1-20 お風呂を求めて

 碓氷優喜は家に住み始めて二日目からウサギの毛の加工から外れていた。

「なんとかしてお風呂を何とかできないか、色々やってみたいのです。」

 優喜は臭い言われたのが余程ショックだったのか、風呂に執念を燃やす。他のメンバーも風呂に入りたいことに変わりはないので了承することになり、優喜は町の外で実験を繰り返す。

 まずは、土魔法で小さな穴を掘り、穴の床と壁面の土を魔法で圧縮する。そして、そこに魔法で水を注ぐ。予想通り、これは失敗に終わった。土が水に溶け出して泥水と化し、さらに水の漏れも激しく、水位は見ている間に低下していくのだった。

 翌日、同じように穴を作り、水を注ぐ前に火魔法で焼いてみる。しかし、土は多少は焼き固められてはいるため泥水にはならないが、水はやはり駄々漏れだった。

 そこで、さらに翌日には、優喜は焼く温度を上げるために魔法陣を調整し、魔法の練習をしている中で火魔法を使える全員での一斉加熱を試す。これは上手く行ったかに見えたが、冷却が足りなかったのか、水を入れた瞬間に割れてしまった。

 四日目。加熱後に風魔法で冷却してから水を入れたところ、十分に長い時間維持できそうだった。問題は、今試しているサイズは五十センチメートル四方であり、とても入浴が可能な大きさではないことだ。この程度のサイズは一人の魔法で処理できなければ、入浴可能なサイズは全員掛りでも作れないだろう。

 数日間色々と試行錯誤し、優喜はついにお風呂への道を見つけたのだった。

 四月九日の狩が終わると、優喜は宣言をする。

「明日は、天気が良ければお風呂にしたいと思います。何か異論、反論のある方はいらっしゃいますか?」

「異議なし!」

「賛成!」

 津田めぐみが拳を天高く突き出して叫び、村田楓がそれに続く。

「みんな入れるのかい?」

 清水司は恐る恐る確認する。

「刺青のある方は入浴をお断りしています。」

「そんな奴いねぇだろ。」

 笑いながら言う優喜に堀川幸一がツッコミを入れるが、陰で小野寺雅美が固まっている。もしかしてコイツ、タトゥーとか入れちゃっているのか?

「それでは、皆さん、明日は手拭一人二本以上をお忘れなく。それと、チームに一つくらいは石鹸を用意しておいてください。手拭は銀貨四枚半、石鹸は一個銀貨五枚程度で買えます。」


 ウサギの換金後、みんなで手拭と石鹸を買いに行く。優喜と伊藤芳香、そして寺島理恵は昼食を持っていくためのバスケットを買いに行く。

「これで雑貨はだいたい終わり? あとはシーツだけかな?」

 理恵が『イナミネA』の予算の具合を確認して訊く。

「そうだね。次は服かな。」

 芳香が頷いて答える。

「すみませんが、武器はもう少し待ってください。」

「私の剣は当分先か。」

 芳香とても残念そうに言う。


 翌朝、食事を済ませた優喜たちは町の東門を出る。そこから街道を東に進んで、畑が切れるところで進路を北に向ける。しばらくは畑に沿って進み、二キロメートルほど進んだところから畑を離れると草原を突っ切ってまっすぐ北を目指す。

 二時間ほど歩いたところで優喜は足を止める。丘の中腹あたり、緩やかな南向きの斜面である。

「この辺りは獣も居ないようですし、人も来ないでしょう。」

「で、どうすれば良いの?」

 奥田友恵お風呂が楽しみで仕方が無いようで、さっきからせっつきまくっている。

「奥田さんは、荷車を止める場所を。転がって行ってしまわないように平らにしてください。山口さんと益田君はこちらを手伝ってください。湯船と浴室の素を作ります。」

 優喜は魔法陣を出して指示をしていく。

 優喜たちが三人がかりで地中にドームを作り上げ、そこにいくつかの穴を開けると優喜の合図で火魔法をそこから放り込んでいく。

 最初期から火魔法を得意としていた寺島理恵に加え、最近では相凛太朗、榎原敬、野村千鶴、堀川幸一の四人も問題なく使えるようになっている。火魔法に適性がある他の十二人も必死にチャレンジを繰り返す。魔法陣をひたすら書いているのは加藤聖。彼女は基本属性に適性を持っていないため、前面に出ることはできず、他の人のサポートに回っていた。

 百発近い火魔法を放り込んだ後は、穴を塞いで暫くお休みである。草むらに寝転がり、雑談に興じる。

 タイマーが鳴ると、優喜が立ち上がり、土魔法でドームの天蓋部分の土を避ける。

「それでは。風を送って冷却します。皆さんお願いします。」

 優喜が言って魔法陣をばら撒く。そして、山口茜と益田海斗を呼ぶと、浴室の設計図とその製作に必要な魔法陣を見せて、作り方の指示を出す。

「では、山口さんは女風呂を、益田君は男風呂をお願いします。私は周囲の壁と脱衣室を作っていきます。」

「了解!」

「アイサー」

 二人は慎重に土魔法を行使し、焼成済みの土を変形させ、浴槽へと整形していく。

「水魔法を使える方は、浴槽に水をお願いします。」

 浴槽が出来上がった時点で優喜は指示を出し、魔法陣をばら撒く。浴槽に水がいっぱいになる頃には、周囲の壁も出来上がっていた。湯温を確認し、優喜は最後の指示を出す。

「ちょっとぬるいので、温めてもらえますか。」

 言われて理恵が火魔法を水の中に叩きこむと、お風呂の完成である。

「下から見て右が男風呂、左が女風呂です。湯船に入る前に、体はよく洗ってください。それと、男女ともノゾキは厳禁でお願いします。あと、下着やシャツは洗ってから脱衣室隅の乾燥コーナーでまとめて乾かしてください。それではみなさん、良いお湯を!」

 優喜の掛け声でみんなお風呂に向かっていく。全員が風呂に入っていったのを見て、優喜は裏手に作った自分専用一人風呂に向かった。


 それから一時間ほど、男湯からも女湯からも歓声が響き渡る。みんな余程嬉しいのだろう。全員がサッパリした顔で上がってきたら、みんなで早めの昼食である。全員一律同じ内容で、朝に屋台で買ってきたパンとフルーツ、そして串焼き肉である。

「お風呂はやっぱ毎日入りたいわー。」

「だよねー。何日ぶり?」

「こっち来てから今日で二十九日だから、だいたい一ヶ月ぶりだよ。」

「毎日は無理でも、二、三日に一度は入りたいよね。」

「それも厳しいですよ。こんなのは、せいぜい一週間に一度ですね。」

 優喜が現実的なラインを提示すると、一斉に不満が上がる。

「ねえ、町に銭湯とか作ったら儲からないかな?」

「どうでしょうね。お風呂に入るという文化がそもそも無いようですから、最初にどうやって広めるかですね。それと、排水処理を考えないと、たぶん、下水の処理能力を越えちゃいますよ。」

 相変わらず、優喜は現実派である。夢が無いとも言う。

 太陽が中天に差し掛かる頃、一同は帰り支度を始める。

「すっきりしたし、さっぱりしたし、気合い入れていきますよ!」

 優喜が叫び、一同は来た道を引き返していく。途中、町の近くで見つけたウサギを八匹だけ狩っていった。換金を済ませると、家に荷物を置いて、午後の部の狩に出かける。何と文句を言われても、晴れているのにお休みになどなりはしない。これは優喜だけではなく、めぐみと楓も同意見だった。

 結局、いつも通り二十二匹のウサギを狩ってくることとなった。

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