第43話タイカ


 野本のもと石田いしだを繋ぐ道から近い村では、火の手が上がり、無辜むこの民は火にあぶり出され、逃げ惑い、多くが射殺された。


「なんで……」


 その難を逃れた、少数の民。――特に年若く機敏に動き、矢の雨から逃げれた、わらべ達は絶望に打ちひしがれていた。


「こんなことに……神も仏も居ないじゃないか」


 肉親を殺され、慟哭どうこくに包まれる。――その時、駒音こまおとが近づいてくる。


「まだ生き残りがいたか!」


 童を見つけた源扶みなもとのたすくの部下が、馬上より弓を構える。――その瞳には狂気が渦巻き、姿は火に照らされ……童達には身の毛もよだつ、化け物に見えた。


「助けて……ころ、ころさないで」


 幼いながらにも、これから行われる事を理解した。


「くくく。恨むなら、平将門たいらのまさかどを恨めよ、わっぱども」


 身を寄せ合い震え、涙を流す童。狙いを定め、限界まで引き絞られる弓。


「嗚呼、神様――」


 神は居ない……と言った口で神に祈る童。

 矢が放たれる寸前――横合いから飛んできた矢が、男の胴丸を貫通し、右胸に突き刺さる。

 射られた男は馬上より崩れ落ちる。――その寸前に、苦し紛れに放たれた矢は童達の足元に突き刺さる。


「大丈夫だったか童達よ!」


 黒丸を駆り、弓を持った将門が童達に近づく。


「うぐぐ」


 虫の息ではあるが、将門に射られた男は地を這いながら、童達へと向かう。――それは執念か、狂気か。

 黒丸くろまるの前脚による、容赦の無い踏み付け。男の命と血は、辺りに巻き散らかる。


 思わぬ救いに緊張の糸が切れ、へたり込む童達は声を出せず、首を縦に振る……安堵あんどした為か泣き出す者たちも出始める。


「それだけ元気なら大丈夫だな、誰か! 童達の保護を!」


 童達の怪我がない事を確認した将門は事後を任せ、黒丸を走らせる。


「しかし、見境なしとは……一刻も早く、源扶みなもとのたすくを殺してでも止めねば! 行くぞ黒丸!」


 黒丸の腹を蹴り駆ける将門。――絶望の中にあった童達の瞳には……火に照らされ、雄々しく駆ける黒丸が、本物の竜に見えた。


「竜と神様だ……」


 童の一人の口から、ぽつりと零れた言葉は木々が爆ぜる音に掻き消された。





 源扶と、その手勢は暴虐の限りを尽くし、平國香たいらのくにかの屋敷がある石田へと到着していた。


「ひひ……一番、楽しい時間だ。義兄を生きたまま焼き殺すなんてな……さあ! 火を放て!」


 源扶みなもとのたすくの部下たちは石田の屋敷へと火を放つ。

 騒ぎと火を放たれたことに気づき屋敷の中より、抜刀した平國香たいらのくにかの部下たち数人が出てくる。


「いったい何をなされるか! 國香様の居に火を放つとは! 源扶殿、乱心されたか!」


 怒りに震え、顔を真っ赤にしながらも、最後の一線を越えず、こらえる平國香の部下たち数人。


「なに……ここ最近、義兄殿の調子が悪く。寒ければ、さらに調子も悪くなろうと思い……身体の芯まで、温めてやろうと思っただけよ! げひひ!」


 狂気をはらんだ笑いを上げる源扶。


「すでに狂っている! 皆のもの!」


 源扶と対峙する男達は、冷や汗を流しながらも、刀を握る手に自然と力が篭り、じりりと構える。――


「源扶を斬れ!」


 その号令と共に男達は源扶へと殺到する。

 思い思いに振られる、白刃。――しかし、源扶の身には届かず。

 源扶が瞬時に抜き放った刀。そのうなるような剣閃で臓腑と血が吹出し、分かたれた胴体が舞い、火へと落ちていく。


「げひひひ! 素晴らしい力だ! そう思うだろう、お前ら!」


 源扶は部下たちの方に振り向き、血に濡れた顔で、とびっきりの笑みを見せる。


「扶様、流石です! まさに鬼の様な膂力りょりょく!」


「そうだろう、そうだろう。全てはあの御方・・・・のお陰よ!」


 気分を良くしたのか、笑いが止まらない様子の源扶。


「源扶! 覚悟せよ!」


 はる彼方かなたより、良く響く大声を張り上げ、将門が弓を引きながら駆ける。

 引き絞られた弓から放たれた矢は、一直線に源扶へと向かう。

 矢が吸い込まれるように、突き刺さる――


「遅かったな! 平将門よ!」


 矢がその身に届く寸前。――源扶は近くにいた部下を片手で持ち上げ、たてとして使い、将門の矢を防いでいた。


「ぐっ! すでに火が回っているか……早く、國香伯父上を救出せねば。将頼まさより! 露払いを頼んだぞ!」


「はっ! お前ら良く狙え! 兄いに、源扶以外の敵を近づけさせるな!」


 将頼らと離れ、将門は太刀を抜き放ち、単騎で源扶へと向かう。


「そうこなくちゃな! 掛かってこいよ、将門!」


