2-20 土無双

 ティエユ卿一行は王都を出て、集団戦跡地に向かう。ティエユ卿一行などと格好つけて言っても、『ヤマト』と『翠菖蒲』の合同チームなだけなのだが。

『ヤマト』には四級弓士のエモウテミが加わって五人になっており、戦力が増加している。翠菖蒲は後衛に偏り過ぎていることを懸念しているが、敵を近寄らせないをモットーにしている優喜たちはそんなことは気にしていない。一台の荷車を引いて畦道を北へと進み、畑を抜けたところからレベル四地均し移動魔法で一気に突き進む。

 カナフォスの持っていた土属性の槍は返してもらい、カナフォスには代わりに優喜が一人で町を回っているときに手に入れた風属性の槍を与えている。

 土属性増幅効果を持つ槍により、レベル三程度の魔力消費でレベル四の魔法を発動できる。

 この槍が無くても優喜も茜もレベル四の土魔法は使えるようになっているのだが、魔力節約を考えると土属性増幅効果を使わない手は無い。約二キロメートルを僅か六十秒程度で移動してしまうこの魔法は、最大速度が時速百キロを超える。

 それを優喜と茜が交互に使うことで、長い詠唱時間中に止まってしまうことなく連続で突き進むことができる。その進行速度は馬など問題にならない。

 約四十キロ、一日の道のりを僅か七分で進むといったん小休止とした。


「どうしました? みなさん。」

 地に手を付き項垂れている『翠菖蒲』を心配して優喜が声を掛ける。エモウテミに至っては、放心して這いつくばっている。

「なんなんだよこれ。」

「非常識にも程がある。」

「土魔法って役に立たないんじゃなかったのかよ?」

 ブツブツと文句だか泣き言だかよく分からないことを言っている『翠菖蒲』であるが、芳香や理恵は至って平気である。

「二分ほど休んだら進みますよ。」

 そこから、川の近くの夜営ポイントまでは普通に徒歩で移動する。移動で魔力を消費しすぎると、敵と遭遇した時に困るということだが、何か今更である。

 草をかき分けて三時間ほど歩き、ようやく夜営ポイントに辿り着く。三時間かけて、魔法移動の三分の一程度しか進んでいない。

 適当に夜営場所を見繕うと、優喜はレベル三の土壁魔法で周囲を覆ってしまう。壁の外側は堀になっているので、そう簡単には突破されないと胸を張って自慢する。優喜が一人で町を回っていたときも、野宿する際は常にこうしていた。

「なあ、こんなことができるなら、夜営場所ってどこでも良かったんじゃないのか?」

 コジュタルが冷静なツッコミを入れるが、優喜は華麗にスルーした。


 翌朝、日の出とともに動き始めたティエユ卿一行は、レベル四土魔法で川に橋を掛け、その上を地均し魔法で突っ切るという荒業で川を越えて集団戦跡地へと向かう。優喜曰く、レベル四の架橋魔法だと、荷車を引いて渡れるだけの耐久性が無いのだと言う。だから、地均し魔法で崩れる前に一気に突き進む必要があるのだとか。

 渡り終えると魔法を解除して橋の土を戻してから先へと進む。そのまま放置すると、橋が崩れて川が大変なことになってしまう可能性が高いらしい。


 集団戦跡地の近くには魔物がちらほらといた。

 胴体のシルエットとしては六本足の熊。ただし、頭は魚。そして捩じれた巨大な角が何本も生えている。これが一番多い。

 そして、やはり六本足の丸い胴体に無数の魚の頭が生えた化物。やはり頭には巨大な角が生えている。


「結構数が多いですね。あれは厄介ですよ。」

「お前が厄介と言うのは相当なものなんだろうな。」

「ええ、カナフォスさんじゃ勝てません。それと、お前は止めてください。」

「ああ、ティエユ卿か。で、俺じゃ勝てないってのは随分な言い方だな。」

「奴らは、かなりの遠距離から魔法で攻撃してきます。レベル二ビームより射程が長いので要注意です。」

「どうやって戦うんだよ。そんなのと。」

「魔導士だけで突っ込みます。私の地均し移動魔法で一気にこちらの射程に入って、ビームをガンガン撃ちまくります。」

「それで、勝てるの?」

 理恵が不安そうな声で訊く。

「ええ。ビームは通用しますから、落ち着いてしっかり狙って撃てば大丈夫です。あと、奴らの魔法は真っ直ぐにしか撃てないですから、穴に落としてしまえば当たりません。」

「なるほど。」

「そして!」

 優喜が声を大にして言う。

「あの角は、めちゃめちゃ良いお金になります! 具体的には一匹で金貨数五十六枚以上!」

「なにそれ?」

「高!」

「そんなに?」

「なんの材料になるんだ?」

 コジュタルが眉を顰めながら訊く。

「魔導杖ですよ。あと、魔剣とか魔槍とか魔斧とか。」

「魔導杖はともかく、魔槍なんて誰が作れるんだよ。まさか」

「そのまさかですよ。私、作れますよ。たぶんですが。」

「って、知ってるってことは、前にも狩ったことがあるんだよな? あれを。その時の角はどうしたんだ?」

「ああ、町の復興資金に使えってレイメビの町に置いてきましたよ。あれに襲われてボロボロになっていましたからね。見境なく土魔法使いまくったおかげで畑も壊滅させちゃいましたしね。」

