1-02 入学したばかりなのにまた入試

「やだよ試験なんて。勝手に決めるなよ。俺やらねーぜ。」


 そんな勝手なことを言っているのは西村力也りきやだ。


「では、どこへでも好きに行って良いですよ。試験を受けすらしない方には食事も出ませんからね。ここにいるだけ無駄です。王宮の世話になりたいなら、王宮の言うことを聞くのは当たり前でしょう。嫌ならば出て行けば良いだけです。どうぞ、ご自身の責任でご自由に。」


 碓氷優喜はとても冷たい奴だ。クラスメイトにその態度はないだろう。少しは仲良くしようとする気は無いのだろうか。


「不合格でも、今日のお昼ご飯は出してくれるんだって。合格したあとは交渉次第なのかな?」

「不合格なら交渉の余地はなさそうね。合格した後の話はこれから。向こうも何が何だか分からないみたいだし。」


 寺島理恵の説明に伊藤芳香が補足する。


「これ、僕ら召喚されたんじゃないの? なんで試験なんて受けなきゃならないの?」


 林颯太が泣き言をいう。


「向こうにも私たちに心当たりは無いみたいだよ。救世主には来てほしいらしいんだけど、まだ戦争とか始まっていないしね。」


 理恵は最近のラノベもよく読んでいるようで、状況の呑み込みが早いようだ。


「とにかくですよ。日本に無事に帰ることを当面の最終目標にしたいのですが、異論のある方はいますか? 日本に未練はない、この世界で生きていきたい。そういう方は自由にそうしてくださって構いません。誰も、私の意見に賛同する義務などありません。」


 優喜は自分の掲げる方針をはっきりと言う。


「帰れるの……?」


 誰かが呟く。


「それは分かりません。ですが、私は帰れるつもりで頑張ります。もし、万が一、絶対に無理なのだと分かったら、その後のことはその時に考えます。」

「ダメなんだったらどうするんだよ?」


 優喜は明確に言い切っているのに、力也がしつこく食い下がる。


「だから、その時に考えますよ。別にあなたもそうしろと言っているのではありません。先に考えたければどうぞご自由に。私は、自分がそうするつもりだと言っているのです。基本方針に賛同していただけるなら、一緒に頑張りましょう。賛同できない方と一緒のチームではやれません。ただそれだけのことですよ。命や人生が掛かっているのです。無理強いするつもりは全くありません。」


 この碓氷優喜という人物はリーダーに向いていない。言っていることは正論なのだが、相手の感情を無視しすぎだ。こう言われて納得できる奴はいないだろう。


「私は日本に帰りたいし、帰る方法を探すと言うのに賛成。」

「私も。」


 意外なことに、芳香は、迷いもせずにみんなの前で言い優喜の側に立ち、理恵がそれに続く。


「激しく同意。」


 あい凛太朗りんたろう中邑なかむら一之進いちのしん牧田まきたけんの男バストリオが立ち上がると、他の生徒達もぞろぞろと動き出す。

 教師まで、無言でその動きに従っているのはどうなんだろう? 指導力が疑わしい人物だ。



 試験の準備が整い使用人が呼びに来て、一年五組全員で王宮の中庭に向かうと、特に前置きも無く試験の説明が始まった。


「エン人ずつ順番に、あの案山子に打ち込んでいってくれ。」


 筋骨隆々の騎士が槍を優喜に渡す。

 優喜は槍を手に案山子に向かって走る。一体目の案山子に横薙ぎの一撃の後、槍を回転させて奥の二体目に石突を繰り出す。さらに一番奥の案山子に向かって走り、大上段からの振り下ろしだ。槍術と言うより棒術の動きだろう。



「動きは綺麗だが、パワーもスピードも無いな。何より気迫が感じられん。戦闘の役に立たん。」


 優喜の動きはスムーズであったが、評価はシビアだった。実際に戦場に立ったことがある者からすると、そんなものなのだろう。

 しかし、気迫となると、平和ボケした日本人だと全員不合格になりそうだ。


「剣ではダメなの?」


 問う芳香に、騎士は微妙な顔をして剣を渡す。

 剣を受け取り、軽く素振りしてから芳香は走りだす。足元からの切り上げから袈裟懸け、さらに水平胴薙ぎの高速三連撃を次々と案山子に向けて放つ。

 流れるような、それでいて豪快な連続攻撃に騎士たちにもどよめきが広がっている。

 っていうか、今の動きは絶対に剣道ではない。優喜と言い、最近の高校生は武術を修めているのか? そんなスキルは与えていないぞ。


「年齢の割に良い動きをしているな。合格だろう。」


 騎士らの評価も上々だ。

 次に出てきたのは清水つかさだ。イケメンで背が高く、スポーツ万能の人気者タイプだ。しかし、転送後は優喜に良いところを取られっぱなしだ。ここで挽回できるか見どころである。


