第54話ミチナキ
一月の間に何も情報は得られず、流れる月と日を眺めるだけであった。
良兼は
「易々と尻尾は出さないか。……致し方あるまい」
小声で、ぼそりと呟く。
良兼はゆっくり、集った兵達の前に立つ。
「これより! 我らは進軍する! 気を引き締めよ!」
歴戦の兵達は手を挙げ、各々が雄叫びを上げる。
平良正の集めた年若い兵は大地が
「待った!!」
雄叫びに負けないほどの大声が、軍勢の
誰もが、その声の方向に釘付けとなった。
鍛えられた筋肉の上に、虎の皮で
歩くごとに兵は気圧され、道が空いてゆく。
悠々と陣内を歩き、良兼の目の前に立つ。
「
貞盛は自信に満ち溢れた顔と声で高らかに宣言する。
「よくぞ参った、
怒りを顔と声に浮かべないように注意を払いながら、
馬に乗った、
水守営所に残ったのは良兼と僅かな手勢、そして貞盛のみであった。
「
貞盛の顔に悪意はなく、考え抜いて本心からの行動であった。
「そうか、貞盛。そうか、そうか。……」
良兼は笑みを顔に貼り付けたままに、貞盛にゆっくりと歩み寄る。
「この
良兼の怒声とともに繰り出された右拳が貞盛の左頬を捉える。――良兼は同時に貞盛の足を刈り払う。
――巨体がいとも簡単に宙に浮く。
「
――
「叔父上。いっ――」
「黙らっしゃい! お前たち、貞盛を縄で固く縛り上げて、都へと連れて行け!」
地面に転がった貞盛は、あっという間に縄で縛られる。
良兼は貞盛を
「叔父上! 何故ですか! 叔父上!」
貞盛の叫び虚しく、馬を駆る貞盛は小さくなっていく。
挙兵し水守営所を出陣した、良兼と良正の連合軍は数千の規模であった。
長い列をなし、連合軍は
「良兼兄上。貞盛の姿が見えませぬが。……将門と通じ、逃げましたか?」
良正は知っていた。……貞盛が坂東に戻った後にも、将門と
「なに、大丈夫だ。喝を入れてから下野の
良兼と良正は並びながら、小声で語り合う。
「なるほど、確かに適役と言えますな」
良兼の
川が近いせいか、背の高い
「さて。そろそろか」
良兼の放った言葉は小声であり、軍馬と大軍の足音により掻き消され、隣にいる良正の耳には届かなかった。
「報告! 我が軍の後方より迫る、平将門の軍馬あり! 平将門を先頭に数は、百騎ほど!」
「全軍! 止まれ! 数の差は歴然としている。しかし、相手は将門だ、侮るな!」
良兼の一喝により、軍勢の響めきは収まり、気を引き締めなおす。
「よし。反転して弓戦用意!」
短い指示であったが、全軍は一糸乱れぬ統制を見せる。――次々に大楯を重ねて配置し、見事な
二町ほどの距離で、将門が率いる百騎は止まる。
「義父殿に良正よ! 道無き戦さの連鎖を
将門の大声の振動が風に乗り、草原を揺らしながら良兼達の元に届く。
「どの口で言うか! この道無き戦さの大元の原因は! 全て、お前だろうが将門! お前など、戻って来なければ! 早々に死ねば良かったのだ!」
良正が青い顔に
その言の葉には
対して、良兼は冷静に将門を見つめる。――口角が上がる。
「話す事など既に無い! 弓隊――」
良正が号令を掛けようと手を振り上げた。
――その瞬間。左右の背の高い
武装した伏兵。
それは先の戦さよりも、さらに洗練された一撃。
前列の垣と共に弓隊を粉砕する。
「平将頼! ここにあり! 今こそ、先の戦さの借りを返す!」
鬼気迫る表情で太刀を振るう。――良兼達の前線が崩壊する。
「弓を放ちながら突撃! 敵は烏合の衆だ!」
将門の騎馬隊も突撃を開始し、崩れた前線から逃げていく兵を射抜いていく。
――崩壊の連鎖は止まらない。
いくら督戦をしようとも統制は既に取れず。
兵達は我先にと将門らの恐怖から逃げ出す。
鬼気迫る、将門の弓馬による追撃。
不運な事に、飛来した一矢が二の腕付近に突き刺さった良正。……大量の脂汗をかきながら、将門達を憎悪の表情で睨む。
「くそが! この借りは絶対に返すぞ、将門!」
単騎で突撃しそうになる良正を制止する良兼。
「いくぞ、良正! 傷の手当てをせねば! 全軍、急いで
良正と良兼は千人程を引き連れて、素早く国庁まで退いて行く。
後に残るのは無傷の将門と屍山だけであった。
「兄い! 国庁まで奴らを逃してしまって良かったのですか?」
将門の元に駆けてくる将頼。
その身体には傷一つ無く、余力も十分にあるようであった。
将門は国庁に入っていく、良兼達を遠くに見ながら、将頼の兜ごと手荒に撫でる。
「ふむ、これで策通り。後は国庁を包囲。……そして平良正を此処で消す」
遠雷を聞きながら、将門達は下野国庁へと向かう。
道無き戦さを終わらせる為に。
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