第49話モウシン
ついに
平良正の軍勢は戦さの常道に
良正の集めた兵は士気が……否、その顔は憎悪にまみれ、口からは
必ずや、焼き討ちをした将門を討ち滅ぼし、同じ目に合わせてやる……という意気が、離れた将門にまで届く。
対する、将門の軍勢。……久しく、
皆が一様に
将門は敵の士気が高い事を肌で、ひしひしと感じ、自らの軍勢に振り向く。――そこには、呪詛を吐く目の前の敵よりも、各々の愛馬がいない戦さ場の空気に、そわそわとした様子であった。
「皆の衆……久方振りの弓合戦だ。馬が無くとも我らは強い。……武勇を示せ! 存分に矢の雨を降らせ! 道無き戦さを続ける、非道の輩を討ち滅ぼす時だ!」
将門の
その将門の軍勢の圧倒的な熱に押されたのか、恐怖したのかは定かでは無いが……良正の軍勢から、放たれる
――それは将門の後頭部を撃ち抜かんと、矢音を立てながら飛来し、迫る。
将門は笑っていた。――将門は自らの軍勢をしっかりと見据えながら、後頭部に迫った矢を……
「我らに神仏の加護あり!」
馬手で掴んだ矢を皆に掲げ、見せる。
大いに湧き士気がさらに高まる軍勢。――神業だ、と皆が口を揃える。
「いざ! いざ! 開戦だ!」
将門の号令とともに、皆が弓を構え、一斉に放つ。
天を覆い尽くす程の矢の雨が、将門の陣にも良正の陣にも等しく降り注ぐ。
「
「はっ!」
将門の言葉に迅速に応える、火丸と水丸。
水丸は自身だけではなく、将門の背丈を遥かに越える
火丸は背に背負っていた、矢筒とは名ばかりの籠のような物を地に起き、矢を取り出す。――矢も通常の太さではなく、細いめの木の杭のようであった。
将門は火丸から手渡された矢を弓に
「かは!
不敵に笑い、似つかわしく無い言葉を口にし、矢を放つ将門。
その太さからは想像がつかないほどに、鋭く真っ直ぐに、敵陣へと向けて飛翔する矢。
将門の狙い通りに敵陣の置楯へと
その楯の後ろに隠れていた兵の頭部は半分が消し飛び、肉片と血が辺りに散乱し、薄汚れた下顎と両耳を残すだけであった。
その様子を近場で見ていた、良正の兵の顔は赤く熟した梅から、青梅の様に青ざめていく。
「ばけ! 化け物だ!」
次々と置楯が粉砕され、良正の兵達は将門達に背を向けて逃げようとする。
「勝ち目なんて」
一人の兵の背に矢が突き立ち顔から地面に突っ伏す。
それを見て、さらに恐怖し、逃げようとする兵達の前に立ち塞がる良正。
「逃げるな! 将門だけを
将門による衝撃的な一撃を目の当たりにし、戦意を無くし右往左往する兵が逃げないように
誰もが、命が惜しかった。……しかし、良正に斬られるよりも、将門を殺せば勝ちと
兵は弓矢を構え、将門ただ一人を狙い、一斉に放つ。
将門の軍勢全体を襲う、矢の
「矢に溺れて死ねぇ! 平将門!」
誰が言ったか、戦さ場にいる良正の軍に属する兵達の願いが漏れ出たものであろう。
幾人もの恨み辛みを乗せ、将門の直前まで迫る矢。――しかし、矢の鉄砲水は
「――っんあ!」
「――っんう!」
火丸と水丸の兄弟二人が、
二人は大楯を一枚ずつ持ち上げ、将門の前に立て、矢の鉄砲水を全て防ぐ。――それは将門を守る為の堅牢な
「ぐぬっ……将門だけが、化け物に
そそり立つ門を見る良正、
――良正の軍勢の誰しもが、その門に目を奪われていた。
その僅かな、一瞬の意識の隙を突き、将門軍の左翼。……
その動きに気がついたのは……やはり、良正であった。
「小癪な……右翼の者は、あの
良正は的確に指示を飛ばす。ただの群盗や弱小の軍であれば、十分に効果を期待できるであろう行動。
「雨が降ってくるぞ!」
しかし、将頼は相手の動きを察知し、率いる兵に短く伝える。
その言葉に百戦錬磨の兵達は
将頼達に次々と飛来する矢。――怯える事なく、逆に笑いながら、兜に付けられた、
「はな……放て! 矢を放ち続けろ!」
良正軍の右翼にいる兵は恐怖した。――彼らの瞳には目の前に迫り来る、将頼らが……矢に怯まず、矢が手足に突き刺さっても、突進を続ける将頼らが、
――鋭い牙を持つ、化け
「射殺したければ、兄いの様に
激突。――深々と
将頼らは激突しただけでは止まらず、次々と迫る良正の兵を斬り伏せながら、良正の首に牙を突き立てる為に進む。
「源氏の悲観に肩入れして、肉親の道を忘れた男には負けん!」
気を吐き、鬼気迫る勢いの将頼。――太刀を一振り、二振りしていくごとに屍を積み上げていく。
その勢いに押される様に崩れ始めていく、良正の軍勢。――武運、尽きた。
「小鼠と
奥歯が砕けそうな程に、力を込め噛み締める良正。
「良正様! 生きていれば、
良正の近くに侍る、側近の男が諫言する。
「ぐっ……気が進まないが。致し方あるまい。……全軍! 撤退!」
良正の号令と共に、蜘蛛の子を散らしたように引いていく。
将門は機を逃さずに追撃の
「逃げるな!
疲れと
良正は逃げながらも、その瞳の憎悪の火は消えず、さらに燃え盛るように煌く。
――川曲村合戦、平将門の勝利で終わった。
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