1-24 戦い その二

 ハンターの一団は西へと向かっていた。戦いの後、一晩の休息を取ると夜明け前から進軍を開始して、少数でうろつている魔物を蹴散らしながら急ぎ足で進んでいく。

 太陽が傾きかけたころカナフォスが号令を掛け、小休止を取る。伸びをして、草むらに腰を下ろした優喜は、ふと前方を見て動作を止める。立ち上がり、ゆっくり進んでいくと、同じようにする者が何名かいる。

「おい、どうした? 敵か?」

 カナフォスが厳しい顔で問いかける。

「どうでしょう。戦闘のようにも聞こえましたけど。」

「気にしすぎ、かも知れないが、気になる音だな。」

「よし、じゃあ、」

「休みましょう。」

「何だよ…… 行くんじゃねえのかよ。」

 優喜の言葉に、カナフォスは呆れ顔で言う。

「少し休んで回復してからじゃないと、まともに戦えませんよ。」

「仕方ねえな。二分だ。二分休んだら行くぞ。」

「承知しました。」

 優喜は横になり目を閉じる。

「みなさん、休憩が終わったら急いで戦場に向かいます。今のうちに休んでおいてください。」

「は? また戦うの?」

「はい、その通りです。」

「なんでだよ!」

「うるさいだまれ。」

 尚も喚く力也だが、他所のハンターに殴られて黙り込む。


 ハンターの一団が駆けつけると、兵士たちと魔物の戦闘が繰り広げられていた。兵士たちの数はざっと二千。対する魔物は四千以上。ハンターたちとは違って兵士側には魔導士がいないようで、魔物の数に圧されて苦戦しているようだ。

「行くぞ! 同士討に気を付けろ!」

 カナフォスが号令を掛け、ハンター達が魔物に向かって走り出す。

「槍部隊は左を厚めに、右は魔導士が削ってください。斧は槍と魔導士のフォローを!」

 詳細指示は優喜が出し、カナフォスを先頭に槍部隊が雄叫びとともに左側に突っ込んでいく。

「魔導士は横一列で並んでください。水と火の魔法陣は私が書きます。まず、火の詠唱を寺島さん、少しゆっくりめに大きな声でお願いします。」

 理恵が詠唱し、ファイヤービームを放ち、槍部隊に向かっていく魚獣を数匹仕留める。

「さあ、皆さん続けてどうぞ!」

 優喜の掛け声で、魔導士たちが目の前に並べられた魔法陣を発動していき、幾条ものファイヤービームが敵を貫いていく。

「続けて、水です。山口さん、腹の底から声を出しての詠唱をお願いします。」

 茜が詠唱し、ウォータービームが魔導士達に向かってきた敵を襲う。

「皆さん、どんどん撃ってください。土と風は、ご自分の魔法でお願いします。」

 三十人が放つビーム魔法が間断なく襲い掛かり、敵が次々と倒れ伏していく。攻撃開始から十数秒で百を超える死体の山が築かれ、魔物の軍勢の陣形が崩れ始める。ビーム魔法による一斉攻撃の威力に、撃っている当人たちからすら驚きの声が上がる。

 さすがに優喜も三十人分の魔法陣を一瞬で書くことはできないようで、一度に十個程度を少しずつ前へ、前へと位置を進めながら書き続ける。魔導士の中には、魔法陣を二、三度見ればそれを覚えて自分で書く者もいて、どんどんと攻撃に厚みが増していく。魔導士陣営は優喜に誘導されながら右前方へと進み、凄まじい勢いで敵の数を減らしていく。途中で見つけたボスらしき魔物も、一瞬で複数のビーム魔法で貫かれて、何をすることもできずに全身から血を噴き出しながら崩れ落ちて行った。

 ボスとの死闘はやはり無いようだ。そのあまりの光景に、魔導士たちの間にも「あれ?」という雰囲気が一瞬漂ったが、優喜の喝により落ち着きを取り戻し攻撃を再開した。


 その後も魔法攻撃による蹂躙が続き、優喜の魔力が尽きて弾切れ宣言をするまでに、敵の七割近く、三千匹程度が魔導士部隊により倒されていた。

「あとは皆さんにお任せします。加藤さん、魔法陣をお願いします。」

 そう言って優喜は魔法陣係を加藤聖に引き継ぐと、戦線を離脱する。そのころ、ハンターと兵士の間にいた敵を全滅させた槍部隊が中央に向かって突撃を開始していた。最初は押されていた兵士たちもハンター達の援軍が来てから盛り返し、数が逆転してからは押し返している。

