第一章 呼ばれていない救世主
1-01 転送されし高校生
入学式の一週間後、北海道札幌
教室内の風景は、日本全国どこにでもあるだろう、高校の授業風景だ。いわゆる底辺校だと、大人しく授業を聞いていたりはしないこともあるが、稲峰高校は進学校の一角を名乗っている。授業中に騒ぐ生徒など居るはずが無い。
だが、窓際、一番後ろの席に座る
「ギガデイン。」
直後、白光が奔り、衝撃波が教室内を走り抜ける。振り返り見てみると、校庭の木に落雷したようで、木が割れて煙を上げている。
「いきなり何するんだよ!」
「おま! 勇者だったのか?」
「授業中に落雷の呪文を使う奴があるか!」
生徒たちが、いや、教師までもが、敬が
その時、音もなく光が教室内に溢れかえった。目まぐるしく色が変わるその光は、明らかに雷とは異なるものだ。
「榎原ァァァァァ!」
生徒たちが、恨めし気に犯人の名を叫ぶ。
「俺じゃねえ! 違うって!」
榎原敬は否定するも、しかしその声はクラスメイト達の罵声に飲まれる。
光が消えたとき、そこは学校の教室ではなかった。
室内ですらない。
目の前には甲冑姿の大集団。
「おいお前! いい加減にしろよ!」
社会科教師の小野寺
「俺じゃねえって! 知らねえよ! マジで何だよこれ!」
騒ぐ敬と小野寺をよそに、生徒たちには不安が広がる。
「ここどこ?」
「なんかヤバイ雰囲気じゃね?」
「この人たち誰?」
「めっちゃ見られてるんだけど……」
落ち着きなく、辺りを見渡す一年五組一同。
「お前たちは何者だ? 一体どこからやって来た?」
厳つい顔をした壮年の甲冑姿の男が一年五組の面々に近づいてきた。と言うほど離れた場所にはいなかったのだが、数歩、近づいてきた。
彼は日本語を話しているわけではないが、転送する際に、一年五組全員に現地語の知識を与えておいたのだ。言っていることを正しく理解できるだろう。
「稲峰高校の一年五組だよ。」
寺島理恵が答える。日本人ならそれである程度は通じるはずの回答だ。
「イナミネコーコー? 知らんな。なんだそれは。」
だが、甲冑男には全く通じていない。鋭い目で一年五組一同を睨みつけている。
「どこからと仰られても、札幌、とお答えして分かるでしょうか。」
甲冑男のプレッシャーに負けず、伊藤
「サッポロ? ワケの分からない事ばかり言うな!」
「まあ、待つのだ、ゲリノモベン。」
横から声が掛かり、ゲリノモベンと呼ばれた甲冑男が振り向く。
声の主はノースリーブの黒衣から筋肉の塊のような腕を生やした禿頭の男だった。
「少年たちよ。其方達は異なる世界より遣わされた救世主ではないか?」
黒マッチョ男が芳香たちに向かって問いかける。
「その前に訊きたいのですが。此処は何と言う国で、今は何年何月何日でしょうか?」
「ウールノリア王国だ。公歴でサンシュイ ジユミザ モトゴザ モト年ギム月の、今日は、ポー日だ。」
「なるほど、救世主なのかは分かりませんが、私たちは異世界から来たようですね。」
黒マッチョ男の回答に頷き、優喜が分かる範囲で簡潔に答える。
「分からないとは?」
「あの、済みません。ここでやるんですか?」」
続けて問いかけて来た黒マッチョ男に、
「そうですね、お邪魔してしまっているようですし、場所と時間を変えませんか?」
それに便乗して、優喜はその場での回答をやんわりと拒否した。時間を稼いで、クラス内の認識統一でも図るのだろうか。
「そうだな。ケネリテミ、彼らを大会議室の案内してくれ。 済まないが見ての通り式典の最中だ。終わるまでそこで待っていてくれ。」
黒マッチョ男の指示で、後ろに控えていた女性が進み出てきて、稲峰高校一年五組一同を建物の奥へと案内する。
稲峰高校の一クラスの生徒数は四十人。それプラス教師で四十一人がケネリテミのあとをゾロゾロと歩いて行く。
