1-04 異世界でも勉強は必要

 午後からは、座学である。昨日と同じ講義室に集まり、一般常識を学ぶ。

 数字は昨日やった通り。エンが一、サンが二。ギム、リズ、モト、ザト、ロナ、ワナ、ソー、ポー、ノキ、メイ、ジユまでで十三。十四は桁が上がってゴザ。さらに一桁上がるとミザ。エンミザは百九十六だ。

 四桁目はシュイ。エンシュイが二千七百四十四。その上がゴザシュイ、ミザシュイと続く。ゴザは十四倍、ミザは百九十六倍を表すようだ。さらに上はチュイが十四の六乗、ジョイが九乗、ジェイが十二乗となっている。

「シュイがキロで、チュイがメガ、ジョイがギガ、ジェイがテラってイメージなのかな。」

 堀川幸一の言葉に、ああなるほどと頷く面々。


 理恵の予想通り一年は十四ヶ月で、一ヶ月は等しく二十八日。すなわち、一年は三百九十二日である。一日は二十八時間で、一時間は十四分、一分は百九十六秒。地球とはずいぶん異なっているようだ。

 今日の日付は、サンシュイジユミザモトゴザモト年ギム月ノキ日。十進に頑張って変換すると八千百十一年三月十一日ということだ。電卓を叩けば余裕である。生徒たちもスマホくらいは持っているのだろうが、既にバッテリーが切れてしまっていたり、あるいは余計なバッテリー消耗を抑えるために電源を切っている。計算ごときに貴重な電力を使ってしまうわけには行かないのだろう。


 次に、周辺の地理についてである。

 ウールノリア王国の王都ヴェイゾ。それが現在地。王直轄領を中心に二十一の貴族領からなる。王都の南には大河コノミが横たわり、大小無数の支流が田畑を潤している。産業としては農業が盛んで、小麦を中心に多くの穀物・野菜・果物が栽培されている。酒造も各地領主が主体となって行われており、ウィスキーやワインが良く飲まれているらしい。

 気候は比較的温暖で、海は無いが河川・湖沼は多く、内陸にもかかわらず比較的湿潤なのだという。

 周辺は八か国で、北にゲレム帝国、東にカタフィ王国、南東にヨース王国、南はワリアス王国、その西にベイグルス王国。ただし、ベイグルスとは国境は接していない。西にエンデンヴィゲア王国、北西にベヘイキ王国。この二つに挟まれてザン公国。

 通貨は周辺諸国どころか、古くから大陸で統一されており、銅貨、銀貨、金貨が流通している。金貨の上に神金貨と言うものが有るらしいが、めったに使われないらしい。

 銅貨エンミザ枚、十進で言うと百九十六枚で銀貨一枚。銀貨がロナゴザ枚、すなわち九十八枚で金貨が一枚。金貨がロナゴザ枚で神金貨が一枚となる。

 十四進数で二桁以上になると、生徒たちは頭を抱えだす。一々暗算で十進に直しているのだろう。ご苦労なことだ。


 みんなが必死にノートを取りながら聞いているのに対し、優喜はノートを出してすらいない。話自体は真面目に聞いているようだが、一つもメモを取ろうとしないその態度に芳香が突っかかる。

「ねえ、みんなノート取ってるのに、何で碓氷はボーっと聞いてるの?」

 しかし、優喜は心底不思議そうな顔をして、とんでもないことを言う。

「みんなが取っているからですよ。っていうか、なんでみんなでノートを取るのです? 書記が二、三人いれば良いんじゃないですか? みんなで同じことを書くなんて、貴重な紙が勿体ないですよ。もしかして、みなさん、今後単独行動する予定なんでしょうか?」

