1-22 戦場へ

 会議が終わると、優喜たちは『翠菖蒲』のメンバーと町の外に向かう。

「前衛ができると言うのはどいつだ?」

 カナフォスの問いかけに、伊藤芳香が前に出ると『翠菖蒲』の槍士の一人が槍を手渡す。

「かかって来い。相手してやる。」

 カナフォスが睨み、芳香が構える。何度か打ち込むが、カナフォスは全ての攻撃をいとも簡単にいなす。

「七級にしては、それなりだな。」

 カナフォスの言葉に、芳香が歯噛みをして、拳を握りしめる。

「剣を貸していただけますか?」

 槍を返しながら、芳香が言う。

「は? 剣でどうするんだ?」

 訝し気な表情でカナフォスが問う。

「彼女は剣の方が得意なんですよ。」

「ほう。じゃあ、やってみろ。」

 横からの優喜の言葉に、カナフォスが面白そうに言う。

 剣を受け取り、芳香が裂帛の気合いとともに切りかかる。芳香の刃が届かないことに変わりはないが、カナフォスからは先ほどの子供を相手にするような余裕の笑みが消えている。

『翠菖蒲』のメンバーは驚きの表情で見ていた。結局のところ、カナフォスの槍で芳香の剣が弾き飛ばされて勝負が付きはしたのだが、たとえ数秒間であっても、カナフォスを真剣にさせたということは衝撃的だったようだ。

「次は私がやってみて良いですか?」

 優喜が不敵に笑いながら言う。

「ほぉう。お前さんはどんなことをしてくれるんだ?」

「卑怯なことです。」

 槍を受け取り、構えながら優喜は言う。

「いつでも来いよ。」

「では、遠慮なく。」

 カナフォスの誘いに乗って優喜は槍を振りかぶり、礫の魔法を放った。優喜は慌てて飛びのくカナフォスに向かって突っ込み、槍を繰り出す。さらに、カナフォスの背後に光の盾を出し、さらに顔面を囲むように幾つもの魔法陣を並べる。視界を塞がれたカナフォスは一歩下がろうとして、光の盾に動きを阻まれる。攻撃の気配に反射的に槍を薙ぐが、そこに優喜の姿は無い。そして、優喜の投げ放った槍の石突がカナフォスの腹に直撃した。

