第50話ゲンシの夢
――夢を見た。酷く断片的な夢だった。
泥沼から咲くにも関わらず、濁りに染まらない
幸せは永遠に続かない。
次に微睡から目を覚まし。目を開いた時には、豊穣の大地を四足を器用に使いながら駆けていた。
何か、大事な使命か試練を言い渡された気がする。
しかし、記憶は錆付き、崩れ、既に朽ちてしまったのであろう。思い出せない。
それでも駆けていた。
――それは当てのない旅だったのかもしれない。
旅の途中、私は大地を駆けれない程に傷ついた。
何が原因で傷ついたのか定かではない、他の動物に襲われたか、または別のナニかか。……しかし、それは既に
一歩も歩けはしなかった、痩せこけた大地に横たわり、死を待つばかりだった。
忌々しい
百年足らずの命であったか。……と、覚悟を決めた。
すわ、一つの影が何処からか躍り出で、
その影の主は人間であった。
ゆっくりと近くに寄ってきて、屈み込み、私の
その手は日差しの如く、暖かった。
私は人里離れた、あばら家に連れて来られ。
皮を剥がされるでもなく、食われるでもなく、傷が癒え、動けるようになるまで、優しく手当され、ついには解放された。
奇異な人間もいたものだ。……しかし、借りを作りっぱなしというものは座りが悪い。
すこしだけ……ほんの少しだけ、駆ける足を止めて、この人間に関わってみよう、気紛れな戯れだ。
人の身に姿を変え、人里離れた、あばら家に住まう、私を助けた人間に近づいた。
人間は木を切りに行く最中だったのか、
私は
人間は笑いながら、得体の知れない私を
借りを返すために、
しかし、慣れない人の身と、初めての事だらけで失敗の方が多かった。
――水瓶を割った。
――何度も飯を作るのに失敗した。
――飼っていた、
失敗を上げれば、枚挙がない。
それでも、この人間は怒ることも無く、笑って、私の頭を。……あの日のように撫でる。
やはり、この人間の手は暖かい。
楽しかった、様々な話を語り合い、そして懸命に働く人間の姿を見るのが。――しかし、そんな生活は長くは続かなかった。
人里で
人里に嫁いでいる妹を助けに行こうとする人間。それを必死に引き留めようとして、初めて喧嘩になった。
――嗚呼、一緒に付いていけば良かった。
でも、しなかった。意固地になっていたのであろう。
二日経っても、人間は、あばら家に戻ってこなかった。――度が過ぎる程の、お人好しだ……妹だけではなく、
そう自分に言い聞かせながらも、不安が雪のように、胸の何処かに積もりゆく。
迎えに行こう。――そう決心した、次の瞬間には四足で、人里に向けて駆けていた。
道中は酷い有様だった。……草木は喰らい尽くされ、人まで喰らい尽くされ、骨が転がるのみであった。
人里に近づくにつれて、死の臭いが段々と強くなってきた。……人里に入る寸前に、その臭いに耐え切れずに私は人の身に姿を変える。
ゆっくりと鼻を
私は蛾の様に死臭に誘引され、人里の中でも一際、大きな屋敷へと行き着いた。
声を殺し、音を立てずに死の臭いが強い方に向かい、屋敷の中を進んでいく。……誰にも会わない事を不思議と思わずに。
行き止まりの大部屋。その中から、何かを
聞き耳を立てながら見ていると、部屋の中から、何かの
――それはあばら家に住む、名も知らない、あの人間の頭だった。
球の様に転がる、人間の頭を追いかける様に、部屋の中から人影が出てくる。
横顔だけだったが、直感した。――人間の妹だと。
私に気がついたのか、こちらを向き、赤く濡れそぼつ口で笑う。――見た瞬間に私の心は憤怒に支配された。
――その顔で笑うな。
手で
そのままの勢いで、部屋の中に躍り込む。
――あの人間の血と肉を返せ。
既に人ではない、座り込んでいたモノ。――爪で背骨を砕き、腹を裂き、菊の如く肉片と骨片が舞う。
――あの人間の……優しい手を。
辺りに暴風が吹いた後の様な爪痕が其処彼処につき。血溜まりが出来ていた。
嗚呼、私はこれからどうすれば。
――もう一度、撫でて欲しかった。
優しく
「
桔梗の顔を覗き込む五月と春の愛らしい顔が眩しく。知らずの内に桔梗は、つい目を細めてしまう。
「御免なさいね。うたた寝してしまっていたわ」
桔梗は両手で優しく五月と春の頭を撫でる。
「桔梗お母さま。泣いてる」
春にそう言われるまで、桔梗は自らの頬を伝う、涙に気がつかなかった。
「……哀しい夢を見たせいかしら」
桔梗は五月と春に心配させまいと作り笑顔をし、誤魔化す。
「あら?」
不思議な浮遊するような感覚と共に、桔梗の左目は唐突に
誰か、別のモノの視界のように遠巻きに鎧武者の軍勢を眺めるような影像。
桔梗はその軍勢が遠くで戦さをしていた、将門達の軍であることに気がつき、飛び上がる。
「五月、春! 将門様が戦さから戻ってくるわ!」
桔梗は五月と春を連れ、急いで屋敷へと戻っていく。――その左目に写る影像はいつのまにか消えていた。
将門の軍は意気揚々と勝利の歌を口ずさみながら、本拠へと向かっていた。
「兄い。……良正を討ち果たせなくて申し訳ない。……あと少しだったのに」
勝利を収めたが、将頼は暗く、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「いや。……将頼、これでいい。これでいいんだ、お前は十分に務めを果たした、気に病む必要はない」
将門はそれきり黙りこくり、将頼と共にひたすらに歩く。
将門の胸の内にある絵図は次の段階に入っていた。
勝利を無事に収め、戻った将門達に人々は大いに湧いた。
今までの将門の勝利の数々がまぐれではなく、強さは本物であり、これからの坂東は平将門という男が率い、安泰になると信じていた。
しかし、将門の勝利が面白くなく、裏で暗躍する者も居た。
「良正も役に立たん! 腹立たしい! 腹立たしい! 何故、あんな男一人を殺せんのだ! 斯くなる上は朝廷に! そうだ、全員死ねばいい、
呪いの言葉を吐きながら、筆を文へとはしらせる、源護。
その姿を見ながら、ほくそ笑む化生。
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