「では、行きますよ。カナフォスさんたちは下がって待っていてください。みなさん、準備は良いですか? 」


 優喜がレベル三の地均し移動魔法を詠唱している間に、誰がどの敵を撃っていくかを決めてしまう。

 左から、茜、理恵、チューブシア、オノドエ、芳香。

 芳香の合図とともに優喜が魔力を開放し、一気に敵との間合いを詰めていく。

 直後、五条のビームが奔り、次々と魚獣が倒れていく。そして、優喜が無詠唱で再度発動した地均し移動魔法で後退する。

 無詠唱だと百メートルも移動できないが、それでも人間が足で走るよりも早い。実際に出るスピードはウサイン・ボルト氏が競技場で走るよりは遅いのだが、長袖長ズボンでバックパックまで背負った人間が草原を百メートル十秒で走れるワケが無い。

 その後もヒットアンドアウェイを繰り返して熊型魚獣を狩っていく。しかし、優喜は熊型魚獣を全部狩り終わっても多頭魚獣に近づこうとしない。

「ねえ、あれって強いの?」

 茜が化物を睨みながら訊く。

「デタラメに強いですよ。前に会った時はダッシュで逃げましたからね。でも、今回は私一人ではないですし、倒せます。所詮、空を飛べない地を這う化物。穴に落としさえすれば勝利決定です。あちこちに落とし穴を仕掛けて、気長に行きますよ。」

 そう言って優喜は落とし穴を何個も作っていく。大きく周囲を回りながら逃げ場が無いように穴を掘りまくると、挑発を開始する。

 届かないとか効かないとか気にせずに火や水の魔法を放り投げまくると、多頭魚獣が近づいてきた。

 さらにワーワーキャーキャー騒ぎながら後ろに下がっていくと、どんどんと多頭魚獣が距離を詰めてきて、穴に落ちた。

「ほんとに落ちたよ……」

「アタマ悪ッ!」

「いくら数があっても、魚の頭じゃね。」

「所詮は魚類。知恵で人間に勝てるわけがありません。」

 魔法の火や水が穴の底から噴き出しているのを見ながら、優喜たちは呆れつつも勝ち誇る。


 慌てず騒がずしかし急いで穴に近づくと、優喜はレベル四の土の錐の魔法を使う。万全を期して確実に止めを刺すつもりのようだ。

 魔法が放たれると、断末魔の悲鳴が轟き穴から噴き出ていた火や水が止んだ。


「どんだけ強いのか全然わかんなかったよ……」

「土魔法使える人が居なかったら、あれ一匹で町が壊滅しますよ。まあ、王都なら、王宮魔導士が周辺被害に目を瞑って遠距離からレベル六とかブッ放して終わらせるでしょうけど。それでも甚大な被害が出るでしょうね。」


 優喜たちは穴を戻して、多頭魚獣を地上に上げると角を切り落としていく。

「これ、幾らくらいになるかなあ。」

「売ったら金貨百枚とかなるんじゃないですか?」

「それ、日本円だと幾らになるんだろ?」

「パンの値段を基準にすると、数百万から一千万くらいじゃないですかねえ。換算しても意味ないですけど。」

「今回の狩でゲットした素材全部で金貨千枚を軽く超えますねえ。貴族らしくて良い感じです。」

「俺たちの分はどうなるんだ?」

 カナフォスが割り込んで来た。

「カナフォスさん、何もしてないじゃないですか。」

「くっ! そっちが下がってろって、卑怯だぞ!」

「仕方ないですねえ。魔導杖の一つくらい差し上げますよ。」

「な、なんだってええええええ?」

 声を張り上げたのはチューブシアだ。

「誰が持つんだそれ?」

「そんなことは、翠菖蒲の中で決めてくださいよ。売ってみんなそれぞれ何か買うでも良いですけど。」

「誰が売るか!」

「そんなに大騒ぎすることなの?」

「魔導杖は金貨四百九十枚以上しますからね。そう簡単に買える代物じゃないですよ。王宮魔導士団にも三本くらいしか無いって言っていましたし。」

 芳香たちは愕然とするしかなかった。


 魚獣の角を全部集めると、死体を焼き払って武器の回収をする。灼熱の落とし穴で大打撃を与えた馬面の魔物が持っていた槍だ。

 灼熱の穴の奥底に埋もれていたそれは火属性を持っていた。風と土の槍を手に入れているので、残るは火と水である。火属性であるならば灼熱空間でも耐えきれているのではないかとやって来たら、期待通りに残っていた。

 そのほかにも残っていた者を回収すると北東へと向かう。

 その先には、イリーシャの町がある。すでに滅び、生存者はいないと思われるが……

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