1-23 戦い その一

 敵接近の報せが入り、ハンター達は戦闘態勢に入り、配置に着く。

 既にカナフォスから各ハンターへ作戦概要は伝達済みだ。まず、段差を超えてくる前に遠距離魔法で敵の数を減らす。それとともに、登り口から来る敵を槍・斧部隊が対応する。ある程度敵が段差を越えてきたら後ろに下がりながら戦う。ポイントは、乱戦になる前に敵の数をどこまで減らせるか。最低で半分以下に、目標は三割以下。

「では、みなさん、罠を仕掛けに行きますよ。」

 碓氷優喜たちはまだ何かするようで、段差を降りていく。土中に作った空洞に繋がる穴を幾つか開けると、そこから火魔法を次々と何十発も放り込んでいき、地中に高温の空間を作り出す。それとともに、空洞の天井を崩す仕掛けを作りこんでいく。

「敵が来てるぞ! 早く戻れ!」

 段差の上から声が掛かる。

「敵に向けて適当に一発放り投げてやってください。届かなくて構いません。」

 そう言うと優喜は魔法陣をばら撒き詠唱を開始する。

 放った魔法は魔物の遥か手前に着弾するものの、魔物の軍勢は優喜たちはに気付いたようで、一気に速度を上げて距離を詰めて来る。

「こちらに追い風、向こうに逆風を。戻りますよ。」

 優喜の指示で魔法が放たれ、優喜たちは陣地に向かって走り出す。段差の上から援護の魔法が飛び、優喜たちはなんとか無事に本陣に戻った。

「撃って撃って撃ちまくれ!」

 カナフォスの怒号が飛び、魔導士たちが一斉に迫りくる魔物に向かって魔法を放つ。登り口に詰めかけた敵は槍・斧部隊が処理し、段差の下の敵は魔法と弓矢で仕留めていく。

 敵はネコ科のような胴体にサカナの頭が生えた化物を先頭に、鱗に覆われた魚面猿、魚面蛇など、サカナの化物ばかりだ。総数は約四千。対してハンター連合は三百弱。数の上では圧倒的に不利であるものの、優喜の作った地形的有利が大きく、優勢を保っている。しかし、それも時間の問題である。仲間を踏み台に、段差を登って来るものが現れ始める。槍・斧の一部が登り口付近から離れて対応していくが、数が増えると対応の手が足りなくなる。そうなると、魔導士部隊の守りが手薄となる。

「中央は一旦放置。下がりながら左右の近接部隊支援を!」

 優喜の指示が飛び、戸惑いながらも従う魔導士たち。

「伊藤さん、出番です。」

 伊藤芳香は言われるまでもなく飛び出て、魔導士に肉薄していた魚獣に切り伏せていく。

「寺島さん、山口さんは引き付けてから倒していってください。」

 寺島理恵と山口茜は頷き、ファイヤービームとウォータービームが正面の敵十匹近くを薙ぎ払う。登って来た六十匹ほどの敵を叩きつぶすと、優喜は次の指示を出す。

「前に出て、敵中央を叩きます。」

 言葉が終わる前に、魔法が次々と敵の中央付近に突き刺さっていく。

「碓氷、あれ!」

 茜が差した先には、バカでかい図体をした馬面の魔物がいた。この魔物の軍勢のボスといった風格だ。

「飛んで火に入る夏の虫ですね!」

 優喜が罠を発動すると、馬面の魔物が周辺の魚獣の数十匹とともに砕け散った地面の下、灼熱の空間へと悲鳴を上げながら落ちていく。さらに、灼熱の空気と飛礫が周囲にいる魚獣を焼いていき、瞬く間に百匹近くが倒れていく。

 なにそれ。これで終わりなの? ボスとの死闘はないの? 罠無双なの?

 さらに畳み掛けるような魔法攻撃に、敵の数はどんどんと減っていく。既に千匹以上倒しているだろう。だが、敵はその圧倒的な数を武器に、屍を踏み台にして段差の上に迫ってくる。

「左側近接、一度引いてください。魔導士は下がる人たちのサポートを! 全体的に右方向に移動しながら突出したものを撃破!」

 何故か完全に優喜が指揮をしている。カナフォスは前面に出ているため、周囲を見ながらの指揮はさすがに難しいか。

 魔法が登り口に固まる敵を吹き飛ばし、その隙に周辺を固めていた近接部隊が一斉に下がる。その動きに釣られて、大量の魚獣が登り口から殺到してくる。そこに向けて優喜が魔法を放ち、他の魔導士もそれに続く。魔法攻撃の討ち漏らしを槍・斧部隊が撃破していくが、後から続々と登ってくる。

「おい! これじゃあジリ貧だぞ!」

 悲鳴に似た非難の声を無視して優喜は一人突出して土魔法を詠唱し、登り口そのものを敵集団に向けて吹き飛ばす。

「上の奴らを片付けてください。」

 呆気に取られるハンターたちに指示を出して、段差の上の敵に向かって魔法を放つ。大した時間も掛からずに登って来た敵を倒すと、屍を踏み台に登ってこようとする敵に向かう。同じように、他の登り口を全て吹き飛ばしていき、布陣を変更する。段差に沿って横に広がり、登ってくる敵を個別に討っていく。


