1-19 いじめの現場
「な、ななななにを言っているのですか!」
「パンツを脱ぎなさい。この部屋で寝たいっていうならパンツを脱いで見せなさい。」
狼狽える碓氷優喜に、伊藤芳香が有無を言わさぬ勢いで言う。
「さあ、脱いでごらんなさい。」
涎を垂らしてにじり寄る芳香に、優喜は怯えて後ずさる。
「諦めて脱ぎなよ。」
「脱いじゃって楽になろうよ。」
オッサン化し下品な笑みを浮かべた理恵と茜が加わる。
「何をやってるの。いい加減にしなさい。」
明菜は呆れたように言って近づき、いきなり優喜を羽交い絞めにして取り押さえる。逃れようと暴れる優喜。それを左右から理恵と茜が押さえつけ、スカートを捲り上げる。
「やややややめやめ!」
まさかの事態に、珍しく優喜はパニックになっている。
変な笑い声を挙げながら芳香が優喜のパンツに手を掛け、一気に引きおろす。
「きゃあああああぁぁぁ」
優喜が可愛らしい悲鳴を上げる。
「おお、付いてる。本当に男だったんだ。」
「ついてますよ! 男だって言っているじゃないですか。」
芳香の呟きに優喜は泣きそうな声で叫ぶ。
「って、臭っ! 臭い凄くない?」
優喜の股間をまじまじと見て、突如、その顔を顰めて背ける。
他の女子も寄ってきては裕の股間をのぞき込み、口々に臭い臭いと笑いあう。
「酷いです! みんなして臭いって何ですか! こ、これはイジメですよ!」
涙目になりながら優喜は訴える。
「イジメの事実は確認できませんでした。」
難しい顔をして、そう言うのは鈴木こだま。
「そんな…… 酷い揉み消しです! 隠ぺいです!」
拘束から解放され、床に打ちひしがれてメソメソとする優喜。
「まあ、とにかく、穿きなさいよ。」
ちょっと悪いことしたかな、という表情で芳香が言う。
「わ、私は何もやっていません。」
「何言ってるの?」
「強情なやつだな。カツ丼。食いたくないか?」
優喜がボケて、理恵がさらに意味の分からないことを言い出す。
「それはとても食べたいかもしれません。」
正直に答える優喜。
「私も食べたいわ! 言ったらめっちゃ食べたくなってきた!」
「豚肉ってあるのかな? あとお醤油。」
もはやカオスだ。イジメはもう無かったことにされている。
「鰹節も昆布も手に入りませんよ。この国は海に面していないんですよ。海産物は超がつくほどの高級品です。」
パンツを穿きながら優喜が指摘する。
乱れた服を整えると、優喜は毛布に包まって横になる。イジメに遭っても、あくまでもそこで寝るつもりらしい。
翌朝、優喜たちは起きると顔を洗ってすぐに屋台広場に向かう。宿では朝食が出ていたが、一軒家を借りた以上、朝食はどうにかして調達しなければならない。朝食を抜くという意見は一瞬で却下されている。学校でダラダラ過ごしていた頃とは運動量が桁違いに増えているため、食事を抜いたら体が持たない。それは試してみなくても分かるということだ。
パンと果物を食べ、ハンター組合に向かう。そこで他の一年五組メンバーと合流する予定だ。
優喜たちは掲示板を確認するが、やはり第七級に目ぼしい仕事は来ていない。
ならば、やる事は一つ。ウサギ狩である。
全員が揃うと、西門から出て南に向かう。町の北に大量に生息する畑の外側にいるウサギよりも、畑に入り込んでいるウサギを優先しようと言うことになったのだ。
この数日、優喜は狩へ行く道すがら、魔法の練習と称して土魔法で道の歩きづらい箇所を直している。そのため、町の西門を出て北へ向かう道路は格段に通行しやすくなっていて、特に荷車の速度向上が大きく、移動時間が短縮されてきている。昼前には二十二匹のウサギを狩り、換金に組合まで戻ってきていた。
換金を済ませると、屋台で昼食である。一年五組の面々も店員や常連客にそろそろ顔を覚えられ、挨拶や雑談を交わすようになってきていた。正午の鐘までは昼休みと言うことで、ゆっくり食事したり、そこらの店を見て回ったりと、各自自由に過ごしている。
午後もまた西の門を出て北側に行き、畑のウサギを狩っていく。一度に運ぶウサギの数は最大で二十三匹までとしている。一人一匹担ぐことも不可能ではないのだが、それをすると翌日にまで響くので、ある程度余裕を持った数にしてくことになっていた。
午後は一匹オーバーし、二十四匹を持って帰ることにする。畑の近くに死体を棄てていくのは問題がある。死臭が肉食の鳥獣を誘引して、畑や農民に損害が出ることに繋がってしまっても困るのだ。
「ウサギよりも厄介なものを引き寄せてしまっても困るので、殺してから棄てるなら、見逃した方が良いのかも知れません。その辺りは後で確認しておきます。」
「そういえば、森の奥の方はクマとか出るんだっけ。」
「この前、イタチみたいなのも出てきたし。」
「五級の仕事にオオカミ退治とかってあったよな。あれも近いのか?」
「確か、歩いて一日くらいですね。そんなに遠くは無いですよ。特に、狼にとっては。」
銘々が『厄介そうなもの』を思い浮かべる。確かにクマやオオカミが畑の中までやってくると大変そうだ。
「棄てていった責任を取れとか言われても困る。」
結局その意見に落ち着いて、我慢してウサギを運ぶ。
町に戻り、換金を済ませると、そこで一度解散となる。夕食にはまだ早いが、もう一度狩に行くには少し遅い。『イナミネA』は、解体場の隅に山と積み上げられたウサギの毛を銀貨一枚で買い取り、荷車に積んで家に戻る。さらに、シーツ、縫い針と糸を買い、布団づくりの準備を進めていく。
家に帰ると、煮込み済みのウサギの毛を洗って干す作業だ。キレイに洗ったら石で叩く。その横で次の毛を洗い、石鹸水で煮る。
毛の洗浄にも煮込むにも魔法を使うので、これはこれで魔法の練習になると言うことで、みんなで交代で魔法にチャレンジしている。魔法陣も書けるようになり一人で問題なく魔法を使える理恵と茜は見本を見せる程度に止めて、毛を洗って叩く方に集中している。
この世界の魔法の効果は、出力上限を含めて魔法陣によって決定されるため、魔法陣さえしっかりと書くことができれば、暴走して周囲に被害を及ぼす心配が無い。もちろん、戦闘の場合では誤射・誤爆はありうるが、単に水を出すとか、竈に火を放り込む程度のことならば、恐れず何度でもチャレンジすることが大切なのだと優喜は力説している。
日が傾いてきた頃、作業を中断して夕食を買いに屋台広場に向かう。この家から屋台広場までは徒歩一分程度だ。広場に着くと『点滴穿石』と『カエデ』のメンバーはそれぞれのリーダーを探す。彼らは宿泊場所が『イナミネA』の家なだけであって、その食費は『イナミネA』負担ではなく、所属している各チームで負担することになっているのだ。
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