ジーク・フーレンスという男




 村を出てから、どれくらいの時間が経っただろう。

 途方もなく広い草原を歩くには、一人では心が持たなくなってきた。

 王都には、村を出てから南西に一直線進めば着くらしいのだが、なにせ距離が遠い。

 村長の話では、王都までは山を二つ越え、深い森を抜けた先にあるというのだが、さっきから遠くのほうに見えている山が、一向に近づいてくる気配がない。むしろ遠ざかっているのではないかというような気がしてならない。


 草原を抜け、森に入った。生い茂る木々から差し込む日光が、湿った大地に斑点模様を作っていた。昨夜に雨でも降ったのだろうか、風が通り抜けるたびに、葉が揺れ、肩にぽつりぽつりと水滴が落ちてくる。


 森の中間辺りまで来ると、生い茂っていた木々が丸く円を描くようにひらけていた。

 以前、この場所に何かを作ろうとしていたのかと考えてしまうほど、その円は人為的なまでに綺麗な形をしていた。

 この広場のような場所を、辺りを一応警戒しながら進んでいく。


 すると、突然どこからか声が聞こえてきた。


 「なあ、そこのあんちゃん」


 声の出所を探すように周囲を見渡すが、どこを見ても人影らしきものは見つからない。


 「こっちだ、こっち」


 頭上を見上げると、脚のように太い木の枝に男が腰かけていた。


 「すまねえが、食い物を分けちゃもらえねえか。腹が減って死にそうなんだ」


 男は発作のような息づかいで訴えてくるが、あまりにも演技臭い。


 「それは構わないが、降りてこれるのか?」


 下から見上げるだけで、男がかなり高いところに居るのが分かった。昔から高いところが苦手なためか、上から見下ろす男の視界を想像するだけで、血の気が引いてしまう。


 「ああ、大丈夫だ」


 男は器用に、枝の上で立ち上がって見せた。そして、軽いストレッチを始める。肩、腕、背中、腰、それぞれの筋肉や筋を丁寧に伸ばし、ほぐしていく。最後に屈伸を済ませると、大きく深呼吸をする。


 10分経った頃だろうか、男は両腕を広げ、ジャンプするでもなく重力に身を任せるように落下する。


 男の体は、ものすごい速さで落下してくる。このままでは地面に激突する、そう考えた瞬間、男は空中で体を捻じり、見事に着地した。


 「な、大丈夫だっただろ?」


 男は得意げな表情を浮かべると、クンクンと犬のように鼻を鳴らす。


 「いい匂いだ。果実はリンゴとオレンジ、野菜はイモとタマネギか。お、肉もあるな。あと、この体に染み渡っていくようなこの匂い……エールか!」


 「すごいな、匂いを嗅いだだけでカバンの中身が分かるのか」


 「当たり前だ、ここ数年、この森で暮らしてるんだ。感覚も研ぎ澄まされていくさ」


 「数年も……」


 「何はともあれ、助かった! さあ、飯にしよう!」


 男が切り替えるように言った瞬間、バタッ……。男は崩れるようにその場に倒れた。


 「どうした!!」


 突然の出来事だった。


 「ああ、どうやら、俺はもう限界みたいだ……一緒に飯食えなくてすまなかった……な」


 「お、おい……!! 」


 ついさっき知り合ったばかりの間柄ではあるが、この男には妙な親近感が湧いていた。今この瞬間だけではなく、今後も仲良くやっていけそうな、そんな不思議な感覚。

 サラやカインのように、友人と呼べるそんな存在になれたのではないかと、激しく後悔してしまう。俺がもう少し早くこの場所に来ていれば、助けられたかもしれない。

 一緒に旅が出来たかもしれない。共に戦い、共に歩み、共に――。


 

 ぐうぅぅぅぅ。



 「……。」


 「……。」


 「……。」


 「……。」




 「……。あ、なんか、せっかくいい感じに友との別れの名シーンみたいな回想入れてくれてたのに、なんかわりい」


 「あ、いや、うん、大丈夫」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Der Verschlingen~君ヨ、交錯ス~ 神連アルジ @kamiturearuzi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