第46話ギコン


 先程まで、化生けしょうと相対していた将門まさかど飯母呂いぼろ衆達の近くまで火の手が迫りくる。

 将門は小太郎の顔を見据みすえ、口を真一文字に結びながら、考えをまとめる。


「小太郎」


 ややあって、考えが纏まったのか口を開く将門。

 将門の瞳には炎が映り込み、燃えていた。――復讐ふくしゅうの炎か、義憤ぎふんの炎か、知るのは将門只一人。


偽魂ぎこんの術で、この女子は助かるのだな」


 小太郎はしっかりと、首を縦に振る。そこには確固たる意志が宿った左目が光っていた。


「うむ。……では、小太郎任せたぞ」


御意ぎょい。……では、将門様、女子の横に」


 将門は小太郎に言われたとおりに、横たわった女子の腹の隣に、太刀を置きながら正座し、胸を張る。

 小太郎は神妙しんみょうな面持ちで将門の対面、女子を挟み、座る。

 小太郎の人の手に戻っていた両腕が、将門の瞬きのうちに鬼の腕と変わる。

 男二人は静かにうなずき合う。

 

 小太郎の鬼の腕が再び、将門の腹に触れ、音も無く、腹奥へと進んでいく。

 将門は玉雫たましずくの汗を流しながら、漏れ出そうになるしゅを留めるのに力を割き、耐える。

 腹をまさぐっていた小太郎の腕が唐突に止まり、ゆっくりと引き抜こうとする。……が、しかし、拳が半分ほど、将門の腹から出たところで、小太郎の表情が曇る。

 嫌な音を立てながら、鬼の腕に食らいつく蛇の頭が、将門の腹から顔を覗かせる。――将門は太刀の峰を覗かせ、石火せっかの早業で、小太郎の拳に食らいつく、鎌首かまぐひを両断する。

 蛇の頭は地に落ち、砂塵となり消えゆく。


「将門様の中に巣食い暴れる呪、とは異なる願い。……平将門の末を見たい。という小さな願い」


 小太郎がそう言いながら、掌を上に向け開く。……其処には、一つの小さな虹玉にじたまがあった。

 その玉を見た将門は笑みをらす。


「そして」


 小太郎の左腕の長い指二本が将門の胸に、ずぷりと突き刺さり、ゆっくりと引き抜かれる。

 鬼の指の先には一本の細長い、金の色を自ら発する糸。……指に糸を一巻きほど取れば、自然にぷつりと切れ、余った糸は将門の胸へと戻っていく。


「将門様の命の一端」


 小太郎は金糸と虹玉を左指で摘み、女子の胸に埋める。――瞬く間に胸の傷が塞がり、心の臓がその鼓動を取り戻し、頬に赤みを帯び始める。


「偽魂の術。ここに成りました……意識は追々おいおい、戻りましょう」


 小太郎は両拳を地面に立て、頭を下げる。

 将門が立ち上がろうとした。……まさにその時、獣の臭いを捉え、太刀に手をやり警戒をする将門。

 対照的に頭を下げたまま、落ち着きながら口を開く小太郎。


ましら……覗き見していた狐を全て狩れたか?」


 いつのまにか散っていた、影三つが小太郎の元にさんじ、片膝をつきながら首を垂れる。


「粗方は狩りましたが……いくばくかを逃してしまいました」


 小太郎は頭を上げ、天をあおぎ見る。


「そうか……将門様。化生が戻ってくる前に急いで離れましょう」


 将門は頷きながら、未だに意識を戻さない女子を背に担ぎ、ゆっくりと歩み出す。

 ……風が吹き荒ぶ。燃え盛る木々から、将門に向かって吹く熱風に、押されるように小太郎の方へと顔を向ける。


「小太郎、取木とりぎの民……いや、今回の戦さで、被害を受けた全ての民に伝えて欲しい。望むものがいれば、豊田で将門が手厚く保護をする……と」


 涙こそ流れていなかったが、その顔には幽愁ゆうしゅうが刻まれ、影が落ちていた。


「御意」


 小太郎の短い肯定の言葉。将門の心に背負ったモノが少し軽くなったのか、静かに微笑み、黒丸の元へと足を向ける。




 将門は女子おなごを乗せ、黒丸を駆り、火の手を避けながら、野本へと向かう。

 将門は馬上で、此度の件を平良兼たいらのよしかね義父や、良乃よしの……そして、従兄弟であり平國香たいらのくにかの息子である、平貞盛たいらのさだもりに何と言えばと頭を悩ませ、心ここに在らずといった状態であった。


