1-03 みんな大好きファンタジーの魔法

 試験が終わると、多くの生徒の希望もあり、すぐにでも魔法の修練に入ることになった。とはいっても、初日は座学のようだ。講義室のような部屋に連れていかれ、魔法とは何かを教わる。

「異世界に来ても授業かよ。」

 西村力也は文句ばかりである。

「嫌なら参加しなくても良いんだよ。碓氷もいないしね。私は魔法って使ってみたいし、聞くことにするよ。」

 寺島理恵は、あくまでも、個人の自由裁量だとして、参加を表明する。結局、優喜を除いた全員が席に着くが、十人ほどは不満の表情である。表情には出さず隠している者を含めると、二十人、半数ほどは不満を持っているということか。

 社会科教師の小野寺雅美も、生徒に溶け込んで普通に座っている。異世界に来て以降、この男が教師らしい発言をしたのを見たことが無いのだが、大丈夫なのだろうか。これでは教師としての威厳や信頼は皆無だろう。


 座学の講師は、比較的若い男が担当のようだ。教壇に立ち、授業が始まる。


・魔法とは、魔法陣を描き詠唱によって起動することによって発動する

・ただし、その属性に適性が無いと起動できない

・呪法の行使には、それに応じた薬も必要

・魔法陣は、予め書いたものを用意するか、魔術によって書く

・魔法は、魔力を媒介としてその効果を発揮させるもの。対して魔術は魔力そのものを変化させて効果を発揮させるもの

・魔術は、市井の一般人の多くが使えるが、魔法を使用できる者はザトゴザ人にエン人程度


「せんせー、ザトゴザって何ですか?」

「多分数字。ここ、十進数はメジャーじゃないみたい。その話は後にしましょう。」

 五十嵐寿(いがらし ひさし)の質問を芳香が却下する。


・魔法の威力や、必要な魔力の量は魔法陣によって決まる

・一般的には、魔法陣が大きくなるほど威力が上がり、必要な魔力の量も多くなる

・そして、魔法陣が複雑になるほど、高度な効果を発揮し、必要な魔力の量も増える

・ほとんどの魔法は、エン個の属性しか持たないが、高等魔法の中には複数の属性を持つものがある

・先ほど調べて適正に合致しない魔法は使えないと思った方が良い

・魔法を使うには、詠唱を覚えることは不可欠である

・魔法を使いこなすには、魔法陣を覚える必要がある

・たとえば、火の矢を飛ばす魔法では、矢の数、火の熱さ、飛ぶ速さ。これらは魔法陣を調整することで変えることが可能

・調整程度ならば、詠唱はそのまま同じものを使える

・最もよく使う魔法は、杖にその魔法陣を刻み込んでいる


 そこまでが人間の使う魔法の説明である。


・伝説によると魔龍や魔族は、魔法陣も詠唱も無い原始魔法を使っていた

・さらに伝説によると、混沌魔法というのがあるが、これがどんなものなのかは全く分かっていない

・一部の魔獣が使う特殊魔法は、詠唱が無く、魔法陣だけで発動する

・特殊魔法は、発動までの時間が短いのが特徴

・原始魔法は見たことが無いが、特殊魔法よりもさらに短い時間での発動が可能と思われる

・ただし、その分だけ効果は単純である


 敵となる者達は、人とは異なる体系の魔法を使うということらしい。

 ちなみに、説明は全て口頭だけで行われている。講義室に黒板なんてものは無く、教科書なんてもちろん無い。殆どの生徒は必死にノートを取っている。

「そして、各魔法はギムからロナのレベルを持っている。レベルが高い方が難易度と威力が上がる。魔法全体としてはレベルはゴザに分かれる。エンレベルの火球はエンレベル魔法だが、エンレベル落雷はザトレベル魔法だ。」

「数字マジで分かんねえ……」

 寿がぼやき、簡単に説明が入ることになった

「最も下位、簡単なのがエンレベル。次にサン。ギム、リズ、モト、ザト、ロナ、ワナ、ソー、ポー、ノキ、メイ、ジユ、そしてゴザだ。」

「まさか、十四進数……?」

 寿が嫌そうに呟く。

「十四? 何で?」

 素っ頓狂な声を上げたのは青木美穂。

「十四ヶ月で一年だからじゃない? 地球の十二進数だって一年が十二ヶ月だからだよ。」

 対して、冷静な推測を語る理恵。

「各属性ごとに色々な魔法がある。たとえば火属性だと、火球で敵を包む魔法、火壁を出して敵の前進を防ぐ魔法、爆発を放って敵を吹き飛ばす魔法などだ。君たちには明日から属性ごとに簡単な魔法から覚えてもらおうと思っている。火、水、風、土の基本属性はエンレベルから魔法があるから、自分の属性に合った初歩からだな。他の属性はかなり上位から始まるから、基本属性をマスターしてからだな。」

