど。」
「このくらいの年で一ヶ月も暗闇の中にいれば失明しますよ。視覚神経が退行して機能を失ってしまいます。」
二人の子供が食事を終えると荷車に乗せて、再び生存者を捜し始める。実際に二人の生存者を発見したことで、『翠菖蒲』も真面目に捜索をしている。それまでは、生存者なんているはずが無いと決めつけて、あまり真剣には探していなかった。
しかし、奇跡はそう何度も起こるものではないようで、生存者の気配は見つからなかった。
「領主の館はどこでしょうかね? 一番大きな地下室を持っているのは領主だと思うんですが。それと、お金と……」
優喜は、店らしき瓦礫の下から色々と引っ張り出していた。
布や革の鞄、布や糸の束、お金の入った袋など、持ち運べそうなものはとりあえず荷車に積んでいく。もともと積んであった魚獣の角は、やはり瓦礫の下から拾ったハンマーで細かく砕きながら拾った革袋に詰めていく。
「領主の館はあのあたりじゃないのか?」
ペリギュルが指して言う辺りは、大きな庭の痕跡が残っている。そこが領主じゃないならば町一番の富豪の館だろう。
優喜が瓦礫を退かしていくと、地下への入り口が顔を出す。
声を掛けてみると、なんと、返事が返って来た。そしてやつれた七人の男女が出てきた。
彼らは領主の妻と子供、そして執事だと言う。
「イリーシャの当主は?」
優喜が問うと、妻だと言う女性は首を振る。イリーシャ卿は家族を地下に匿うと、近衛隊を連れて敵に向かって行ったのだと言う。
地下は食糧庫にもなっており、執事の中に簡単ではあるが水魔法を使える者と火魔法を使える者がいたため、これまでの食事はできていたのだそうだ。
しかし大きな問題があった。出口が瓦礫で塞がれてしまい、地下から出るに出られなかったのだ。地下の暗闇の中、外の状況も全く分からず食料がじりじりと減っていくだけの生活で、何度も自決を考えて思い止まってきたと涙ながらに語った。
優喜たちは地下の食料の一部を地上に運び出して、食事を摂る。どうせここで生活などしないし、放っておけば腐るかカビるか虫が湧くかしてしまうのだ。領主一家はその食料を優喜たちに迷わず提供した。
「これからどうするんだ?」
カナフォスが問う。
「迷っています。カナフォス、それに理恵、茜。彼らをつれて王都まで帰れますか?」
「優喜、様はどうするの?」
理恵はまだ様呼ばわりするのに慣れていない。
「私と芳香は、可能な限りはやくダンジョンに行きたいのです。」
「何でそんなにダンジョンに拘る?」
カナフォスが厳しい顔をして問う。
「元凶を絶たねば状況は悪くなる一方です。ダンジョンから出てくる魔物を完全に排除する策を立てねばなりません。」
「そうか……」
カナフォスは何か不満そうに頷く。
「子供もいるし、結構大変そうだよね。」
理恵が生存者たちを見回しながら言う。
「茜、移動魔法何回くらい行ける?」
「んー。十四回くらいは行けるかなあ。あ、でも私一人じゃ川は渡れないよ。」
「そこは船だな。そういや、渡し船って今やってるのか?」
ペリギュルが腕組みをして考え込む。
「東から街道を行った方が良いんじゃないか?」
「それだとかなり時間が掛かるぞ。それだったらジョズチキに行って、そこで療養させて行った方が良いんじゃないか? 体力がもたないと手詰まりになるぞ。」
コジュタルが現実を見て言う。が、周囲の反応は悪い。
「仕方がありませんね。全員で戻りましょう。」
「この人たちの家ってどうするの? ウチはもう入れないよ?」
芳香が心配そうに言う。が、優喜は何の心配もしていない。
「イリーシャ卿の邸なら、王都にもありますよ。必要な召使とかは、王太子にでも相談すれば良いのです。うちだって、もとはビョグゥト卿の邸ですよ。」
「ビョグゥト卿? ブネメイジ様に何があったのですか?」
イリーシャ卿の妻、ランシェミが突如、話に割って入ってくる。
「何がと言われましても、ここと同じ、としか言いようが無いですが……」
「ここと同じ? まさか、他の町もみな……」
「私が直接見たのはビョグゥトとイリーシャだけですが、他にも近隣三つの町が音信不通と聞いています。」
「ビョグゥト卿は私の兄です。」
力なく言うランシェミの表情が歪む。それでも取り乱さないのは、さすが貴族と言うところなのだろうか。
「申し訳ありません。このようなときに掛けるべき言葉を私は知りません。」
翌朝、一行は王都を目指して南下する。夜の閉門前には王都に着く予定である。
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