 戦闘開始から七分程度が経過した頃には、既に敵の七割近くを倒していた。だが、ハンターたちも全力を振るい続け、疲労の色が見えてきている。

「もう一踏ん張りだ!根性入れていくぞ!」

 カナフォスが叫び、士気の鼓舞を図る。あちこちから雄叫びが上がり、前進に転じていく。そんな中、優喜は理恵と茜に対し、後ろに下がって休憩するよう指示を出す。二人は既に限界近くまで魔力を消耗していた。もう、何十発の魔法を撃ったのか分からない。肩で大きく息をする二人は無言で下がると地面にへたり込む。対照的に優喜は敵の落とした槍を手に、前線に詰める。

 敵の数が、ハンターの二倍程度にまで減ったころ、逃走する魚獣が目立つようになってきた。

「魔導士部隊! できるだけ逃がさないように!」

 優喜は叫ぶが、多くの魔導士達もすでに魔力が尽きかけているようで、飛んでいく追撃の魔法は二つだけだった。

「槍と斧はまだ行けますか?」

「おう! 任せろ!」

 カナフォスほか数人が叫ぶ。

「最後です! 蹴散らしますよ!」

 優喜は叫び、魔法で段差の一部を吹き飛ばし、付近の敵を一掃するとともに降り口を作る。そこからカナフォスを先頭に、近接部隊が敵陣に雪崩込んでいった。

「私たちも行きますよ。適当に武器を拾ってください。」

 優喜は制服組に言って、敵陣向かって走り出す。

 カナフォスは鬼神の如く、槍を振り回す。そのすぐ横を『翠菖蒲』の前衛部隊が固め、さらに第三級、第四級のハンターチームがその後から続く。優喜と芳香はその一団からは離れて、単体でコソコソと逃げ出そうとしている魚獣を狩っていた。

 勝敗はもう、完全についている。既に、残敵の掃討といった様相だ。ハンターチームは疲弊しているものの、一人の犠牲も出ていない。

 逃げようとしていた最後の敵に優喜が槍を投げつけ、倒れ込んだところを芳香が止めを刺し、戦闘は完全に終了した。


「我々の勝利です!」

「ウスイ、てめえ! それは俺がやるんだよ!」

 優喜の勝利宣言に、カナフォスが横から水を差す。

「じゃあ、さっさとやっちゃってくださいよ……」

 呟く優喜を睨みつけ、カナフォスが改めて勝ち鬨を上げる。

「俺たちの勝ちだ! 全員、よく踏ん張って戦った! 」


 銘々が疲れた体を休めたり撤収し始めていく中、優喜は馬面を落とした穴の縁に来ていた。灼けた土砂を見る優喜の顔に、喜びの表情は無い。

「まだ生きているのか?」

 優喜の後ろから声を掛けたのはカナフォスだ。彼もまたここが気になって来たのだろうか。

「生きていますね。止めを刺しておきましょうか。まだ行けますか?」

「おうよ。任せろ。」

 優喜は三度深呼吸をしてから詠唱を開始する。

 地下の気配の上の土砂を土魔法でどかせると、穴の底で動くものがあった。それはゆっくりと這い上がって地上へと出てくる。

 それの纏う鎧は熱で変形し、皮膚は肉まで焼け焦げ、爛れ、所々は骨まで露出している。血なのだろうか、口からは緑色の泡を吹き、六つあるうちのただ一つ残った目が虚ろに辺りを見回す。その姿はさながらゾンビのようだ。

 ゾンビ馬の目が、強烈な殺気を放ち槍を構えるカナフォスを捉え、怒りと憎しみの籠った視線を投げつける。

「悪いが真っ向勝負はしてやれんよ。」

 カナフォスは槍を一閃すると、馬面の魔物の首が落ちる。

 ゾンビ馬ではなく、瀕死の馬の化物は、あっけなく、本当にあっけなく倒されてしまった。

「これで完全に終わりだな。」

「ここは、ですけどね。」

「お前さあ、そりゃそうなんだけど、もうちょっとだな。勝ったぞとか終わったぞとか喜んだらどうなんだ?」

「まあ、そうですね。目的も概ね果たせたし、取り敢えず一応は片付きました。ばんざい! ひゃっほう!」

「何か引っかかる言い方だな。概ねとか取り敢えずとか。」

「そりゃあ、いくらか逃がしてしまいま…… した、よね。」

 そう言う優喜の表情からは、喜びの色が消え失せていた。

「それがどうした?」

「奴らは何所に逃げたんだと思います?」

「ダンジョンじゃねえのか?」

「私の考える最悪のパターンは、王国の兵士が戦っている相手に合流することですか。あちらは確か、西の方で迎え撃つ、というお話でしたよね。なんとなくですが、奴ら、西の方に行ってませんでした?」

「いや、俺はそこまでは見ちゃいねえ。」

 言いながらも、カナフォスは渋面を作る。

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