第51話ウラ
住まう者たち全てに等しく、静かに、年の瀬を感じさせ始めていた。――その
馬を駆る男……その懐には
告状の内容は単純明快であった。
昨今、坂東で
それだけであれば、太政官庁に
しかし、
その名を皆が知っていた。
現左大臣である
その様な経緯を辿り、告状は左大臣である、藤原忠平の元へと辿り着く。――忠平は告状を文机に座りながら片手間に読み進める。
途中まで読み進めていた、忠平の眼が驚きと共に見開かれる。
「小次郎よ。……こちらも動かざるをえないぞ」
忠平は深い溜息と共に、
「しかし、悪意が透けて見える告状を鵜呑みにして、
東の空を望む顔は、孫を心配するような顔であった。
寒空の下……男達の気合に掛け声と、木刀で打ち合う音を聞きながら、かこりかこりと独特な駒音を鳴らし、平将門の居へと向かう、背の低い馬と
「ふむ。……
久方ぶりに娘と孫に会う事に心を
門をくぐった、その瞬間。
左方より投げ飛ばされた人か物か定かではないが、良兼の目の前を転がり横切る。
危うくも良兼の乗る馬にぶつかり、大惨事になるところであった。
良兼は溜息をつきながら、飛んできた方向を見る。……抜き足差し足で逃げようとする、長い髪を一纏めにした
「
馬上から怒声が響き渡る。
「父上、お久しぶりです。いやはや、父上も毎度、間が悪いさね。
火に油を注ぐように、良兼の怒りは燃え上がっていく。
「黙らっしゃい! 今は孫の話ではなく――」
「あーー! おじいちゃん!」
背から掛かった声により、大喝しようとした言葉を飲み込み、目を白黒させながらも何とか良兼は振り向く。
そこには将門の両肩に座るように乗った、五月と春が居た。
先程まで
将門から五月と春を手渡され、両手に花の状態で
「おじいちゃんは、五月と春に会いたかったよー。今日は二人に御土産があるからね」
今まで誰も聞いたことのない、猫なで声をしながら、乗ってきた馬の元へと歩む良兼と喜ぶ孫二人。
将門は、その姿を見ながら微笑む。
「流石、将門。間の良い男さね。しかし、父上も、あんな顔が出来るとはねえ」
いつのまにか将門の横に立つ良乃も
ふと、良乃は木刀で打ち合う音が長いこと止まっている事に気がついた。
「あんたら! いつまでも休憩してないで、戦さ場で死なないようにする為に一本でも多く木刀振って、打ち合いな!
良乃の言葉を受けて、そそくさと訓練に戻る男達。
良兼の眼前へと投げ飛ばされていた、
「将頼も、あの戦さ以降、あれこれ
「そうさね。刀のように打って鍛える時期。……いや案外、
将頼が一つの壁を乗り越えようとしている事を感じ取り、止めずに見守る事を決めた。
「父上ー! 母上ー! 見て! 見て! おじいちゃんから
五月は嬉しそうな顔で、
将門と良乃の二人が覗き込むと、漆塗りの箱には、これでもかという程に
「それは唐菓子の
走ってきた五月とは対照的に、春は良兼に抱えられて、細かく砕かれた団喜を一欠片ずつ、ゆっくりと
「美味しい。とても甘い」
にこにこと春も御満悦の様子である。
良兼は、ゆっくりと春を良乃の前に下ろし、頭を撫でる。
「おじいちゃんは、父上とお話があるからね。……さて、将門よ行くぞ」
緩んでいた顔を締め直して、将門も頷き、二人揃って屋敷の奥へと歩み進む。
「孫達は皆が
「ええ。それよりも、義父殿、高価な唐菓子をありがとうございます」
他愛の無い世間話をしながら歩む将門と良兼。
ふと、将門は屋敷の中に居た
「……
「心配しなくても、将器が磨かれて
二人は不敵な笑いをしながら、最奥の部屋へと入り、襖をゆっくりと閉める。
部屋の中央に二人は向き合う形で座る。
「しかし、裏の仕事は任せられん。……
「全くです」
重苦しい空気が漂い、
「……ところで義父殿、良正からは援軍を求める書状は来ましたか?」
「来たぞ、一緒に将門の
静かに二人が笑う。
一頻り笑った後に、二人は気を引き締め直す。
「ならば、次の段階に進みますな。……裏に潜む
良兼は、しっかりと頷く。
「将門、そこでだな。……あまり褒められた手では無いが、万全を期す為に一人の男を巻き込もうと思う」
良兼の言に将門の表情が曇りはじめる。
「いったい誰を巻き込もうと、考えておいでですか、義父殿」
真一文字に結んでいた、良兼の口がゆっくりと開く。
「下野国の――――
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