「なあ、これって、最近流行の奴じゃね?」
林
「何それ?」
隣を歩く根上拓海は比較的冷静だ。だが、この状況は分かっていないらしい。
「異世界転生とか、転移とかって知らない? ラノベとか漫画では結構流行ってるんだけど。」
「ラノベって何? マンガってあんまり見ないからなあ……」
ワイワイと雑談しながら廊下を進み、大きな部屋へと通される。
「こちらで暫くお待ちください。部屋の外は出歩かないようお願いいたします。」
案内してきたケネリテミはそう言って部屋を出て行った。
が、すぐに何名かがドアを開けて外に出ようとする。
「何か御用でも?」
すぐ外に待機していたゴツイ兵士がジロリと睨めつけ、問いかける。
そりゃあそうだろう。得体の知れない者を見張りもつけずに城内に放置するなどありえない。扉のすぐ外には武装した兵士が複数人はりついている。
その後、一時間ほどが経ってから、ケネリテミが再び大会議室へとやってきた。
「王太子殿下が代表の方とお話をしたいとのことです。」
「では、行きましょうか。」
碓氷優喜が声を掛けると、伊藤芳香、寺島理恵、根上拓海の三人が立ち上がる。
この面子は優喜が指名したものだ。教師である小野寺雅美をはじめ、不服とする者も多かったが「ギャーギャー喚くかオロオロするしか能が無い
優喜たち四人は案内されるがまま廊下を何度か折れ、応接室に通される。
そこにはまだ誰も来ておらず、中央の大きな円形のテーブルを囲んで幾つかの椅子が並んでいる。
「お掛けになってお待ちください。」
言い残してケネリテミは再び部屋を出て行った。
四人が待っていると、偉そうな風体の男たちがやって来る。
伊藤芳香と碓氷優喜が立ち上がり挨拶をすると、寺島理恵と根上拓海も慌てて立ち上がって頭を下げた。
「座ってくれて良い。」
一番偉そうな男が良い、碓氷優喜達は着座する。
偉そうな男の横に並ぶ者たちも順に席に座っていく。
「さて。私はドクグォロス・ウェル・ハラヘ・イリーシア・ウールノリア。この国の王太子だ。先刻見たように父王は式典の最中でな、私が相手をさせてもらおう。隣が宰相のヨコエメズだ。」
王太子を名乗る一番偉そうな男が自己紹介をした。
この王太子は縦にも横にもでかい。二メートル越えの身長に、体重は百五十キログラムは下らないだろう。大巨漢ってやつだ。
「ヨコエメズ・フォルザ・イートヴォア・テディエクユです。」
隣の男は宰相らしい。ヨコエメズが簡単に名乗って済ませた。王太子の隣にいると相対的に小さく見えるが、身長は百八十センチメートルくらいはある。
「私は近衛隊長のビビリ・ヤハレゾ・サザンベス・アースディア、隣が王国副軍団長のキスキシス・ヤハス・ヴェルクオン・アースディア。」
さらに隣の男が纏めて名乗る。この二人の武官は煌びやかな鎧を着ているが、恐らくこれは式典用だ。この二人の身長は百九十センチメートル程度か。百八十が小さく見えるとは王宮幹部恐るべし。
「私から伊藤芳香、隣が碓氷優喜、寺島理恵、根上拓海です。よろしくお願いします。」
芳香が四人全員の名乗りを済ませてしまう。
「碓氷です。」
「寺島です。」
「根上っす。」
残り三人は簡単に名乗って頭を軽く下げる。こちらは至って普通の日本の高校一年生だ。
見た目で言えば、全員が黒髪で揃いの制服を着ている。男女でズボンとスカートの差はあるものの、ブレザーにネクタイを締めるのは男女とも変わらない。
王太子たちから見て一番左端、身長百七十センチを超える長身の少女は伊藤芳香。長めの髪の毛を後頭部で一つに束ねた美人である。
その右隣に座るのは碓氷優喜。慎重は百六十センチにも満たない男子で、ウェーブがかった髪は背中まであり、何故か女子制服を着ている。
さらに右に寺島理恵。おかっぱの髪に眼鏡が似合う典型的な文学少女の容貌なのだが、妙に性格が明るい。