 司は案山子に向かって走っていくと、槍を力任せに振り下ろす。気合もパワーもあるが、動かない案山子に命中させられないのは大丈夫なのだろうか。距離感が合っておらず、案山子の手前で穂先が空を切っている。地面に叩きつけられた槍を慌てて構え直して案山子に突き出す。二体目、三体目にも突きを繰り出して戻ってくる。


「気迫だけ、と。次。」


 無情な評価を下す騎士。司は悔しがり「これはまだ自分の実力ではない。もう一度」などと言うが、騎士は厳しい。


「戦場に、もう一度、なんて言葉は無い。君は命を幾つ持っているのだ?」


 騎士に言われても尚食って掛かろうとする司に、優喜が冷たく言い放った。


「下らない言い訳はやめなさい。実力とやらを出し切れないのは誰のせいですか。」



 それ以降も散々だった。パワーが足りない、気迫が足りない、全部足りない。

 全て足りていたのは結局、伊藤芳香ひとりだけ。最初から素でチート能力持っているとかどういうことだ?



 昼食後は魔導士団の試験である。これは、全員が魔法の経験が無いということで、素質だけを見ることとなった。

 まずは、魔力の強さ、量を計る。

 これは、魔法を付与された筒に息を吹き込むだけで分かるらしい。まるっきり肺活量検査にしか見えないのだが、本当にこんなので魔力計測なんてできるのだろうか。

 魔力総量、すなわち最大MPが最も高いのは牧田健。一番小さいのが碓氷優喜。その差は十倍ほどだとか。しかし、総じてそんなに高い水準には無いらしい。

 魔力出力、要するに、一発の魔法にどれだけ魔力を込められるかだが、これは碓氷優喜がダントツでトップ。MP全てを一瞬で放出できるらしい。逆に、これが一番小さいケチ野郎は工藤淳だ。


 次に魔法の適性調査だ。

 魔法には、火、水、風、土、雷、光、闇の七つの属性がある。また、呪法には聖と邪の二属性があるらしい。これのどれに適性があるのかを調べるとのことだ。

 属性ごとに、魔法陣のような文様の書かれた石板があり、それに手を置いて二呼吸。その属性に適性があれば、文様が反応するらしい。

 各人が二つから四つの属性を持っていることが判明し、驚かれる。

 通常は一つ、多くて二属性までらしい。それが属性三つ持ちが十六人、四つ持ちが二人である。ちょっとサービスしすぎたのか……


 魔法に関しては全員が適正ありということで、総合的には暫定的に全員合格となった。ただし、全員が魔導士というのも困りものなので、槍や斧の訓練はしてほしいとのことである。

 尚、この世界では剣は補助武器に過ぎない。騎士たちは剣を持ってはいるが、主たる武器は槍か斧である。芳香は不満そうにしているが、戦ってみれば分かる、騎士たちは口を揃えてそう言うのだった。



 優喜は宰相と一対一で向き合っていた。試験の合間にアポを取っていたようだ。


「私たちは、あくまでも元の世界に帰ることを第一に考えたいと思っています。もちろん、帰るまでに何かあれば助力することは吝かではありません。」


 優喜は自分のスタンスを包み隠さず明かす。


「ふむ。救世主と言っても、本当に侵攻があるのかも確定していないからな。現状では、備えがあった方が嬉しい、という程度だな。」


 特に気を悪くした様子もなく、ヨコエメズは流す。


「そう言えばここではどのような宗教を? そちらから救世主について何らかの話は無いのですか?」


 しまった。何もしていない。現地神にも何にも言っていないし、何もあるわけがない。


「細かい宗派はいくつかありますが、みな創造神ヨルエ神を祀っています。神殿からは何も来ていませんね。」


 ヨルエ? 誰だそれ? 過去の英雄が神と同一視でもされたのだろうか。人間が勝手に作った神なら何にも来ないだろうな。永遠に。

 優喜は目を閉じ、眉間に拳をあてて考え込む。考えられるだけの情報はあるまいに。


「取り敢えず、数日間、こちらにお邪魔させて頂くことはできますか? 前回の救世主や戦争の話は詳しく聞いておきたいですし、それと、数字。数え方が私たちとは違うようでして。他にも常識的な知識のずれなども早めに知っておきたいです。でなければ、私たちがこちらでどのように役立つことができるかも分かりません。」

「ふむ。なるほど。こちらの学識者を何人か付けましょう。知識にずれがあると言うことは、私たちが知らない有益な知識もあることでしょうから。」


 さすがは一国の宰相。優喜の提案を受けた上で一手を返す。


「良きパートナーとなれるよう、精進いたしますよ。」


 優喜は笑顔で答えるが、その表情に余裕はない。

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