 源扶へと肉薄する、将門と黒丸。

 馬上からの太刀による振り下ろし。……それは将門の膂力りょりょくと、黒丸の高さが合わさり、防ぐことの出来ない一撃。


「源扶! ここで、あの日からの禍根かこんを絶つ!」


 ――火花と甲高い音が散る。


「な……に!」


 将門は自身の目を疑う。――防ぐことは出来ないと思っていた、その一撃を易々と右手に持つ、刀一本で防がれる。

 源扶は、にやりと不敵な笑みを浮かべる。


「軽いな、軽いぞ、将門! おら!」


 将門の太刀を弾き返し、黒丸の顔を殴る源扶。

 その人間離れした力により、黒丸は将門を乗せたまま、横に軽く飛ばされる。


「大丈夫か、黒丸」


 将門は黒丸の頬を撫でる。……源扶に向かって敵意を燃やし、鼻息荒く、にらむような様子の黒丸。

 しかし、黒丸は殴られた衝撃により、脚が震えていた。


「黒丸、ゆっくりと休んでいろ」


 将門は黒丸から降り、源扶と一対一の格好となる。


「その人ならざる力……何処・・で手に入れた」


 太刀の切っ先を源扶に向けて問う将門。


「何処? 違うなあ、あの御方・・・・から頂いたんだよ!」


 一足飛びに将門に肉薄する源扶。――上段から振り下ろされる刀。

 重い一撃を将門は太刀で防ぎ、つば迫り合いの格好となる。――ゆっくりと押され始める。


「げひゃひゃ。どうだ、将門。自分よりも強い力は? おぼこい・・・・将門には刺激が強すぎたかあ?」


 源扶は将門に息が吹きかかるほどに、顔を近づける。――がら空きとなった将門の胴を蹴り飛ばす源扶。

 蹴り飛ばされる将門。赤威あかおどし着背長きせながが音を立ててきしむ。――忌々しげな顔をする将門。


「――っち。やはり、大鎧おおよろいは動きにくくて、かなわんな」


 将門はちながら、大鎧を素早く脱ぎ捨てる。――あっという間に直垂ひたたれを纏うのみとなり、首を回す。


「さて……覚悟はよいな?」


「あん? 鎧を脱いだからってどうに――」


 源扶みなもとのたすくの視界から将門が消える。――その瞬間に源扶の腹に重い衝撃が走り、後ろに飛ばされ転がる。


「おぐえ! 何だ――」


 源扶は立ち上がり、焦点の定まらない目で将門の姿を追う。


「今のは黒丸の分だ。――ただ走って、腹を殴っただけだがな」


 源扶の背後から、ハッキリとした将門の声が聞こえる。――先程までの余裕は無くなり、振り向きざまに刀を振るう源扶。

 ――しかし、その刀は将門の身体に届かず、右腕と刀は鮮血と共に宙を舞う。


「腕があ! ぐっ……将門お!」


 源扶はただ闇雲に左腕を振り回す。――しかし、将門の身体に触れることは叶わず、将門の振るう太刀により、いとも容易たやすく左腕も斬り飛ばされる。


「源扶……今一度聞くぞ。その力を誰からもらった?」


 将門は太刀の切っ先を源扶の喉元に突き付け問う。


「けひ……あの御方は今は取木とりぎにいるだろうよ……」


 痛みに耐えながら、しかし、どこか余裕のある源扶。


「そうか……ならば取木まで足を延ばさねばならんな」


 将門の太刀の切っ先が、源扶の喉元の薄皮を裂き、血が流れる。


「けひひ……将門お。これは全部、あの御方の託宣通りなんだぜ。……て、ことはだ当然、保険も掛けてある……俺が戻らなければ、大串から豊田を攻める手筈てはずになっているんだぜ」


 歪んだ笑い声をあげる源扶。――冷たい視線のまま話を聞く将門。


「だから、将門よお。分かっているだろう? 攻められたくなかったら俺を放せ、見のが――ぐぶぶ」


 源扶は最後まで言葉を紡ぐことなく、将門の太刀に喉をつらぬかれ、あっけなく絶命する。

 将門は火に照らされる源扶の死体を見下ろし、思索する。


 平國香の屋敷は完全に火が回り、大火となり、源扶の部下はことごとくが将頼の指揮する騎馬隊に射殺され、斬り殺されていた。


「兄い! 終わりましたよ! こちらの損害は無しです!」


 将頼は嬉しそうに手を振り、将門の元へとやってくる。

 思索していた将門は将頼に振り向く。


「将頼……これからこくな使命を言い渡す」


 将頼は、目を綺羅付かせながらも、将門から言い渡される使命を静かに聞く


「お前はこれから全軍を率いて、源扶の拠点のある大串を……完膚なきまでに叩きのめせ。焼き払っても構わん。生き残るためだ、やってく――」


「兄い! 承知いたしました! 完膚なきまでに叩きのめしてきます」


 将門の言葉を最後まで待たずに返事をする。

 なんとも言えない顔となる将門。

 ――大火は広がりを見せ、常陸国ひたちのくに全土を焼き尽くさんとする程に燃え上がる。

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