1-21 戦いの兆し
次のお風呂はいつなのか。
これは大きな問題であった。お風呂の立地として、他の人や獣を気にせずに済む場所を選んだ結果、片道二時間も掛かってしまうのだ。そのため、そう頻繁には通えない。毎日はどう考えても無理として、三日に一度から、十日に一度まで各人各様の意見がぶつかった。議論は平行線を辿り、最終的には恨みっこなしのじゃんけん勝負で七日に一度ということになった。
そして、次回は四月十四日。ただし、雨天の場合は中止、延期となる。それ以降は、七の倍数の日はお風呂曜日とすることで話が落ち着く。
初のお風呂曜日は天気に恵まれ、みんな足取り軽く浴場に向かう。前回作った設備は排水だけして、それ以外はそのままにしてあった。意外と汚れも少なく虫や獣も居ついていないため、高圧噴射の水魔法で洗い流すだけで済み、準備は比較的簡単に終わる。
「そういえば、今日は春分の日なんだよね。御萩とか売ってないかなあ。」
入浴後ダラダラ過ごしているときに、根上拓海が思い出したように言う。
「御萩は秋分ですよ。春分は牡丹餅です。どっちにしても、売っていないでしょうね。砂糖は殆ど出回っていないようだし、そもそも米も小豆も見かけませんからね。甘いものと言えば、せいぜい蜂蜜菓子ですね。あんなものを買うお金はありませんが。」
優喜はどこまでも現実しか見ない。全ての夢をぶち壊していく。
「失礼ですね。ちゃんとお風呂とか用意したじゃないですか。ああ、あなたはお風呂を覗くような失礼な奴でしたっけ。」
「え? 何? 覗きって誰?」
優喜の言葉に茜が反応する。って優喜、今、貴様、明らかに俺に向かって言ったよな?
「ああ、こっちの話ですよ。男子の話じゃあないです。私たちをこの世界に放り込んで、ニヤニヤしながら見ている奴がいるってことです。そいつはお風呂もトイレも覗いているんだろうなって。ま、ただの変態ですね。」
「何それ? 超ムカツクんだけどその変態。」
「最悪な変態ですよ。」
二人で変態、変態うるせえ。私は変態じゃねえ!
「そろそろ行こうよ。もう十分休んだでしょう?」
津田めぐみが呼びかけて、みんなが立ち上がると移動を開始する。
「またウサギ狩かあ。」
拓海がウンザリしたように言う。
「全員がまともに戦えるようになるまではウサギ狩ですよ。最低でもレベル一の魔法はまともに扱えるようになってください。例外は加藤さんだけです。と言っても彼女はもうちょっとでレベル二をマスターしそうですけどね。」
「呼んだ?」
自分の名前が聞こえたのか、加藤聖が寄ってくる。
「ああ、加藤さんはもう少しでレベル二を使いこなせるところまで来ているのに、根上君はまだレベル一の魔法もまともに扱えないってね。」
「俺だって……」
「頑張っていないとは言わないですが、加藤さんほどの必死さや津田さんほどの根性は感じられないですよ。」
言われて拓海は黙り込む。
「まあ、根上君よりも頑張っていない人もいますけどね。」
優喜の説教モードが始まった。
「努力するとか、前向きに頑張るとかって言いますけどね。要は、自分にできることを、自分がするべきことを積み重ねるだけです。自分の力で足を踏み出していけば良いだけです。私は、みんなが進める道を選んでいるつもりですよ。」
「道を選んでるって、でも碓氷って人に手を差し伸べたりしないよな。」
堀川幸一は言う。非難の色は無い。純粋に優喜のスタンスが分からないのだろう。
「私は道標ですからね。お勧めの道を示しはしても、手を引いて歩きはしませんよ。自分の力で歩くつもりが無い人には何もしません。」
幸一は何度も「なるほど」と繰り返し、一人で納得している。
「俺たちが魔法をちゃんと使えるようになったら、ウサギ狩は終わりになるの?」
「終わりにはならないですね。他のことにも手を出すというだけで。心配しなくてもランクアップして第六級になったら終わりですよ。ウサギ狩は七級の仕事ですからね。」
「何にしろ、地道に頑張れって事だな。」
「その通りです。焦って一足飛びに行こうとしたら転んで大怪我しますよ。って私も子供の頃、よく言われましたから。」
幸一と拓海は笑うが、その横で聖は神妙な面持ちで聞いている。
「ウサギ発見!」
先頭を行く芳香が叫び、全員が散開して狩の体勢に入る。
「狩りすぎ注意報。最大十四匹でお願いします。あ、たまには津田さん指揮お願いします。」
「了解!」
「ええええ?」
「何事も経験ですよ。」