貞盛さだもり……お前の名誉の為、一族の為に、國香くにか伯父上が化生を引き入れた事を、秘しておくのが最善なのか……」


 その問いに答えるものは居らず、風切音と黒丸の荒い息が将門の耳に入ってくるばかりであった。


 暫く走っていると、前方より騎馬武者が群れを成し、向かってきているのを将門の眼はとらえた。

 全員がすすと血泥に塗れ、戦さ帰りであった事がうかがい知れる。


「兄い! 将門兄い! 燃やしてきました! 完膚無きまでに叩き潰してきました!」


 将門の姿を目敏めざとく見つけた将頼まさよりは、馬上から大きく手を振り、千里までも届くような大声を張り上げていた。


「将頼の純粋さ……いや、馬鹿さか? 何にせよ、心が洗われるものよ」


 笑いながら言ち、将門は考えを切り替え、将としての顔となる。


「良くやった! 流石自慢の弟に、我が手足よ! 全軍、これより豊田に帰還するぞ!」


 将門の言葉に軍は雲の如く動き、馬上から各々が勝鬨の声をあげる。

 将門へと徐ろに馬を近づける将頼。その顔には返り血が点々と付き、明るい笑顔をしていた。


将頼まさより、苦労をかけたな。源護みなもとのまもるは居たか?」


 にわかに将頼まさよりの顔が曇り、頭を横に振る。


「いいえ、居りませんでした。しかし、館も全て焼き払いましたので、再起には時間を要すと思います」


 源護を逃した。――それは将門の心に不安の種を残す報告であった。

 しかし、不安を表に出さないように毅然きぜんとした態度の将門。


「それよりも、兄い。その女子は……白髪はくはつ天女てんにょの様な女子は如何される、おつもりで?」


 将頼は黒丸の背に載せられた、白い髪が目を惹く、意識を失ったままの女子を指差しながら問う。


「この者は重要な者だ」


 将門はさらりと言葉を返す。

 しかし、将頼は思っていた返事ではなかったのか、口元と眉が下がる。


「いや、そうではなくて……兄いの新しい嫁ですか? そうでなければ自分に……」


 そこまで言いながらも、将頼が顔を赤らめながら口籠る。

 将門は言わんとした事を理解し、笑う。


「そうだ、新しい嫁だ。安心せよ、その内に将頼にも良い巡り合わせがあるぞ」


 将門はついつい新しい嫁だと嘘をついた。――言っておかねば、将頼の懸想けそうこじれ、新たな火種になるやもと考えた結果であった。

 将頼の背を叩き、黒丸の速度を上げる将門。……将頼に良い嫁を見つけてやらねばと心中で零す。


 豊田に戻ってからの将門は慌ただしく動き回った。

 此度の件を、虚実入り混じり説明し、女子おなごの事を良乃や君乃に虚を交えて、懇々と説明し、将平まさひらには焼け出された民達の対応を任せ、小言を言われ続ける。





 ゆらりゆらりと、仄暗い穴の底で揺れる二本の金色。


偽魂ぎこんの術。……反魂はんごんとは、また違った術」


 カンカンと鳴き声が周囲に響き渡る。

 甲高い笑い声が合わさって、反響し、大合唱となる。


「嗚呼、これだから定命じょうみょうの者は面白い。本来の術の使い方とは違うのだろうけど……幾らか試せば……此方の使い方の方が面白くなりそう……」


 いっそう激しさを増して揺れる、二本の金色。


「平将門がどんな顔をするか……楽しみで仕方ない」

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