1-09 協調性

「食べるのは構いませんが、お金はあるのですか?」

 碓氷優喜は、いちいち水を差すのが得意なようだ。

「んだよ! 金なかったら食うなってことか!」

「当たり前ですよ。どうしてお金が無いのに食べられると思うのです?」

 食って掛かる西村力也を優喜はばっさり切り捨てる。


「先に食ってて悪かったな。お前らもさっさと完了してお金受け取って来いよ。」

 堀川幸一がフォローのつもりで言う。だが、『メシア』の表情は暗い。

「え? まさか一つも終わってないの?」

「あ、ああ。メキアノズトって草が見つからなくてさ。」

 バツが悪そうに司が言う。

「メキアノズトならあるよ。これでしょ?」

 時田直弥が軽く言い、鞄から七つに分かれた橙色の葉を取り出す。


「あるんじゃん! よこせよ!」

「は? よこせって何だよ。ふざけんなよ。」

 力也が詰め寄ろうとしたのを幸一が立ち塞がる。

「イッパイ有るんだからよこせよ! 邪魔するんじゃねよケチ野郎!」

「俺がケチならお前は乞食だろ。 偉そうにクレクレいう奴にケチ呼ばわりされる筋合いなんかねーんだよ! 欲しいなら土下座でもしてみろ!」

「土下座はともかく、頭下げてお願いくらいしたら? だいたい何でタダであげなきゃならないの? 私たちだってお金払ってガイド雇って見つけてるんだよ? なんであんたは払わなくて良いの?」

 力也の暴言に、幸一がキレて、津田めぐみがさらに捲し立てる。

「落ち着けよ、みんな頼む、収めてくれ。」

 司が割って入る。

「西村は謝る。堀川は薬草を出す。それでいいだろう?」

「良くねえよ。なんでそうなるんだよ。何聞いていたんだよ。」

 司の一方的な言い分に、幸一が呆れたように言う。

「良いか? 俺たちは何にも悪いことをしていないのに、西村が一方的に文句を言ってきてるんだぞ? しかもその薬草さ、手に入れるのに金払ってるんだぜ? 何でそれをタダで出すことになるんだ?」

「金払ったって、みんなのお金だろう? 皆で協力し合って頑張ろうって言ってるんだよ。」

 司の余りの言い分に、幸一は絶句する。そして、この男が出てくる。

「皆のお金ではありませんよ。穿石チームが稼いだお金は穿石チームのものです。それに協力とは何ですか? メシアチームが足を引っ張っているだけではありませんか。その尻拭いをするのが協力ですか? 寝言は寝てから言ってください。」

 優喜の言い分はあまりに辛辣だ。

「いや、そうじゃなくてお互い様とか、助け合いの精神でだな、仲間だろ?」

「仲間? ええ、そうです。仲間なんです。親じゃないんです。仲間なんですからギブアンドテイクなんです。でも、あなた達は一方的にクレクレ言って集っているだけでしょう? そんなのはお互い様でも助け合いでもありませんよ。違うと言うなら、どう埋め合わせをするのか、この借りをどう返すのか言ったらどうですか? 狩もできない、薬草の採集もできない。じゃあ、あなた達はいったい何が出来るんですか? どんなときに穿石チームはメシアチームを頼るのです?」