 呻くカナフォスに唖然とする『翠菖蒲』のメンバー。『イナミネA』の方は呆然としている。

「てめえ。もう一度だ。」

「嫌だなあ。戦場にもう一度なんて言葉はありませんよ。」

「勝ち逃げする気か! 卑怯だぞ!」

「だから言ったじゃないですか。私は卑怯だと。」

 睨みつけるカナフォスに対し、ニヤリと嗤いながら優喜は言う。

「だいたい、先制権を譲ってくれているんだから、対等の勝負ではありませんしね。そんなことはみんな分かってますよ。」


「まあいい。分かった。で、他の奴らは全部魔法専門か?」

「そうですね。こちらが寺島さん、山口さん。二人はレベル二の魔法を使える我々のエースです。ちょっと見せてあげてください。」

 呼ばれた理恵と茜は軽く挨拶し、それぞれファイヤービーム、ウォータービームの魔法を虚空に放つ。

「なんだそれは!」

「その魔法はレベル四だろう? レベル二じゃねえだろ。」

「え? これはレベル二の火魔法と水魔法ですよ。ほら、これです。」

 驚愕の声が上がるが、優喜は魔法陣を書いて否定する。

「なんだこれは! 確かに複雑度からするとレベル二ってのは分かるが…… こんなのは見たことが無いぞ。一体誰に教わった?」

「レベル三の魔法まで、王宮魔導士の方に教えて貰いましたよ。」

「そうそう。色々聞けて良かったよね。あの時教えて貰わなかったら魔法なんて全然使えなかったよ。」

『翠菖蒲』の魔導士が詰め寄るが、何を驚いているのか分からず、優喜たちはただ聞かれるまま答える。

「だいたいレベル二の魔法陣も分かったし、そろそろレベル三も覚えていこうなって。」

「あれ、複雑過ぎてどこをどう弄れば良いのか分かんないんだけど……」

「ちょっと待て。弄るって何だ? お前ら魔法陣を書き換えているのか?」

「書き換えるって言うか、範囲とか威力とか調節するでしょ? ほら、この魔法だとこの辺弄って。」

 説明し茜が魔法を発動すると、先ほどより太く遅い水柱が吹き上がり、畑に水を撒き散らす。

「いやだから待て。だいたいお前、今、詠唱どうしたんだよ?」

「コジュタル、その話は後にしてくれ。今のはこの二人しか使えないのか?」

 興奮する『翠菖蒲』の魔導士、コジュタルを制してカナフォスが問う。

「そうですね。今のところは。」

「ほかの奴らは? どんな魔法を使える?」

「普通の火とか、水、石の礫の魔法くらいですよ。あと、一人光の盾を。」

「ああ、お前使ってたな。」

「あ、私のは、ただの障害物なんで邪魔とか嫌がらせにしか使えません。盾としてちゃんと使えるのは加藤さんだけです。」

 優喜は聖を指して言う。

「ちょっと出してみろ。」

 言われて聖は光の魔法を展開する。

「ペリギュル、やってくれ。カトウはちょっと下がってくれ。」

 カナフォス言って、ペリギュルと呼ばれた男が斧を振りかぶり、力いっぱい光の盾に叩きつける。

 鈍い音がして、斧が盾に止められる。

「で、これがレベル二とか言うんじゃないだろうな?」

「え? レベル二ですけど……」

 ペリギュルの問いに、心外そうな顔をして聖が答える。

「あのさ。少なくともそこのアンタら七級ってオカシイよ。間違ってるよ。剣でうちのボスとやり合うとかさ、ハンデがあるとはいえ一撃入れるとか、自分で魔法陣を直すとか。光の盾を使うとか。」

「じゃあ、ハンター組合に言って上げてもらいましょうか。今なら上げてくれそうですしね。『上げたんだから前線行け』って言いやすいでしょう? 私たちを捨て駒かなんかに使いたいみたいだったし。」

 カナフォスの表情が途端に厳しくなる。

「お前、気付いていたのか?」

「当たり前じゃないですか。あそこに呼ばれた七級って私たちだけでしょう? 私たちの力もよく知らないのに戦いに引っ張り出そうってのはそういうことなんじゃないですか? 少なくとも私には他の理由は思いつきませんよ。」


「お前たちは俺の指揮下に入ってもらう。」

「それはありがたいお話ですね。」

 優喜は笑って言う。

「討伐はいつ出発ですか?」

「今夕に出る。用意しておけ。」

「そこなんですが、私たちは夜営用の道具を持っていないんですよ。」

「なに?」

「私たちは七級ですよ。日帰りで終わる仕事しかしていないですからね。」

「そこは考えていなかったな。何なら持ってる?」

「毛布くらいですね。食事関係が何も無いです。ついでに言うと、全員の食器を買うお金も無かったりします。」

「そういえばお前ら、荷車持ってるだろ?」

「よし、それを出せ。他のは買ってやる。武器もだ。」

 驚く優喜を他所に、カナフォスはスタスタと歩き出す。慌ててイナミネはついていった。


 優喜たちは荷車に買い込んだ荷物を積み、『翠菖蒲』について町を出る。目指すは北。他のハンターたちもそれぞれに向かっている。途中、一泊ないしは二泊することになる予定だ。一年五組は初の遠征である。

 先行している斥候からの情報によると、丘陵地帯を流れる川を越えた先あたりが交戦ポイントになりそうということだ。

「川ですか。橋とかあるんですか?」

「いや、渡し船だ。こいつくらいなら乗るから心配するな。」

「川からそう遠くないなら、荷物は置いていきましょう。戦いに必要なものだけ持って行きます。あ、食べ物は持って行きますけどね。」

「戦う前に食うのか?」

「食べないと体が持たないと思うのですが。」

 優喜の言葉に、カナフォスは呆れたような顔をする。

 川を渡り進んでいくと、既に何十人かのハンターが休憩したり当たりの様子を窺ったりしている。

「何をしているんですか? 戦闘の場所はこの先ですか?」

「いや、見通しも良いし、この辺りだな。」

「いや、これは見通し良過ぎてすよ。ちょっと確認します。」

 優喜は土魔法を使い、周囲数メートルを高く盛り上げる。その上に立ち、辺りを見回して指示を出す。

「地形造作を行います。土属性持ちは前へ。敵が来る前に終わらせますよ。」

 優喜は敵の来る方向を確認すると、迎え撃つのに有利な地形を作っていく。まずは前線として、高さ数メートルの段差を作る。手前を高く、眼下の敵を弓や魔法で狙い撃ちしやすいようにするのだ。中央をU字に湾曲させて、敵を一か所に集中させる形状だ。段差の手前側には何箇所か櫓代わりの高台を作り、最後に『翠菖蒲』と相談して段差に登り口を設ける。さらに段差を下りて五十メートルほど前方の土中に大きな空洞を作る。

 一通りの作業を終えると優喜たちは食事を取って休憩に入る。

「どこでこんな作戦を学んだ?」

「私たちの国では常識ですよ、こんなのは。戦いを始める前に、有利な状況を作るなんてのはね。」

 優喜はそう言って草むらに横になる。

「敵が来たら起こしてください。」

「どっちが指揮官だか分からんな。」

 苦笑しながらカナフォスが言う。

「私が出しゃばるのはここまでですよ。とりあえず今は、少しでも休んで回復しておきたいです。」

 そう言って優喜は目を閉じる。

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