第55話コクチョウ
「よし、着いたぞ、良正。傷はそこまで酷くないはずだ」
矢が刺さった馬手からは、変色した血が
「あの小僧が。……毎度毎度、あと一歩手前で邪魔しおって! 必ず殺す。傷が癒えたら、
血走った眼の良正は
良兼は黙ったまま、歩みを止めない。
将門の軍勢による、国庁の包囲は
が……良兼と良正の軍勢は突破や、逃げる素振りも見せずに、国庁に立て篭もったままであった。
将門は黒丸から降り、仕立ての良い衣服を
「
「ほほ。将門殿、頭を上げてくだされ。転任したての頃に、色々と手を貸していただいた御礼で御座いますのでな。ほほ」
定行が笑うたびに、
「ほほ。国庁に勤める者達も退避させ、重要な物や、
定行は、したり顔で袖の中から、
「ありがとうございます。あとは。……」
将門がそこまで言いかけたのを手で制す、定行。
「確と、
定行は笑いながら、
その言葉を聞き、
既に手回しと根回しは済み、道無き戦さの決着をつけるのみとなった。
国庁へと向き、覚悟を決めた表情の将門は、深く、胸いっぱいに息を吸う。
それを見た定行は耳を
「この
力強く響く声。声だけで、粗末な楯を倒せそうな程の大声であった。
近くにいた定行は、耳を塞いでいたが、あまりの大声に倒れそうになっていた。
少したち、
その内の一人が将門の前で
「将門様。……良兼様が、国庁内にて準備を整え、お待ちです」
将門は跪く男の肩に手をかけ、
「全軍! 包囲そのまま、誰も通すな!
将門は国庁に集う総ての兵と、黒丸に見送られながら国庁に向かう。
将門が国庁の南門から入ると、
良正の背後には、既に抜刀した良兼と十人ほどの兵が立っていた。
「将門よ。良正は、何も語らないかもしれないが。……
将門は良兼の言に頷く。――その表情は沙汰を言い渡す、
良兼が顎で指示すると兵の一人が良正の
「良兼!
良正は、つんのめる。何とか踏ん張っていたが、踏ん張り切れずに顔から石敷道に倒れ込む。
「五月蝿いわ。
良兼は冷たく吐き捨てるように言う。
「さて、良正叔父上よ。……化生は今どこにいる?」
将門は、芋虫の様に、地に転がる良正を見下ろしながら問う。
「化生。……いったい何の事だ、皆目見当がつかな――」
縄を自力で解こうと、
国庁の空だけに暗雲が立ち込める。
将門は異変に気がつき、素早く太刀に手を伸ばす。
「平将門。……また会いましたね。直接では無いのが惜しいところですが」
明らかに良正本人とは違う、女の声が良正の無精髭が目立つ口から出てくる。
「器用なものだな。……さて、特製の
将門が声を荒げた瞬間。――良正を縛っていた、注連縄は淡く光る。
くつくつと笑う、良正の口を借りる化生。
「
――口端が歪む。
押し黙っていた良兼は、とうとう堪え切れず、転がる良正の背を足で踏み付ける。
「手遊び? そんな理由で大勢の人間を狂わし、破滅させたのか!」
激昂し、何度も良正の背を蹴る。
――途端に、百戦錬磨の良兼が怖気立つ程の殺気が迸る。
良正の瞳が金色に輝く。
「
稲妻走り雷鳴轟く。――暗雲より、
閃光と衝撃。そして肉の焼ける臭い。
「義父殿。無事でありましたか」
其処には焼ける良正と、兵に後ろ首を掴まれ、尻餅をついた状態の良兼がいた。
「ああ。
脂汗を浮かべながらも
――焼けゆく、良正の背に亀裂が入る。
さながら。……蛹から羽化する蝶のように、良正の縛られた身体から、
将門の行動は迅速であった。
それを認識した瞬間に、稲妻の如き速さで太刀を抜き放ち、
――しかし、将門の渾身の一撃は
太刀は頸椎にあたった瞬間に、金属音とともに折れた。
「むっ! 義父殿、下がられい!」
将門の言に従い、全員が距離を置く。
古い皮を脱ぐように、良正の身体から這い出るモノ。
それは身の丈が八尺ほど、筋骨隆々の人身であるが。……頭が角の生えた馬であった。
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