 司は、優喜の言っていることをまるっきり理解できていないって顔だ。何を言っているんだかサッパリ分からんって顔に書いてる。


「お願いします。メキアノズトを譲ってください。」

 重い空気を破って村田 楓が土下座していた。韮澤駿、結城雄介がその後に続く。

「何ができるって約束はできないけど、きっと恩は返します。お願いします。」

「え? いや、ちょ…… そんなふうにされても困るんだけど。」

 直弥が途方に暮れてオロオロしているなか、メシアチームが続々と土下座に加わっていく。頑として頭を下げようとしないのは力也と司だけだ。


「いや、ちょいまてよ。頭上げろよお前ら。」

 幸一も慌てて場を取り成そうとする。そもそも、直弥は薬草を渡すつもりで言ったのだろうし、幸一にしても頭を下げられたら断るつもりは無かったのだろう。

「あの、恥ずかしいから止めてくれませんか? 穿石の皆さんどうしますか? ちゃちゃっと相談して決めちゃってください。」

 優喜に言われて穿石チームは集まって話しはじめる。

「今回は本当に特別だからね。」

 結論が出たのだろう。めぐみが言って、メキアノズトを楓に差し出す。リーダーとか役割とか関係ない。あの空気の中、真っ先に土下座を選択したのは彼女だ。


「ところで、それの報酬幾らです? 此処の定食は銅貨六十枚ですから、十四人だと銀貨四枚と銅貨五十六枚ですが。」

 優喜に言われて固まる『メシア』の面々。

「あー、向こうの屋台広場で安いの買って食べた方が良さそうですね。固まってないでさっさと完了手続きしちゃって午後の部行きましょう。」

 優喜は『メシア』に動くよう促して、食事の片づけを始める。この食堂は下膳はセルフ式のようだった。

「休憩するにしても場所を変えましょう。ここに居座っては他の人に迷惑です。」

 だるそうにする『イナミネA』のメンバーの尻を叩き、銀貨を一枚ずつ配っていく。

「何これ?」

「皆さんが、誰にも相談なく勝手に使用方法を決定して良い分のお金です。お小遣いって奴ですかね。残りの銀貨三十二枚の使い方はみんなで相談して決めるということで。」


『メシア』が完了手続きをしている間に、優喜は受付に行って宿の情報を聞いている。メモを取り礼を言って戻ると、『メシア』も完了手続きが終わったようである。

 色々な物の値段の確認もするという意味も含めて、全員揃って屋台広場に移動すると、優喜は一人広場から離れて宿屋を見て回る。

 素泊まりで銀貨一枚半が最安。全員分だと銀貨六十一枚半。ただし宿自体があまり大きくなく、人数が泊まれるか不安だ。

 少し大きめの宿だと銀貨二枚で朝食付き。全員で止まると銀貨八十二枚が必要だ。

 王都だけあって、貴族が利用するような高級宿もあるが、優喜は近づこうともしなかった。まあ、どうせ行っても追い返されるだけだ。行くだけ時間の無駄だろう。

 優喜が広場に戻ると、『メシア』は両手にパンと串焼きを持って頬張っていた。


「では、行きましょうか。」

 言って、優喜は西門に向かって歩いて行く。その後を追いながらめぐみが訊く。

「行くってどこに?」

「ウサギ狩ですよ。メシアも穿石も宿代はまだ稼げていないでしょう? ウサギ一匹で銀貨五枚ちょっとになりますから、十匹ほど狩れば足りる計算ですね。あ、一人一泊銀貨二枚です。」

