第53話幕間:坂東調査


 平将門たいらのまさかど殿の本拠。豊田を調査、いたそうろう

 目に付く鍛冶場では活気多く。鍛治師は鑠金しゃっきんの中、玉雫を額に浮かせながらも、懸命につちを振り降ろし候。

 刃の磨き具合たるや、筆舌ひつぜつに尽くしがたき候。斬れ味も、又脅威なり。

 切っ先が曲がりたる刀は優れて候。我も一つ欲しけり。


 戦さ続きなれども、市井しせいの民の笑顔、多き事に驚き候。

 平将門殿の善政をく事が、うかがえ知れ候。

 皆が明るく、兎角、世話好き、誠に住み心地良しであり候。


 税を収むる事も遅れず。しかと納めて候。

 平将門殿の善政、周辺諸国に知れ渡り。各々の国司こくじ郡司ぐんじとの関係も良好なり。


 野本のもとの件にて、現場に居たわらべに話を聞けり。

 いわく、将門殿は神馬に乗りて、火の手から童を救い候。

 神馬は眉唾まゆつばであり候。なれども、竜馬をこの目で見れば、頷くしかなし。

 野本に火を放ちし、下手人は源護みなもとのまもるが子息、源扶みなもとのたすく本人であったと証言があり候。誠に遺憾であり候。


 将門殿を噂を耳にすれば、讃える声、多し。

 無辜むこの民に優しく、悪人、悪漢、盗賊の輩には厳しく候。

 所感であるが、大変興味深し。



 そこまで竹簡ちくかんに記しかけたところで、筆をとる手が止まる年若い男。

 藤原忠平ふじわらのただひらから調査を依頼された、望月もちづき三郎さぶろう諏方よりかたより送り込まれた男で、名は望月もちづき千寿郎せんじゅろうという。


「うん? うーむ? 戦さ支度か? 違うな、訓練だな。春先だというのに、ご苦労な事だ。が……これが将門殿の強さの秘訣の一つやも」


 木の曲がりくねった太い枝の先に器用に座りながら、あわただしい将門の居を覗き、一人つ千寿郎。


「そうだな」


 不意に横合いから掛けられた声に驚き、男は体制を崩し、下へと真っ逆さまに落ち――ずに、その足首をしっかりと掴まれ、宙吊りの形となる。

 木から落ちるところを救ったのは飯母呂いぼろ小太郎こたろうであった。


「大丈夫か? 此度が初の任か?」


 小太郎は無表情のままに、宙吊り状態の千寿郎を心配する。


「はて? 何のことでしょうか? ただ木の上で涼んでいただけで御座います」


 冷や汗を垂らしながらも、しらを切る宙吊りの千寿郎。


「……将門様が望月三郎諏方殿より、既に聞き及んでいる。将門様は調査の手伝いや案内をしてやれ、と仰られた」


 ただそれだけを言って押し黙る小太郎。

 思索しさくふける千寿郎。

 ややあって答えが出たのか口を開く。


「では、案内等々お頼み申す。望月千寿郎と申します」


「飯母呂小太郎。……先ずは筑波つくば山の飯母呂の里に案内致す。そこを調査の拠点とすれば良い」


 願っても無い申し出を、ありがたく受ける千寿郎であった。

 飯母呂の里にて。……小太郎の嫁とは知らずに年若い女に求婚し、小太郎に殺されかけたのは、また別の話。

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