最後に根上拓海。優喜程ではないが低身長で、でっぷりとした体形に眼鏡というオタク的容姿をしている。
「まず、私たちは日本という国の教育機関で、学術を教わっている者です。どういった経緯で此処にいるのか、よく分かっていません。」
優喜が簡単に自分たちの状況を説明する。その後を引き継いだのは理恵だ。
「救世主って何か言い伝えでもあるのですか? 以前にもそのような存在が? その方は何所から来て、何所へ行ったのでしょう?」
「ギムシュイ年ほど前に大きな戦争があって、その時に現れたという伝説がありますが、何所から来たとかまでは分かりかねますな。」
宰相ヨコエメズが答える。
「ゾナブスコならば何か知っているのでは?」
「あまり期待しない方が良いでしょう。お伽噺の類を聞きたいわけではあるまいし、古い記録故、確たる歴史となると不明な点も多いですからな。」
王太子の言葉を宰相は否定する。
拓海は黙々とノートにメモを取っている。
「じゃあ、救世主ならこれができるとか、何か印になるようなものがあるとか、ご存じありませんか?」
理恵が救世主にこだわって質問を続ける。
「寺島、おまえ、救世主になりたいの?」
ツッコミを入れたのは根上拓海。
「違うよ。立場をハッキリさせたいだけ。救世主でもそうでなくても良いから。さしあたって、今日のお昼ご飯を食べられるかにも関わってくるだろうし。」
「なるほど。それはとても重要だな。」
拓海は、お昼ご飯と聞いて大きく頷いた。
「印などは知らないが、救世主ならば相応の力があるのではないか? こちらとしても何もできないものが救世主と言われても信じられんしな。騎士団や魔導士団の試験でも受けてみれば良いんじゃないか?」
とはビビリ近衛隊長だ。
「どちらにせよ、今日の昼食くらい出そう。」
王太子が苦笑いをしながら言う。結果次第では夕食以降は出さないということか。ハズレでも昼食は出すと言うのだから、親切なのだろう。
「そもそもの話を聞きたいのですが。何に困っていらっしゃるのでしょうか? 何らかの危機があるから救世主を求めるのですよね。万事安泰だったら救世主なんて要りませんから。相応の力というのは具体的にどういった方面の力なのですか?」
伊藤芳香の問いに、王太子の目が細くなる。宰相も、じっくり品定めをするように四人を見ている。
「簡単に言えば戦争だ。いや、隣国との戦争ではない。ギムシュイ年前に戦争があったと言ったな。それの再来が起ころうとしている。」
「最近、魔龍の目撃、討伐情報が増えている。先の戦争で滅ぼしたはずの奴らだ。再び奴らがこの地に恐怖を撒き散らさんとしている。」
王太子と宰相が簡潔に説明する。
「和平の道は無いのですか?」
「無い。奴らは人を食い物としか思っていない。そんな奴らと話し合いになどならぬ。」
芳香の質問に、王太子は断言した。
「確かに魔龍は言葉を理解する。討伐した魔龍も、全て問答無用で殺しているわけではないのだよ。話し合いで済むなら無用に攻撃などせぬ。戦えばこちらにも犠牲は出るからな。」
キスキシスが正論を吐く。副軍団長という立場で、戦力を自ら低下させるようなことはしないか。言葉を解さない魔物も多くいるのだ。
その後も、魔龍がいかに恐ろしい存在なのかの話が続く。
「では、取り敢えず、試験とやらを受けさせていただいてよろしいでしょうか。見ての通り未熟者ですので、期待した結果が出るかは分からないですが。」
余りにも長い話に、伊藤芳香が一旦話を切り上げる。
四人は退室後、クラスメイトの待つ控室に向かう。試験の準備が整うまで少々時間があるとのことだ。それまでに話し合うべきことは多いだろう。
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