「あれ、また運ぶの?」

 ウサギ狩と聞いて、芳香は恨めしそうな目で優喜を見る。

「私たちは狩るだけですよ。まあ、運ぶのは主にメシアの皆さんに頑張ってもらいましょうか。」

 当たり前のように優喜はメシアに多めに運ばせるつもりでいるようだ。

 もっとも、『メシア』と『点滴穿石』の残額はウサギ一匹くらいだから、最低でもその差はつけるのだろう。


 畑の西端まで来ると、優喜は芳香に『メシア』に午前の残りの回収するのに案内するよう頼んだ。

『点滴穿石』と『イナミネA』の残りは、午前中とは逆に南に向かいながらウサギを探す。

「ウサギそのものもそうですが、足跡と糞を探してください。ウサギではなくても、畑を荒らす獣は狩ってしまいましょう。」

 優喜の指示に従って、横一列に並んで得物を探していく。

 二分ほどすると、草原の方から発見の声が上がる。

 畑側を探していた人も投入して、草原側を捜索すると、程なく六匹のウサギを発見した。

「両サイドから挟み込むように追い込んでください!」

 優喜は指示を出すとともに魔法陣を書いて行く。

「魔法は奥から手前に落としていってください。」

 首肯し、魔法部隊が魔法陣を起動していく。一拍の間を置いて発動した土魔法二つと火魔法一つがウサギのいる辺りより奥側に着弾し、初の魔法成功に益田海斗が歓喜する。

「喜んでいないで次々撃ってください。」

 優喜は冷たい。

「ちょっと!燃えてる!」

「だからさっさと片付けますよ!頑張って撃ってください。山口さんは消火も。」

 焦るめぐみを叱咤し、優喜は魔法陣を大量に並び立てる。そして、そのうちの一つに手を伸ばすと、水魔法が発動する。さらに山口茜が水魔法を火の中心に命中させ、消火を計る。

「穴を!」

 タイミングを図って優喜が声を掛けると、待ってましたとばかりに茜が土魔法を発動させる。

「風で落とす!」

 ウサギが穴を飛び越えることを見越して優喜が次の指示を出し、理恵が詠唱する。

 風魔法に吹き散らされてウサギが穴に落ちていくのを見て、優喜は最後の指示を出す。

「止めです!魔法ができない人は石でも投げてください!山口さんは消火!」

 茜以外の全員で走り寄って石と魔法をウサギに叩きこんでいく。


「七匹全部残ってたよー!」

 土魔法で穴を戻していると、芳香が走ってくる。

「じゃあ、これで足りますね。ミッションコンプリートです。撤収!」

 優喜の号令で、『点滴穿石』のメンバーがウサギを担ぎ上げる。いや、上がらない。

「何をしてるんですか、情けない。」

「だってこれ重いって。」

「私だって一匹、一人で運びましたよ。」

「私もー。鬼だよね碓氷って。私、女じゃないんだって。」

「そんなこと言ってないですよ。言いがかりですよ、それは。」

 泣き言を言う五十嵐寿に、優喜と芳香が叱咤し、夫婦漫才を始める。何か仲良いなコイツら。


 あまりにうだうだ煩いので、文句を言いながらも『イナミネA』は持ち上げるところだけを手伝い、移動を始める。

 えっちらおっちら歩いて行くと、『メシア』が休んでいるのが見えてきた。あいつら口ばっかりで根性ないな。優喜達はもっと遠くから運んでたのに。

「ほら、さっさと立って運んじゃってください。」

 優喜が急かすと、案の定、力也が文句を言ってくる。

「重いんだよ。ちょっとは手伝えよ。」

「は? それ、誰が狩ったのですか? 運ぶだけなのに何を文句言っているのです? 既に手伝ったんですよ。私たちは。」

「君たちは今手ぶらじゃないか。」

「私たちは、朝頑張りましたからね。あなたたちは朝、サボっていたのですから今頑張ってください。それの何が変なんですか?」

「手伝ってくれたって良いじゃないか!」

「あなたたちは私たちが苦しい思いをして運んでいるときに、何一つ手伝ってくれませんでしたけどね。何故あなたたちはしなくて良くて、私たちはしなければならないのです?」

 司も相変わらず的外れである。彼にとって、他人の過去の努力には価値が無いらしい。

「まあ、嫌なら野宿でも食事抜きでも、好きにしていれば良いでしょう。怠け者は放っておいて行きますよ。」

 言い放って、優喜はさっさと歩いて行く。『点滴穿石』は無視して町に向かっている。恐らく、さっさと運び終えてしまいたいのだろう。

「ごめん、それ今日はもうやりたくない。」

「できれば一生やりたくないよ……」

 伊藤芳香と根上拓海は顔を背けてそう言うと、走って優喜を追いかけていく。

「お先!」

 理恵と茜が続き、他のメンバーも走って行ってしまう。


『点滴穿石』が納品して五分以上経ってから、ウサギを担いだ『メシア』がハンター組合の前までやって来た。

「あー、それ受付裏だから。ここまっすぐ行けば分かる。」

 道端に座り込み、疲れた表情で指差す幸一。

 文句を言いながら、『メシア』はよろよろと歩いて行く。


 ようやく全ての納品が終わると、全員揃って宿に来ていた。

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