1-18 そして一軒家へ

「いきなり何? お金っていくら?」

 いきなり土下座され、津田めぐみは驚き戸惑っている。

「金貨二枚貸して下さい。二週間以内に返します。」

「何に使うの?」

「家を借ります。たた、人数分の毛布などを買うお金が足りなくて。」

「ホントに家借りるんだ? ベッドとか無いんでしょ? みんなそれで良いの?」

「昨日話し合って、そういう方向で決まりました。」

 優喜の後ろで『イナミネA』の主に女性陣が頷いている。

「本当に二週間で返せるの?」

「計算上では一週間あれば返せます。余裕をもって二週間です。」

 めぐみは溜息を吐いて、点滴穿石のメンバーに向かって聞く。

「みんなどうする? 私は構わないけど。」

「友達とお金の貸し借りはするなって……」

 工藤淳がそう言う。親が子供への躾として、そう教えるのは日本では普通だ。

「だってさ。」

「いえ、私と彼は友達では無いでしょう?」

 優喜は真顔で答える。

「ひでぇ……」

「あー、こんな奴とは友達じゃないわ。」

 当たり前だが、非難が殺到する。

「いや、ちょっと待ってくださいよ。私、彼とは話をしたことすら無いんですけど。それを友達と言われても困ります。付け加えるならば、私は彼の名前を覚えていません。」

「酷すぎ。」

「サイアク。」

「人としてそれどうなの?」

 非難轟々である。それが事実でも、今言うべきことではないだろう。

「で、お金なんですが、どうしてもダメでしょうか。」

 この空気の中でカネの話に戻せる優喜の根性が凄い。普通は、また時を改めて話をするパターンだろこれ。

「友達だとか碓氷がヒトデナシとかはおいといて、俺らが金に余裕があるのは碓氷の荷車のお陰だろう? カネくらい貸しても良いんじゃ無いか? 俺としては、うちらは借りがある立場だと思ってるけど。」

「それは、まあ、そうだよね。」

 堀川幸一の客観的に真っ当な意見を否定する者はいない。『点滴穿石』は互いに顔を見合わせ、ひそひそと話す。


「本当に返せるんだよね?」

 めぐみは最後に念を押す。

「この辺りのウサギが絶滅してしまわなければ大丈夫です。」

 優喜はどうにも変な一言が多い。だから揉めるのだと理解できないのだろうか。

「分かった。」

 しかしそれでもめぐみは納得し、金貨一枚と銀貨九十八枚を出して優喜に渡す。受け取った優喜は重ね重ね感謝の意を述べ、頭を下げる。

「では、さっさと賃貸手続き済ませてウサギ狩に行きましょう。」

 顔をあげると優喜は言って、さっそく商業組合に向かう。昨日は午後から雨だったため、狩を中止にした『イナミネA』は全員で物件の内覧をしていた。三軒見て話し合った結果、家賃金貨二枚半の5DKにしようということになり、借りる時期は穿石と相談ということで落ち着いたのだ。

 優喜は契約手続を済ませて家の鍵と借主証の木板を受け取ると、相凛太朗に鍵と金を渡して買い物を頼む。毛布を人数分、そして、兎毛布団を作るべく、シーツ、鍋、石鹸を調達するためである。

『イナミネA』で午前の狩に参加するのは優喜と寺島理恵、そして山口茜だけである。

 一同は、いつも通りに西の門を出て北に向かう。道の途中で、優喜はめぐみ、村田楓、清水司を呼んで話をする。

「家の件なんですが、女子が四人と男子三人が半端になってしまいます。他人と相部屋覚悟で宿に泊まるか、私たちの家に来るか、どうします? 」

「あー、そうか。それ大事だね。」

「そういうのはもっと早く言わないか?」

 楓は普通に返事をするが、司は不満そうである。

「女子は元々人数が半端だから他人と相部屋になっているんですよ。家を借りるのも、それが嫌だからという部分も大きいんです。」

「そんなの聞いていないんだけど。」

「自分が問題無ければそれで満足して、他の人はみんな大丈夫なのかと、そういった気遣いをしなかったのか、私のせいですか? 実際の所、お金をかける以外の解決方法が無いんだから、そんなこと一々相談なんかしませんよ。どうにもならないって結論にしかならないですから。」

 黙り込む司。

「でも、相談してくれていたら何か良いアイディアが……」

「あるなら今からでも出してくださって良いですよ。今更な案でも構いません。さあ、出してください。」

 言われて司は楓と恵みに視線を向けて、助けを求める。

「ほら、アイディアなんて無いのでしょう? 出ないのでしょう? じゃあ。そんな人に相談するだけ時間の無駄ですね。相談すべきだったと言うなら、何か言ってくださいよ。」