 芳香は何も言えず、ただ目を丸くしている。

「この世界のお金なんて銅貨一枚も持っていないのに、どうやって紙を入手するつもりなのですか? まあ、伊藤さんにはこのまま書記をお願いして良いですかね。」

 芳香は首肯し、再びノートにペンを走らせる。そして、話を聞いていた周囲の数人がペンを置いて項垂れている。

「あの、お願いして良い?」

「悪い。頼む。」

 そして口々に芳香に書記を依頼するのだった。


 貴族は七つの爵位があり、第一爵が最も高く三人、以下第二・第三爵が四人ずつ、第四・第五爵が五人ずつ、第六・第七爵が六人ずつ。合計三十三の貴族家があるらしい。

 過去は女性の爵位など認められなかった時代もあったらしいが、現在ではそんな古臭い考えは無く、女性の当主も多くいるとのことだ。国王も現在は男性だが、何代か前は女王が続いていたとか。意外と男女平等社会だ。

 宮中に努める者は文官と武官に分かれ、文官は宰相、大臣の下に、上から官吏、役人、職員に大別される。官吏は貴族の子弟で占められ、役人、職員は平民が多い。

 武官は近衛隊、魔導士団、王宮騎士団、王国軍団に分かれ、それぞれの長は文官の大臣と同等の地位となっている。その下に士官、下士官、一般兵と続く。ただし、近衛隊は士官より下の位は無い。

 王宮勤めの者は、王家も含めて全員が所属・役職を示すエンブレムを身に付けているので、失礼の無いよう振る舞わなければならないとのことだ。

「はあ?」

 と叫んだ力也は講師にぶん殴られた。礼儀を弁えられない者は、殺されても文句を言えないのだそうで、言葉遣いも慎むよう厳に言われる。

「どなたにでも通じる無難な礼の仕方とかは無いのでしょうか?」

 質問したのは理恵。しかし、講師は苦笑いをして否定した。

「礼儀とは相対的なものだ。相手の位に応じて、態度を変えねばならないのだ。例えば、大臣に対する礼を官吏に向けて行うというのは、大臣に対して『お前は官吏と同じ程度だ』と言っていることになる。誰にでも礼を尽くすと言うのは、礼そのものを軽くしてしまう行いだ。絶対にしてはいけない。」

 講師は、日本でよく言われる『誰にでも同じ態度』を完全否定した。

「頑張って覚えるしかないですね。郷に入ればと言うことです。」

 優喜は小野寺雅美を睨みながら言う。社会科教師の小野寺雅美は、とても、ものすごく、不満そうな顔をしていた。


 夕方、長い講義が終わり外に出ると、西の空が夕焼けに染まっていた。

「晩御飯だーー!」

「メシ―!」

「お腹すいたー」

 拓海が喜びの声を上げると、何人かが続く。

「そういうのは品性に欠けますよ。叫ばなくても夕食の時間です。」

 優喜はどこまで人の気持ちというのを無視するのだろうか。そこで嫌味を言わなくても良いのではないかと思うのだが。


 優喜たちは離れの建物に戻るが、加藤聖はまだ戻っていない。

 食堂に入ると、食事の準備は既にできていた。やっぱり芋料理である。今日のおかずはジャガイモとネギと鶏っぽい肉のスープ。キノコ入りである。

 また芋かと言いながら殆どの者が食べ始める。が、優喜、芳香は食事に手を付けない。意外と人の気持ちが分かるのか。碓氷優喜という人物がいまいちよく分からない。というより、小野寺雅美も普通に生徒たちと一緒に食べ始めているんだが、こいつの方が問題だな。もはや完全に生徒と同レベルだ。これでは教師としての力量を全く期待できない。


 食べるのが早い者が食べ終わっり、寝室に引き上げた頃に聖は戻って来た。外はもう日没間近である。

「うわ、みんなもう食べ終わっちゃってる?」

 聖が驚き、寂しそうに言う。

「加藤さん、こっちこっち!」

「待っててくれたんだ。ありがとう!」

 芳香が手招きをして呼ぶと、聖が駆け寄り礼を言う。

「さっさと食べてしまいましょう。日も暮れてしまいますし、片付けの方も待っています。それと、伊藤さん、さっきのノート加藤さんに。」

 優喜は気遣いというものはできるんだな。普段は全くしないだけで。それとも好きなのか? 聖のことが好きなのか?

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