「可能な限り逃がさないようにお願いします!」

 優喜が戦局を見ながら叫ぶ。そろそろ逃走する魔物が出てくる頃合いだ。カナフォスが指示を出し、魔導士たちは右へと回り込みながら逃げようとする者を優先的に外側から敵を狩っていく。

 もはや戦闘ではない。無慈悲な刃が逃げ惑う魔物の命を刈り取っていく。ハンターも兵士たちも、敵が全て死ぬまでその動きを止めない。まるで狂戦士のように武器を、魔法を叩きつけているが、彼らが行っているのは『駆除』だ。殺戮を行っていると思っている者は恐らくいないだろう。

 そう長い時間も掛からず、というか、ハンター達が参戦してから七分も経たずに魔物の軍勢は全滅した。文字通り、本当に、一匹残らず全滅した。

 広がる光景は惨憺たるものだ。死体、死体、死体。四千を超える魔物の死体が所狭しと転がっている。その血は赤くはなく、気色の悪い青緑色をしている。

 みんなが引き揚げていく中、優喜は一人でボスの確認に行く。


 優喜はボスが死んでいるのを確認すると、持っていた武器を回収する。

「やっぱ、ボスは落としちゃダメかな……」

 優喜は独り言を呟きながら目ぼしい戦利品を探す。ニヤニヤと笑いが止まらない様子でボスの側近らしき者の持っていた武器を拾い集めていく。結局、持ち切れずに七本の槍を選ぶと引き摺りながら戻り、荷車に積み込む。

「おお、随分と良い槍だな。」

 と、優喜の後ろからカナフォスの手が伸び、ボスの持っていた槍を持ち上げ、振り回す。

「お前じゃ扱えんだろう? 俺が使ってやる。」

「ちょっと、それは私のです! 私が拾ったんですよ。返してください!」

 優喜は慌てて抗議するが、カナフォスは取り合わず、持ち去ろうとする。

「拾ったって、お前ひとりで倒した敵じゃあないだろう?」

「誰も拾いに行こうとしなかったのだから、誰も欲しがらなかったから、私のです! 欲しかったのなら何故取りに行こうとしなかったんですか!」

 優喜は割と本気で怒っている。

「それともう一つ。その槍はあなたにも扱えません。」

「なんだと?」

「その槍は土属性の魔法を強化する作用を持っています。魔法の使えないあなたには無用の機能です!」

「なんだって?」

『翠菖蒲』の魔導士、コジュタルが割り込んできた。

「今のは本当か? いや、本当でも間違いでも、ここでその話はするな。」

 声を潜めて、しかしキツイ口調でコジュタルが言う。

「本当なら、金貨数百枚になるかも知れん。」

 優喜の耳に口を寄せて端的に説明する。

「そう言えばあいつらって、このままで良いんですか?」

 顔色を変えて、優喜は突如話題を変える。

「ん? 何がだ?」

「いえ、死体をあまり放置しておくのもどうなのかなって。」

「本来なら良くないが、後回しだな。いくら何でもあれは数が多過ぎる。今は死んだやつらの処理に回す余力は無い。体力を使うなら、生きて暴れてる奴らをどうにかする方が先だ。っていうか、さすがに疲れた。休みてえよ。」

「なるほど。まあ、休みたいと言うのは同感ですね。」

 カナフォスの説明に優喜はあっさりと引き下がる。何気ない会話を続け、一同は南へと移動していく。さすがに誰もこの酷い光景と死臭漂う場所で夜営をする気にはなれず、日が落ちるまでは根性で移動する。

 ハンターたちと兵士たちは合同で夜営を張っていた。兵士にはそう多くは無いが重傷者、死亡者が出ている。ハンターには犠牲は無いものの、全員が疲弊している。互いに慣れ合うような関係ではなさそうだが、ここでは安全を優先したようだ。

 優喜たちは、陣営の中央付近にで休んでいる。優喜と、理恵、茜はカナフォスに直接的に強く言われてここに来ていた。それに付いて他のメンバーもゾロゾロと中央に集まっていたのは、周辺のハンター達に追い出されていた。特に、戦闘での貢献が低かった者は見張り、周辺哨戒に就かされる。

 ハンター達もみんな、周りを見ているものである。

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