「他の属性にはどんなのがあるんですか? それと、私、その基本属性が無いんだけど……」

 加藤聖(かとう ひじり)が問う。講師は驚き、聖の属性を確認する。先ほどまでの検査結果は金属板に刻まれ、各人が持っている。

「光、闇に聖? そんなバカな。」

 講師の男は驚き、考え込む。

「君は特殊なようだ。どうすれば良いのかは、済まないが、後で神官と検討しよう。」

 聖を後回しにして、講師は説明を続ける。


・水属性は、水を生み出したり、操ったりできる。飲料水の確保にとても便利だし、熟練すれば攻撃にも使える。

・風の属性は、強風で敵や矢を吹き飛ばす魔法

・土は畑を耕す魔法だ。ただし、石を飛ばして攻撃したり、穴を掘る魔法もある

・雷は、雷を落とす魔法しか知られていない

・闇は、相手の視覚や聴覚を奪ったり、幻覚を見せる魔法が多い

・光は闇への対抗魔法、そして、盾を作り出す魔法だ

・光と闇は直接攻撃の魔法は無いが、戦場では重要な役割を果たす

・邪はアンデッドモンスターを呼び出す、あるいは作り出す

・聖は邪の逆で、アンデッドモンスターを滅ぼす


 生徒達は、いや、教師も、自分の属性を確認し、喜んだり落ち込んだりしている。わいわい騒いでいるところに、優喜が戻って来た。

 優喜は講師に説明が終わったのかを確認した後に声を上げる。

「みなさん、宿泊させていただく建物に移動しますよ。早くしないと夕食抜きになりますよ。」

 優喜は同じ言葉を二度繰り返した後、部屋を出て行く。優喜に続いて数人が部屋を出て、それを見てぞろぞろと続く。

「どこ行くんだよ! おい碓氷! 聞いてるのか!」

 喚いているのはやはり力也だ。

「聞いていないのはあなたです。私は言いましたよ。二度も。」

 横で芳香が苦笑いしている。

「私の話を聞くのも聞かないのもあなたの自由です。ただし、あなたが私の話を聞いていないのはあなたの責任であって、私のせいではありません。私はあなたの親ではありませんし、教師でもありません。あなたの面倒を見る心算など毛頭ありませんし、そんな義務もありません。」

 優喜は一気に言い切った。コイツやっぱりリーダーに向いていない。いや、リーダーをする心算もないのか。


 案内された建物は、来賓の従者たちが使用するものらしい。幸い、今はオフシーズンのため、来賓は無く空いているとのことだ。

「ねえ、晩御飯は何なのかな? かなァァ?」

 理恵が何故か目を見開いて問う。

「聞いていませんが、匂いからすると芋料理じゃないですかね。」

「え? 匂い?」

「この匂いはジャガイモでしょう?」


 夕食は優喜の言った通り、芋料理が出てきた。芋と豚のような肉を塩で煮たスープだ。それとパンだけである。

「なんかひもじい……」

「失礼ですよ。それに、それを言うなら、侘しいとか貧しいじゃないですか? ひもじいとは、お腹が減っている様を指す言葉です。」

 拓海を窘め、訂正する優喜。そう、量だけはあるのだから『ひもじい』という表現は不適切であろう。そういう問題ではない気がするが。


 寝泊り用の部屋は七人部屋だった。男二十二人、女十九人を出席番号順に割り振る。ただし、優喜だけは一人部屋である。今更、教師に出る幕などなかった。

 電気の照明などない部屋の中は暗く、寝る以外にできることも無く、みんな大人しくベッドに潜り込む。寝間着なども無いため、着替えもせず、風呂に入ることもできない。

 例によって例のごとく、力也が文句を言うが、優喜以外の人に窘められることとなった。この子供たちの多くはバカではないようだ。食事が出てきたのも、寝る場所があるのも、誰かが何かをしてくれたからだと理解しているようだ。それを当然のように享受するような者も存在するが……


 翌日、日の出早々から魔法の訓練が始まった。属性別にグループを分けられ、それぞれ初歩の魔法陣が刻まれた板を渡される。皆、喜々として教わった呪文を詠唱するが、誰も魔法を発動することができないようだ。

 優喜は一度だけ試した後、聖とともに、神官に相談に行く。聖も闇属性を試してみたのだが、やはりと言うべきか、魔法陣は全く反応すらしなかった。聖の持つ属性で一番低いのはサンレベル、第二段階の闇魔法。いきなりやってできたら、天才どころではないらしい。

 神官達の答えは意外と簡単だった。水属性を持つものと共同で治療魔法を使えば良い、と。治療魔法は二属性を同時に使う魔法であり、一つの魔法陣に二人が同時に魔力を流すことでも起動できるらしい。

 水属性の熟練者について修練を積めば、すぐに上達するだろうとのことだ。

「一人だけ別になってしまいますが、大丈夫ですか?」

 優喜は事務的に問いかける。

「全然大丈夫。一人だけ置いてけぼりになるより百倍マシ。」

 聖は泣きそうになりながら答える。

「ところで、食事とか寝る場所とかはどうしたら良いでしょう?」

 優喜は神官と案内の男に問う。

「聖属性をお持ちの方なら食事くらい出しますよ。寝泊りする場所も。治療魔法の順番待ちの方はいっぱいいますからね。少しでも戦力になって頂けるなら大歓迎です。」

 神官は柔やかに答える。が、聖の表情は浮かない。食事も寝るときも仲間外れというのは辛いか。

「では、昼食はこちらでお世話になって、朝夕はお城でということで良いでしょうか。」

 優喜の言葉に、聖は表情を明るくする。神官もそれに異論はないようで、笑顔で了承した。

「では、お城に戻る際にはこれをお出しください。紛失したらお城に入れなくなりますのでお気を付けください。」

 案内の男が通行証を聖に渡す。


 優喜が場内の訓練場に戻ると、魔法に成功した者が何人かいるようで、大喜びしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る