第40話サツキのある日


 傷だらけとなった将門まさかど黒丸くろまるは、将頼まさよりらの元に戻ってくる。

 

「兄い……大丈夫ですかい? だいぶ傷だらけですが?」


 将頼は暢気のんきに水を飲みながら……賭けの配当を勘定し、部下たちに渡している。 


「うむ……大事ないぞ。しかし、身を滅ぼす程に賭けに、のめり込むなよ? それよりも望月三郎もちづきさぶろう殿がどこにいるか知らんか?」


 笑う部下たちに、望月三郎の居所を問う将門。

 

「望月三郎殿なら、向こうの厩舎きゅうしゃに行かれたみたいですよ」


 指さす方向は黒丸が出てきた厩舎とは別に。……これまた大きな厩舎であった。


「そうか向こうの厩舎か。よし黒丸、挨拶に行くぞ」


 将門はくらも付けずに、裸馬の黒丸に跨り、ゆっくりと望月三郎の元へと向かう。


「やはり、規格外な御方だな」


「あんな巨大馬を手懐てなずけて、あまつさえ裸馬に乗るなんてな」


 男たちは、平将門という男の規格外。――常識という尺では図り切れないモノを目の当たりにし、敵とならずに良かったと、胸を撫で下ろす。



 厩舎の中では左右に分かれ、二十頭の竜馬が並んでいる。

 その様は厩舎きゅうしゃという、狭苦しい檻の中にあっても、荒波の如く雄々おおしく……並みの兵ならば、見ただけで恐れる程であろうと、容易に想像できる。

 将門は竜馬よりも遥かに大きい。――大竜馬の黒丸に跨り、望月三郎の前へと立っていた。


「望月三郎殿。……ここに居られましたか」


 降りやすいように屈んだ黒丸より、するりと下馬する将門。

 その姿を見て望月三郎は感嘆の声を漏らす。


「すっかり、信頼関係を結んでおりますな……嬉しいやら悲しいやら。お代は竜馬二十頭の分で黒丸もどうぞ、将門殿の傍に連れて行ってやってください」


 望月三郎は思いを巡らしているのか、複雑な顔をしながら。


「では、望月三郎殿。竜馬二十頭と黒丸、しかと貰い受けました。――しかし、本当に黒丸の費用は支払わなくてよろしいのか?」


 将門は首を傾げ、頭を出してきた黒丸を撫でる。

 

「その馬には、ほとほと手を焼いておりましてな……人嫌いで乱暴であり、子を成そうとせず、近づいてきた牡馬ぼばは全て蹴り殺しましたからな……有り体に言えば、良い厄介払いが出来たというものです故、お気になさらず」


 からからと笑う、望月三郎。……抗議するように黒丸は、頭で望月三郎を小突く。

 望月三郎は小突かれるのを嫌い、三歩程離れる。

 

