第69話花城の守護者達
母さまに瞳を閉じてはならぬと言われて良かった。
見逃してしまうところであった。――その
鞘にあしらわれた三本足の鴉が飛びまわり、煌めく切っ先が縦横無尽に躍る。
荒波の如く押し寄せる、悪しき闇を斬り裂き、光を余たちに照らす、その様を。……
嗚呼、益荒男にして。……余たちを導く為に遣わされた
羅城門上層――簡易指揮所。
「洛中の状況は?」
「次善の策通りやね。内裏に近い鬼は一目散に
「あと市井のもんは術で、ぐっすりやさかい。それに法皇様も起きる気配は――」
賀茂忠行は、そこまで報告を口にしながら、ちらりと忠平の姿を見て溜息を吐く。
方々に幾つもの鳥型の
「忠平はん。不安になるなら献策しいひんほうがよかったのちゃうか?」
忠行の
「世は諸行無常! 幾ら、最高、最善の策を積み重ねても、何かの拍子に瓦解する事を言われんでも、よく分かっておる! 現に結界が破られた!」
忠平は腰を板間に下ろし、砕かんばかりの勢いで拳を振り下ろす。
「最悪の事態に備えて、中宮と皇太子殿下と甥っ子を
自らに大丈夫だと、全てが策通りに動くと言い聞かせるように忠平は項垂れながら語る。
その時、式紙の一つが忠行の元に紙の羽を羽ばたかせながら飛んでくる。――口端を上げる。
「ええ報告がきたで。……結界は大極殿を中心に広がっている事と、中宮はん達は無事みたいやで」
忠行は顔を上げ、両手で自らの太腿を何度も叩く。
「よし。よし! ならば次は外だ! 外の鬼の大軍勢に対しての遅滞はどうなっている?」
元気を取り戻した忠行は独楽のように回り、座ったまま忠平の方を見る。
「
気心が知れてるいるせいか、鼻高々な様子を隠さない忠行。
「ならば、後は滅するのみよな」
忠平は立ち上がり、
都の四条通りの東側では
「経基よう。いつまで遊びみたいな事をやっているんだ? こっちからも攻め込んで暴れようぞ」
退屈そうに顎髭を抜きながら、
「親父殿!
背丈に似合わない、大量の刀を束ねて背負い、飛び跳ねながら抗議する者。
――数え年で一四。少し早いが、元服したての源満仲であった。
「ほう! ぼんは俺と同じ意見か! 良い武辺者になるぞ。これが終わったら、飯を食って、鍛錬して、糞して寝ろよ!」
仕は豪快に笑いながら、満仲の頭を撫でる。
満仲も仕と同じように大口を開けながら笑う。
「……仕方ないですね。満仲も初陣ですし、もう少し数を減らしてからと思っていましたが」
経基は溜息をついてから背後を見る。
誰もが、今かと、今かと経基の号令を待っているようであった。
「全軍突撃! 虫一匹逃さずに殲滅せよ!」
号令と共に解き放たれる武者達。……狩猟犬のように一目散に駆ける。
彼らは鬼とは違い、鴨川の浅瀬を熟知しており、時間を掛けずに難無く渡河する。
先頭を駆ける
「一番乗りじゃい、一番乗りじゃい! やはり戦さはこうでないとな!」
仕は戦さ場でありながらも笑い。鬼を次々に屠っていく。
「仕殿! 楽しいですな!」
満仲も負けじと刀を振るい、鬼を袈裟懸けに斬り倒していく。
満仲の膂力や、その身に宿る力に耐えられないのか、刀は数度ほど鬼を斬りつければ折れる。
「そうだろう、これからどんどん鬼を斬れるぞ!」
二人を横目にしながら、経基は溜息を吐く。……その溜息は満仲が折る刀の本数に対してであった。
同時刻。都の西側。
桂川があるとはいえども、平野部が広がる、西側は徐々に鬼の軍勢に押され気味となっていた。
「勢いを削ぐような、
藤原忠平の兄である、
「はようせんか!」
「お
都の方から言い合いをしながらやってくる二人の男。
仲平は近くにあった篝から火を取り照らす。
そこには見慣れない老齢の男と、大蔵少輔である、
「おお?
好古は、にこにこと笑いながら大量の鉾を下ろす。
その緊張感の無さに、面食らった顔をする仲平。
「では、お
仲平をそっちのけにして好古が、お
「距離に……風は良し」
遠くの戦さ場を手と指で測るようにしながら、老人は鉾を手に取る。
「射角はこれくらいかの。嗚呼、血が沸き踊るわい」
そう言いながら老人は、歴戦の武人と戦さ狂いを混ぜたような獰猛な笑みを浮かべる。
「なにを――」
状況についていけない仲平がそう発した瞬間。
鉾が馬手より投げられる。
――否。
その鉾は老体を弓として、矢の如く射出された。
「次!」
その声に急かされ、好古は鉾を手渡す。
鉾は手早く射出され、唸るような風切音を上げながら飛ぶ。
何度も何度も鉾が無くなるまで、その行動は繰り返された。
「こんなもんかの。……好古よ、後はやっておけ、儂は帰るからな。
老人は、からっと笑いながら都へと戻ろうとする。
途中、呆気に取られている仲平の側に寄り。
「儂が抜け出してきた事は他言無用じゃぞ? 地獄の沙汰は心がけ次第よ」
と、言われ、仲平は何度も首を縦に振る。
前線では、鉾の雨が降っていた。
先程まで兵の一人を地に組み伏せていた鬼が消し飛び、土塊へと還る。
兵を背から襲おうとしていた鬼も土塊へと還る。
数多の鬼が土塊へと還ってゆく。
兵達は戦さの潮目が変わったのが、はっきりと分かり、勢いを盛り返す。
「野狂が孫、小野好古! 助太刀を致す!」
大声と共に駆けてきた好古は地面に突き刺さっていた鉾を手に取り、器用に振り回し、鬼の軍勢へと向かって駆けて行く。
北では船岡山から湧き出た、数多の鬼の軍勢が都を目指していた。
しかし、どの鬼も船岡山を脱する前に兵に阻まれ斬られる。……仮に抜けても飛来する一矢によって首をもぎ取られ、土塊へと還ってゆく。
「三上山の大百足に比べたら雑魚しかおらんな」
そう独り言つ、藤原秀郷は船岡山の少し離れた所から五人張りの強弓を引き、矢を放つ。
「しかし、忠平もこんな簡単な奉仕で反対闘争の罪は見逃してくれるんだから太っ腹よな」
笑いながらも淡々と遠方へと矢を放ち続ける。
「帰りに乙姫の所にでも寄るか」
北部の戦線に異常は無く、粛々と鬼は滅せられてゆく。
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