めぐみだけが驚きの声をあげるが、優喜は取り敢えず押し付けた。とは言っても、最近は役割分担も明確になり、さらに火力が上がってきているため、指揮はあまりやる事が無い。瞬く間にウサギを仕留めて荷車に積み込んでいく。
十一匹のウサギを摘んでハンター組合に戻って来た一行は、換金を済ませると二階に行くよう言われた。
「すみません、『イナミネA』ですが、こちらに来るよう言われたんですけど。」
優喜が言うと、受付の女性は全員が『点滴穿石』、『メシア』、『カエデ』も揃っていることを確認すると、各チームのリーダーだけを奥に案内する。
「あ、話聞いている間に、家に荷物置いてきてください。」
優喜は芳香に鍵を渡して、奥の会議室に向かう。
部屋に入ると、既に三十人くらいのハンターが席に着いていた。
「一体、何事です?」
「魔族が来た。」
優喜が驚いて声を上げると、近くにいた男が端的に答える。
「まあ、適当に座ってくれ。」
壇上に立つ初老の男に促され、優喜たちは空いている椅子に座る。
「繰り返しになるので端的に説明すると、ここから北に四日程度の所にダンジョンが出現し、魔物がそこから溢れているということだ。我々ハンター組合は魔物の討伐、そしてダンジョンの調査を引き受ける。討伐は早急に向かわねばならん。今はその編成について話をしていたところだ。」
「お前さんらのクラスは? どの程度の戦力だ?」
壇上の男が一気に話し、最前列の男が優喜たちに向かって訊く。
「私はイナミネAの碓氷です。私たちイナミネAは十三人全員が後衛で、見習いから初級の魔導士です。」
「メシアの清水です。メンバーは七人で、全員魔導士です。武器が無いので前衛はできません。」
「カエデの村田です。七人全員後衛の魔導士で、実力はこの中で一番低いです。」
「点滴穿石の小野寺雅美です。十四人で、あとは他と同じです。」
部屋の中がざわつく。全員が後衛って絶対にオカシイ。と思ったら、ツッコミが入る。
「前衛が居ないのに後衛ってどういうことだ? それとランクは?」
「四チームとも第七級です。とにかく、相手を一定距離以内に近寄らせない狩り方しかしていないということです。」
優喜が答えると、さらにざわめきが増す。
「誰だよ第七級なんて呼んだの?」
「役に立つのか?」
「遠距離の牽制だけでもしてくれれば、前衛としては助かるな。」
「ちょっと静かにしろ。」
最前列の男が声を上げる。
「俺は三級パーティ『翠菖蒲』のカナフォスだ。お前ら、ウサギ以外は狩ったことがあるのか?」
「イタチを一匹と、あとクマを一頭ですね。ああ、森の奥から運ぶ気がしなかったので、クマは殺さずに追い返しただけですけど。」
「ウサギは一日に何匹狩れる? 運ぶ時間を抜きにして、殺すだけで考えるとだ。」
「殺して回るだけなら、四チーム合わせて一日に八十四匹くらいはできると思います。」
カナフォスの問いに、優喜は単純に二倍程度の数を答える。実質的な狩の時間を考えると、それくらいは問題なくできるだろう。
「一人あたり一日二匹だぞ? 七級に出来るのか?」
「この数日は一人当たり一匹狩ってますよ。運ぶ時間ゼロなら二倍くらいは問題ないですね。」
横から飛んできた質問に、気を悪くするでもなく優喜は答える。
「で、どの程度戦えるのか、だが。誰も前衛はできないのか?」
「私ともう一人だけ、できなくはないですが、武器を買うお金が無いのです。本人は欲しがっているのですが……」
カナフォスが話を戻し、優喜は苦笑しながら答える。これは他人から言われるまでも無く、芳香が武器を渇望するのに応えられないでいるのだ。
「後で見てやる。魔導士の方もだ。取り敢えず、牽制や陽動くらいできると考えておくぞ。」
カナフォスはそういうと、部隊の編制、作戦の展開についての話を進める。
「あの、討伐に出ている間、この町の防衛ってどうなるんです?」
優喜は作戦を聞きながら疑問に思ったことを口にする。
「街門を堅く閉じておく。それ以上は無い。戦力を分散する方が下策だと思うが? 最悪、門が破られたら王宮の近衛隊が対応する。」
「もう一つ。今回の動きが陽動なのだとしたら?」
「今までの他国からの情報を考えるとその可能性は薄い。それに、もし本当に陽動なのだとしたら、我々に為す術は無い。」
優喜の質問に、壇上の男が淀みなく答える。その程度のことは考慮済みと言うことか。
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