第56話ウマヅラ


 庶子しょしの子であるから、兄達には負い目を感じていた。

 誰からも頼りにされず、一族の中で役立たずであると。

 必至ひっしに頼りにしてもらおうと、努力した。……しかし、木偶でくの坊は何処までいっても木偶でくの坊である。

 ある日に義理とは言えども、父に頼られ心底嬉しかった。

 本当は戦さなど真っ平御免であったが、次こそはと……奮起ふんきした。――結果はかんばしくない。

 嗚呼、将門まさかどのように化け物染みた力があれば。――嗚呼、幾ばくかの神懸かみがかり的な力があれば。

 

 次こそは・・・・





 たいらの良正よしまさであったモノ。それは抜け殻となり、ちりの様に崩れる。

 風に吹かれ、塵は黒蝶こくちょうのように暗雲へと向かい飛んで行く。


 馬面うまづらは歯茎を剥き出し、薄汚れた乱杭歯らんくいばを各々に見せつけるように笑う。――幼子や女子が見れば、気を失うのは必至である。


「――――ッ!」


 人馬が混ざり合ったような、耳障りな咆哮ほうこう

 血では無い、透明で粘度のある体液を滴らせながら、両手を首後ろにやり、自らの脊柱せきちゅうを体内から取り出そうとする。


 その絶好の隙を、みすみすと見逃すたいらの将門まさかどたいらの良兼よしかねではない。

 わずかな目配せと、良兼の手による指示により、六人の兵が素早く、馬面の背後に回る。

 まるでおおかみが集団で狩りをする時のように、獲物である馬面を囲み、白刃しらはきらめかせながら、将門と良兼の合図で一斉に襲いかかる。


 将門らの白刃は瞬く間に馬面の四肢を斬り落とし、内腑ないふを斬り裂き蹂躙じゅうりんする。

 ことあたはず。――その筋肉と骨に止められる。


「ぐっ」と、兵達の口からうめき声が漏れる。……肉が締まり、刃が抜けなくなっていた。


 馬面の左右の目が、ばらばらに彼方此方あちらこちらを向く。

 それは襲いかかってきた人数と、場所を正確に確認するように。


「刀は廃棄! 散!」


 良兼の短い号により、皆が馬面の身体に刺さった刀から手を離し、距離を取ろうとする。


 しかし、背後に回っていた六人の離脱がほんの僅かに遅れる。

 馬面が悪辣あくらつな笑みを浮かべる。――破竹の勢いで、自らの脊柱を剥ぎ取り、振り向きながら脊柱を振るう。


 石敷いしじき道を踏み蹴り割るほどの、踏み込みから力任せの一なぎ。――砕けた兜の破片と、肉片と脳漿のうしょうが辺りに飛散する。

 物言わぬむくろとなった六つが転がる。


 馬面は手に持ちたる太い脊柱に、こびり付いた肉片と髪を舌で舐めずり取る。――手隙てすき馬手めてで身体に刺さった刀を抜いていく。

 既に脊柱を取り出した馬面の背は、脊柱が新たに作られ完治していた。

 馬面は怒りを露わにし、脊柱を石敷道に叩きつけ、威嚇いかくするように将門らに向き直る。


 一撃で六人を失った。――しかし、良兼や兵達の戦意はおとろえず、皆が注連縄しめなわを手に取る。


将門まさかど! あの馬面の動きを止める。お前が決めろ!」


 将門まさかど良兼よしかねの言に頷き、着背長きせながを外し、直垂ひたたれを脱ぎ、肌を晒す。

 八岐やまたしゅ丹田たんでんから将門の四肢を駆け廻る。――苦悶くもんに満ちた表情。


「義父殿。いつでも」


 滝の様に流れる汗をかきながら、しっかりと頷く将門。

 一抹の不安を抱きながらも、良兼は馬面へと向き直る。


「お前達! 馬面野郎の隙をつくるぞ!」


 良兼と、その麾下きかの兵達は馬面を目掛けて駆け出す。


