第68話宮中の守護者
丑三つ刻近く。――春は目前といえども、よく冷えた夜であった。
そんな夜に清涼殿の東庭北東に位置する滝口の陣には、当時は
滝口の陣の仲間に軽く会釈をしてから、見回りの為に東庭へと歩く将門。
寒風が吹いた瞬間。将門の鼻をくすぐるように、甘く気分が落ち着く香りが届く。
「む。……この香りはどこから」
将門は獣のように鼻をひくつかせながら、香りを辿り
すると清涼殿の
「帝。今宵はよく冷えております故、お早目にお休みください」
将門は跪きながら言葉を発する。
「おや、小次郎か。
軽く咳をしながら、柔らかく笑う。――後に
「それは何故でございますか?」
将門の純粋な疑問に対して、醍醐帝は月と幾万の星が輝く夜空を見上げる。
「
醍醐帝は溜息を吐きながら、そばに置いてある香炉の煙を眺める。
「
醍醐帝は香炉を手に持ち、立ち上がる。
「すでに本人の口から聞く事もできんが、余の事を恨んだやもし――」
醍醐帝は、そこまで言いかけて尋常でないほどに咳き込み、香炉を手から落とし、
香炉は灰と沈香を飛散させながら、
「こじ……ろう、結界が――」
咳き込みながらも何かを伝えようとする醍醐帝。
「みか――」
将門が醍醐帝の無事を確認しようと顔を上げる。
――と、そこには帝の前に立ち、今にも汚い爪と汚い牙で貪ろうとする
その鬼は筋骨隆々であるが、股座を隠す布も無く、生物であればあるはずの
額には二本の螺旋状に
「帝! そのまま、お伏せになられませい!」
大声を発しながらの将門の荒々しき踏み込み。
それは東庭の一部を抉り、
鬼の首は宙空で黒い
しかし、胴の方は帝へと爪を突き立てようと動き続ける。
将門は
――と、そこには騒ぎを聞き及び、三人ほどの滝口武者が陣より、のそりと出てきていた。
彼らは鬼の胴が飛んでくるのを確認すると手早く抜刀し、直刀で下から突き上げ止めを刺す。
将門は遠目に鬼の胴が土塊に変わったのを確認すると、醍醐帝の身体を起こそうと屈む。
「余はよい。……小次郎、
将門はしっかりと頷く。
滝口武者達に手で合図を送り、事後の処理を任せ、清涼殿の北に位置する
醍醐帝は将門の姿を見送り、口元を
「陽成院様の所に向かわねば。……」
東庭の地面から染みのように鬼が出てくる。――滝口武者達は気炎を揚げながら刀を何度も、何度も振るい、鬼の頭を割る。
「ふむ、それには及ばないよ。……今上帝よ、結界を張り直す為に
血と死の臭いが俄かに漂い始めた頃、醍醐帝は背後より近づいて来た、陽成院に話しかけられる。
「経基よ、少し手助けしてあげなさい。終わったら、君の息子と一緒に東の鴨川沿いを防衛を。……虫けら一匹、通すな」
陽成院が
すると
滝口武者達は、その姿に呆気に取られてしまう。
「其処な滝口よ。先程、
陽成院の口より発せられた、言の葉の重みのせいか。……滝口武者達は口を開け閉めしながら、深く
醍醐帝が鬼により襲撃された直後。――
幾重にも張られた
中宮の脇には東宮である
「眼を閉じてはなりませぬ。その眼に焼き付けなさい、我々はあれを祓い、清め、時には滅せねばなりませぬ。人の為に……」
そう中宮が語った瞬間。――五匹の鬼が几帳を抜け、三人の目の前に達する。
鬼達は、
「大丈夫。……結界があれの侵入を防いでくれます。我々には指一本――」
鬼が岩石の様な拳で半透明の結界を殴る。
――その拳が灼かれたように爛れても、殴る。
――拳が砕け、土塊に戻ろうとも殴る。
――両腕が土塊に戻れば、体で当たる。
徐々にその執念が実るように、結界に
すわ、ここまでかと。――中宮は諦め目を瞑った時に、大きな音が鬼達の背後からする。
将門は几帳を吹き飛ばし、一足で五匹の鬼へと迫る。
――鬼達が振り向いた頃には、二尺ほどの刃が縦に横にと振るわれ、
五匹全てが土塊となったのを確認すると、太刀を納め、中宮に恭しく頭を下げる。
「滝口小次郎。帝の命により、中宮様と皇太子殿下をお守りに参りました」
中宮は目を開き安堵し、泣きべそをかきながら中宮の腕に顔を埋めていた慶頼王は鼻をすすっていた。
ただ一人、寛明だけは中宮の言いつけを守り。将門の荒々しい戦いを見ていた為か、じっと将門を見つめ続ける。
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