 沈黙が訪れる。司はいつも理想論を言うのだが、理想にむけて具体的な一歩を自ら踏み出すということができていない。それに対し、優喜は冷徹に現実を見ている。

「相部屋で構わないならば別に良いですが、嫌なら誰がこちらに来るのか話し合っておいてください。あ、毛布は持ってきてください。残念ながら、こちらで用意するお金はもうありません。」

 めぐみと楓は苦笑いしながら了承する。


 狩に参加している人数が少ない分、運べる数が落ちる。午前の狩の成果は十九匹である。優喜はケモノ担当のオヤジに、後でウサギの毛を取りに来るので、取っておいてもらうよう話を付ける。

 換金を終えると、『イナミネA』の買物部隊と合流して昼食である。予算は変わらず、一人銅貨三十枚までだ。果物を食べたり、菓子を食べたりと、最近は人それぞれに昼食の内容を自分で選んでいる。

 午後からはフルメンバーでのウサギ狩である。たまにはと狩場を変えて南に向かう。

 行ってみると、以前よりウサギが増えていた。二十二匹を狩って換金に戻る。オヤジに聞いてみると、この季節はは子育てが終わって、大きくなった子供の行動範囲が広がる時期らしい。そして、若いウサギは柔らかく美味しいので、いっぱい取って来いと笑うのだった。

 優喜は清算を済ませるとウサギの毛を受け取る。


 優喜たちはウサギの毛と荷車を家に置くと、屋台広場に向かう。『イナミネA』以外は既に屋台広場に向かっている。

「女子四人はどうなりました?」

 夕食を食べながら優喜がめぐみに訊く。

「あ、うちから木村さんと吉田さん、カエデから小島さんと園田さんが行きたいって。」

「じゃあ、店が閉まる前に毛布を買いに行ってもらえます? 伊藤さん、食べ終わったらお店に案内してもらえますか? ウサギの毛をさっさと処理したいし私は家に戻りたいのですが。」

 言われて芳香は承諾する。急いで食べると四人プラスめぐみと楓を布屋に案内する。

 優喜たちは家に帰ると、みんなでウサギの毛の処理を始める。手順としては、まず水洗いしてから石鹸水で煮込む。その後、よく濯ぎ洗いをして、石で叩く。こうする事で、毛の強すぎるコシを殺すのだ。それをシーツの上に広げて乾かす。それを縫い合わせたシーツに詰め込めば布団の完成である。

 作業は結構時間がかかるため、今日のところは鍋で煮るまでである。

 勢いゼロの水魔法で生み出した水を桶に張り、ウサギをじゃぶじゃぶと洗う。魔法で出した水は、どういうわけなのか、室温とほぼ同じ温度である。井戸水と違って冷たくないため、洗い物には便利である。

 その横で、鍋の湯を沸かす。こちらもやはり魔法で水を出し、火の魔法で加熱する。

「こういうのは、水の中に火の魔法を突っ込めば良いんだよ。」

 理恵がファンタジー知識を披露し、実際にやってみたら意外と上手くいくようだった。

 お湯に石鹸を溶かし、ウサギの毛を投入して煮込む。これは普通に鍋の下に火魔法を放つ。優喜は火の壁の魔法を上手く調整し、範囲を極小にしたうえで持続時間を向上させた弱火用の魔法陣を開発していた。

 煮込み始めたころ、芳香と四人が帰って来た。殆ど話をしたことがない人もいることもあり、改めて自己紹介をし、部屋割りを決める。

 家の間取りは、玄関を入って左がキッチン、右にリビング。正面に二階へまっすぐ上る階段がある。階段の横手から奥に行くとトイレがある。階段を上って二階に五部屋。階段を登り切った左右に一部屋ずつ振り返ると廊下が伸びており、その真ん中の左側に一部屋。突き当りの左右に一部屋ずつだ。

 この家に住むのは、男子五人、女子十二人の計十七人である。優喜を除いた男子四人が階段を上ってすぐ左手の部屋、残りの部屋に女子が三人ずつ入ることとなった。みんな意識してなのか無意識なのか、優喜の寝る場所には、誰もが触れない。


「で、なんで碓氷がここにいるのかな? かなァァ?」

 普通に女子部屋で寝ようとしていた優喜に理恵がいつものようにツッコむ。

「だって、男と一緒の部屋なんて嫌です。絶対に嫌ですから! っていうか、何でみんな集まってるんです?」

 優喜は叫ぶ。

「前から疑問に思ってたんだけど、碓氷って本当に男なの?」

 優喜の言葉を無視して、小島明菜が今更な疑問を口にする。

「失礼ですね。私は男ですよ。」

「じゃあ、証拠を見せてよ。」

 言い張る優喜に茜が詰め寄る。

「証拠ってなんですか?」

「パンツを脱ぎなさい。」

 芳香がいきなり、とんでもないことを言いだした。

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