第48話ミゾは深まる
――
平良正。――
しかし、妻の実家を焼かれた事に……そして兄を殺された事に激怒し、
そんな折に源護一行が、
良正は驚いた顔をし、
「
良正は
「良正! 戦さの準備をしているとは感心だ! 流石、儂の
源護は良正の肩に手を置き、破顔するほどに喜んだ。
かたや義父の生還を喜び、かたや頼り甲斐のある婿に喜び、ひしと抱きしめ合い、感動の涙を流す男二人。――その姿を
「何か。……おかしい」
喧騒に掻き消される程の小さな声で、ぽつりと呟いた。
異臭だけではなく、慌ただしく動き回る
そろりと気配を殺しながら、外へと一歩ずつ出て行く。――誰にも、何も言わずに営所の外へと抜け出すと、明確な悪意のある、舌打ちが稲の耳に届く。
稲は貞盛が戻り、見つけてもらうまでの間、
焼け崩れ、未だに火が
男の瞳には、信じ難い光景が広がっていたが、それを受け入れられず、まだ健在であった過去の屋敷の光景を幻視していた。
「ああ、懐かしいな……ここで親父殿に刀の握りや、弓の稽古をつけて貰ったな。……」
目を瞑る。その脳裏には京へと向かう前、幼き頃の記憶が蘇る。
幸せだった頃の記憶。――いつまでも浸っていたい程に。
ゆっくりと目を開き、現実を直視する。
焼けた屋敷の柱や板を見ながら、ゆっくりと近づく。
素手で、まだ芯が熱く
「親父殿はもっと熱かった!」
自分自身を鼓舞するように、吠えながら木々を
「親父殿! 貞盛が戻ってきました!」
返事が無いことなど百も承知。――ただ、返事が無くとも声を上げ続けねば、心が折れる。
「平太が戻ってきました! 何処におられますか、親父殿!」
独りで自身の手の事など顧みず、ただひたすらに焦げた木々を退かし、父親である
ふと気がつけば既に日は落ち始め、夕焼けとなっていた。――
「――ぐっ!」
木々の下から、炭となった指が覗き始める。……何かに向かって手を伸ばす様な格好で炭となった、平國香。
「親父殿。親父殿。……そこにおられましたか」
炭となった父親の手を両手で掴む、
涙は止まり、精悍な顔つきが戻っていた。
「親父殿、母上を探してきます。どうか、この貞盛を見守ってください」
穏やかに微笑み、貞盛は母親を探しに向かう。――山野を駆け、人伝てに聞き回り、実母の稲を探し出し、無事に再開したのはこれより少し後となる。
時は流星の様に流れ、
その間、将門の元には日夜、民草に、まつろわぬ民までもが集まる。――将門は分け
各地の国司から、問題の解決に手を貸して欲しいと言われれば、手を貸し。困っているものが入れば手を差し伸べる、日々。
将門個人の方も、桔梗と妻二人に子達の仲も良好。――そして、
そんな将門の元に、また一通の文が届く。――渋い顔で文を読む将門。
「とうとう来たか。……」
それは
「もしかすれば、
将門の胸中に重くのしかかる問題である化生。それが……
合間に、方々へと化生の探索隊を派遣していたが、結果は
また
そんな現在の状況を変えうるかもしれないと、少々の打算を含み考えていた。
「まるで、恋い焦がれる乙女よな」
外を眺めれば、子達と
その姿を眺めながら溜息をつく将門。――いつ頃からか定かではないが、桔梗の髪は
それは
「将門様。……申し上げたい事が」
小太郎が将門の背後に片膝をつきながら現れる。
「どうした?
将門は
「はっ……平貞盛殿が、将門様に御目通り願いたい。と」
その言葉に振り返る将門。――その顔は喜びと悲哀が入り混じり、最終的には渋い顔となった。
宿り木に寄生された、一本桜の下で
「小次郎」
貞盛は昼夜を問わず、実母を探すために山野を駆けた為か、肌は浅黒く焼け、髭は伸び放題で山賊の様な様相をしていた。
将門は愛馬である、黒丸から降り、貞盛の近くへと駆け寄る。
「……貞盛。……國香伯父上の事は、すまなかった」
将門は、やっとの思いで……その言葉だけを喉元から捻り出す。――言いたい言葉もあった、掛けるべき言葉もあった。しかし、貞盛を前にした時には、全てが感情の濁流に押し流され、沈んでいった。
「小次郎、分かっている。親父殿は事故だった。……いや、もしや
貞盛は、そうであったのであろう。と……悲痛な顔をしながら推測を述べる。――そう、平國香の死は偶発的な……事故であったと自分自身に言い聞かせるように。
将門は真実を洗いざらい、貞盛に聞かせたくなった。……が、唇を噛み締め、ぐっと堪える。
「だから……
「――貞盛。……
どうしても、真実を隠すために、貞盛の言葉を遮りつれない言葉を発してしまう将門。
「よいな、貞盛。今は言えぬが……
阿も吽も言う暇もなく、駆けた将門の背を、ただ見送る事しか出来なかった貞盛。
「小次郎。……真実をとは言わん、ただ聞いて欲しかった」
握り拳を桜に打ち付ける。
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