「こりゃ、堪らん、このじゃじゃ馬め」


 望月三郎は憎まれ口を叩きながらも、満更でもなく……しかし、どこかその表情には哀愁あいしゅうが漂っていた。


「将門殿、儂が己の手で育て上げた……黒丸をどうぞ、大事にして下され」


 深々と頭を下げる望月三郎。


「そういえば……話は変わりますが、娘。望月三郎殿の娘である、望月千代もちづきちよの墓は何処いずこに? 手だけでも合わせておきたいのだ」


 将門は聞かぬ方が良いと思っていたが……聞かずにはいられなかった。


「墓ですか……」


 まさか将門の口から、出てくるとは思い至らなかった娘の名と話。望月三郎は驚き、ほんの一寸の間だが動きが止まる。


「墓などありませぬよ。千代という名は、その代に置いて、一番に優れた者が継ぐ名。故に……また本家分家等を問わず、志願した者を育てるまでの話なのです」


 望月三郎の口から語られる話。それは将門達とは、また違ったことわりであった。


「そうか……こればかりは部外者が口を挟むことではないな。要らぬことを聞いてしまった、許してくれ」


 頭を素直に下げる将門。――しかし、その手だけは固く、握られていた。


「将門殿、此方こちらも一つ聞かせて貰いたいのですよ、色々としている話は方々から聞いておるのですが……将門殿は何を成したいのか、何を成そうとしているのか」


 望月三郎の純然たる興味。――理念も、起こす行動も、全く違う、将門に対する興味。

 将門は、ゆっくりと息を吸う。


「太古より……世は弱肉強食。弱い者は喰らい尽くされ、強者は肥え太り、腐敗し始める」


 今まで多くは語らずに、その胸の内に秘めていた思い。


「それを少しでも変えたいのです……強者で無くとも、誰もが笑顔で日々を暮らせるように……」


 望月三郎も黒丸もが、将門の言に聞き入る。


「その為に……強者からの脅威には、この身体をたてにしてでも、守ってやりたいのです。……それが強者特有のおごりだと罵られようとも!」


 胸を張りながら、自らの右拳で、自らの胸を叩く将門。――その顔に一片の曇りも無く、双眸は、どこまでも澄んでいた。


「平将門殿……その道を、どこまでも真っすぐに進んでくだされ。我らとは、やはり交わらぬ道でしょうが、商売はできますからな」


 男二人は、顔を見合みあわしながら笑う。


「望月三郎諏方殿の……手塩にかけて育てた珠玉の一頭ともいえる黒丸を。この平将門……しかと貰い受けました、大事にしまする」


「さて……将門殿は一日か二日ほど、竜馬の慣熟かんじゅくの為に滞在なされるでしょう。良い酒があるので一献どうでしょう」


 にこりと笑い、指で杯の形を作り、くいっと手首を曲げる、望月三郎。


「ご相伴しょうばんに与ります、望月三郎殿」


 商談の成功を祝い、宴が行われる。――牧の人間も、将門の部下も、夜遅くまで大いに騒いだ。


 その後、二日間に渡っての竜馬慣熟走行が行われた。――誰もが、触ったことも、見たことも無かった竜馬に苦戦したが、生傷を幾つも作りながら馬との絆を深めていった。



 ――逞しい竜馬がくつわを並べ、今かと今かと身震いさせながら待つ。


「では、望月三郎殿。息災でいてください」


 軽く会釈をし、黒丸に跨る将門。

 多くを語らず頷き、見送る望月三郎。娘を送り出すような面持ちであった。

 

「よし、お前たち準備は万端だな。これより豊田郡に帰還するぞ!」


「おおお!」


 男たちの掛け声と、馬の嘶きと共に、将門達は出立する。――先頭を駆ける黒丸と将門。それに追随するように竜馬と普通の馬が駆けてゆく。




 桜が咲き誇る、季節が終わる。

 初夏の陽気を帯び、くすのきに白く愛らしい花が咲き誇る頃。

 平良兼と公雅に公連の兄弟は豊田郡へと招待されていた。


「ふむ……上手い事、荘園も経営しているようだな。……しかし、将門め。面白いものとは、いったい何の事だ」


 良兼は、ぶつくさと言ちながら、馬を歩かせる。


「父上の機嫌がすこぶる悪いが……公連きみつら、何か知っているか?」


 良兼を後ろから追う、公雅は、ひそひそと耳打ちするように公連に聞く。


「そらあ……姉上からの便りが、春から途絶えてるのと。今回、急に呼びつけられたのが主じゃないかね」


 さもありなんと思いながら、二人は父である良兼の後を追う。


 将門の居住する屋敷へと、たどり着いた良兼一行は将門より歓迎を受ける。


しゅうと殿! お久しぶりでございます!」


 笑いながら大きく腕を広げ喜ぶ将門。


「ふむ、娘は、良乃は息災であろうな? ここ最近、便りが届いておらぬのだが……」


 娘の身を案ずる父として、剣呑な雰囲気を醸し出す良兼。

 

「良乃! 舅殿が到着なされたぞ!」


 将門は良兼の機嫌の悪さに付き合わずに、良乃を呼ぶ。――屋敷の玄関から良乃は、ゆっくりと腕に何かを大事そうに抱えながら出てくる。


「ちょっと待ちな。こちとら初めての事なんだから」


 その言葉に首を傾げる良兼達。

目の前まで良乃がやってきて、先の言葉の意味を理解する三人の男達。


「ほら、父上――」


 良乃が、良兼の顔元に両腕で抱えるものを近づける。


「――っふぐ。良乃……お前の子か?」


 良兼の口から、今までに聞いたことの無いような声が漏れる。


「当り前じゃないの。正真正銘、あたしの娘で、父上の孫さね」


 眼から雫を垂らしながらも、孫の小さい手をつつく良兼。


「舅殿。この子の名を決めてほしいのです」


 将門からの提案を、正しく飲み込むのに幾許かの時間が掛かり、呆けたようになる良兼。

 ややあって、良兼は唸り始める。――その間に公雅と公連の両名は、姪っ子の頬をつつき、良乃に脛を蹴られる。


「さつき……そうだ、皐月さつきに生まれ、花のサツキのように丈夫に育つように。さつきと名付けよう……字はそのままでは捻りがないから……五と月で五月だ」


 良兼は優しい面持ちで、御包みで包まれた五月の頭を優しく撫でる。


「さて、舅殿……もう一つ見てもらいたい物があるのです……名残惜しいでしょうが、一緒に来ていただけますかな」


 将門の誘いに応じ、良兼は名残惜しくも手を放す。


 将門の屋敷の裏手にある、ただっぴろい平野にて。……幾本かの案山子かかしが立てられていた。

 将門と良兼に公雅と公連の四人は徒歩で来ていた。


「将門……こんなところでいったい何を見せようというの――」


 良兼が言いかけた時に、何処からか地響きが聞こえてくる。

将門は喋らず、笑みを浮かべながら平野を見ている。

 ――騎馬の軍団が駆けてくる、力強く地を蹴り、たてがみなびかせながら。


「おお! 何という大きい騎馬だ!」


 将門を除いた、三人は目を見張り、その光景に食いつく。

 騎馬は一つの生き物の様に駆け、案山子に向かって突撃していく。――すれ違いざまに手に持つ太刀で斬撃を浴びせてゆく。


「将門……これが見せたかったモノの……本命の方だな!」


 良兼はその光景を、目に、脳裏に焼き付けるように見る。

 

「ええ、そうです。騎馬による高さと速さを生かし、太刀による斬撃により、敵を倒す」


 将門はしたり顔で説明する。


「この突撃は止められんだろうな……しかし、弓に対する備えは?」


 良兼からの鋭い指摘。――回答を用意していたのか、詰まることなく語る。


「弓は右方からの攻めに滅法弱いので、なるだけ速さを生かし、右方に位置取ることが重要ですな。――他にも策や、用兵について舅殿と語りたいところ、なのですが……陽も傾いてきたので、続きは屋敷で、としましょう」


 良兼は頷く。公雅と公連の二人は童のように、目を綺羅つかせながら、いつまでも騎馬を見ていた。

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