 馬面にとって鬱陶うっとおしいはえである、良兼と兵達を叩き潰そうと、弓手ゆんてに持ちし脊柱を振るう。


 ――その一撃を身体にかすめれば、絶命することは想像に容易い。


 しかし、一切怯まず、馬面の振るう脊柱を紙一重で避けながら。拘束する為に注連縄を投げる。

 投げられた注連縄は意志があるかのように。……まるで蛇の如く、馬面の馬手と右脚に絡まってゆく。

 淡く光る注連縄。――絡まった部分から煙が上がる。

 馬面はたまらず、振り解こうと馬手と右脚を動かし暴れ、弓手の脊柱を振り上げる。


「かは! がら空きだぞ!」


 馬面の一瞬の隙を突き、将門は懐深くに入り込む。

 渾身の力と腰の回転を生かした将門の左拳は、馬面の左脇腹を文字通り。――えぐり、風穴を開ける。


「――――!」


 馬面は痛みの為か、身の毛もよだつ狂おしい叫びを上げる。

 将門は止まらず、馬面のえぐれた脇腹を執拗に攻める。――風穴が増え、内腑も垂れ流れてくる。

 馬面は吠えながら、脊柱を将門に向けて振り下ろす。――将門は半身になり、脊柱を危なげなく避け、伸びきった馬面の肘部ちゅうぶを殴り、叩き折る。

 

「これで! 終い。……」


 馬の顔に拳を叩き込む寸前になり、将門の動きが唐突に止まる。

 八岐の呪が将門の身体を食い散らかすように、彼方此方あちらこちらで激しく波打つ。――将門は吐血し、ゆっくりと膝から崩れていく。


「将門! んぐっ! お前達、踏ん張れ!」


 馬面の傷が塞がっていく。――力を取り戻しつつある、馬面は力任せに注連縄を振り解こうとする。

 良兼と兵達は踏ん張りきれずに宙を舞い、地面へと叩きつけられる。――うめき声を上げる良兼達。

 

 馬面は無事な馬手で、未だに動かない将門の首を掴んで持ち上げる。

 股座またぐらを怒張させながら、乱杭歯を見せつけ嘲笑うように叫ぶ。




 ――馬面の勝利の叫びは響く。

 国庁へと向かって、馬を駆る一人の男の耳にも、しっかりと届く。

 狩衣かりぬいを着込み、大弓たいきゅうを手に持ち、つかが、への字・・・に曲がった太刀をいていた。


「かっ! 化け物を庭先に引き入れやがって!」


 悪態をきながら、馬に鞭を入れ加速する。

 途中に国庁を包囲していた兵に制止されそうになる。が……悠々ゆうゆうと兵の頭を飛び越えていく。

 慌てふためく兵達を置き去りにする。


「我はたわらの藤太とうた! 助太刀に参った!」


 短い口上を述べながら、国庁の外郭がいかくの壁を飛び越え、大弓を構えながら内郭ないかくの壁をも飛び越える。


「化け物が! 汚いもんを、おっ立てやがって!」


 飛び越えた瞬間に目に入ったモノに怒りを剥き出しにしながら、状況を即座に把握し、三矢放つ。


 一ノ矢は将門を持ち上げる手。――手首を正確に射抜き、風穴を開け、掴んでいた将門ごと落ちる。


 二ノ矢は馬面の右目。――彼方此方を見張るように動いていたが、矢が突き刺さり、その役目を終えた。


 三ノ矢は股座にそびえる棒。――正確に先を射抜き、ちぎり飛ばす。


 藤太は大弓を捨て、への字に曲がった太刀を抜き放ち、馬から高く飛び上がる。


 馬面は新手である藤太の方向を、無事な左目で確認する為に向き直る。

 ――馬面が飛んで向かう藤太の姿を認めた瞬間。

 馬面の高かった視界は低くなり、地と血を舐める。

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