第24話娶る将門

 

平良乃たいらのよしの、あんたの嫁になる女さ!」


 まばゆいほどの笑顔と大胆な発言に将門まさかど呆気あっけに取られる。

 はたと気を取り直し、警戒をしつつ蛇のような術を使った良乃よしのを斬り飛ばし、薙刀なぎなたたずさえ、狩衣かりぬい姿である良乃よしのへと問う。


良乃よしのよ、二、三程だが問いたい事がある……よい――」


「ああ、勿論だとも! 何でも聞いておくれ!」


 将門まさかどの言葉を食い気味に答える良乃よしの薙刀なぎなたを持っていない左手で握り拳を作りドンと胸を叩く。


「そうか……良乃よしのが斬り飛ばした女だが、其奴そやつ平良乃たいらのよしのを自称していたが、面識はあるか?」


 良乃よしのは首をかしげながら、半分に斬り飛ばした女の顔を見る。


「あん? 知らない顔さね、大方だけど国香くにか叔父の雇った刺客の一人だろう……人の名をかたるなんて不埒ふらちな奴だね、斬り飛ばして正解だよ」


 良乃よしの破顔一笑はがんいっしょうしながら薙刀で数度、空を斬る。


「次だな、何故そのような格好をしてい――」


「動きやすいからに決まってるじゃない。ヒラヒラとした服よりもこっちの方が着慣れてるし、薙刀なぎなたも扱い易いしねぇ」


 またもや食い気味に答える良乃よしの

 その答えに耐えきれず、将門まさかどから笑いがこぼれる。


「武をたしなみ、しかも狩衣かりぬいが動きやすいとな、とんだじゃじゃ馬姫よ……だが、気に入ったぞ! 最後だ、嫁になるのは良兼よしかね叔父からの命令故にか?」


 最後の問いに良乃よしのは笑いのツボにに嵌まったのか、腹を抱えて大笑いをし、目に浮かぶ涙を指でねる。


「いやー笑った、そうかい気に入られたかい……将門まさかど、あんたの言う通りさね、嫁になれと命令されたのさ」


 薙刀なぎなたを手でいじりながら続ける良乃よしの。それを腕組みし、仁王像のようにじっと動かずに聞く将門まさかど


「隙があれば殺してしまえとも言われたねぇ……だけどね、そんな命令を聞く気もなかった。何より将門まさかど……父上や叔父達が危険視していた、あんたが気になってねぇ」


 良乃よしのは馬にくくり付けてある布を手に取り、薙刀を包む。


「それであんたの事を少しけていたのさ。分かったことは人をたらし込む魅力、不正を許さない正義の心、実に男らしく、そして何より強い! もうあんたに首っ丈さね!」


 清々しく言い切る、その顔は熱に浮かされ、目がうるみ、頬に朱が差す。

 将門まさかどはズカズカと足音を立てながら良乃へと近づく。


「益々気に入った! ならば、これより我らは夫婦めおとよ!」


 将門まさかどよりも頭一つ小さい良乃の膝裏辺りを左腕で背辺りを右腕で支えながら、ひょいと持ち上げる。


「ほひゃ、こんな格好、恥ずかしいじゃないか!」


 驚きの声を上げ、満更でもない顔をしながら口では抗議する良乃よしの


夫婦めおとならこれぐらい普通よ」


 良乃よしのが連れていた馬に軽々と持ち上げた良乃をまたがらせ、その後ろに将門まさかどまたがり、手綱たづなを握る。


「さて、良乃よしのよ、この少し先に馬の力丸りきまるが死んでおる……荷物を回収してとむらってやってから、何処どこかの小川で血と汗に砂を落とそうと思うが、如何いかがか?」


 その問いにこくりと頷く。


将門まさかど……道すがら京の話とか、聞かせておくれよ」


「お安い御用よ、行け!」


 馬の腹を蹴り進ませる。

 二人は楽しそうに笑いながら、口々にお互いをさらに理解するために話をし、下総国しもうさのくにを進んでいく。




 下総国豊田郡しもうさのくにとよたぐん――

 将門まさかど良乃よしのは馬に二人跨り、和気藹々わきあいあいとしながら、ゆるりと歩かせている。


「ここまで来れば、もう少しだ」


「早いこと将門まさかどの家族とも顔を合わせたいものだねぇ」


 そんな折に、二人の話をさえぎるように、怒声に悲鳴、馬のいななきが遠くない所から聞こえてくる。


良乃よしのよ! しっかりと掴まっていろ!」


「全速力で大丈夫さね、助けに行くんだろう?」


 馬の前に跨る良乃よしのは後ろを向き、将門まさかど微笑ほほえみかける。その微笑みを見ながら、将門まさかど手綱たづなを握る手に力を込め、馬を全速力で駆ける。



 逃げ惑う民達を追いかけ回す、薄汚れた男達……その手には質の良さそうな刀を持つ。


「助けて! 命だけは! やめ――」


 逃げる男の背を斬りつけ、血花が咲き、前のめりに倒れる。


「助けるわけないだろ、一番楽しい事なんだからな!」


 下卑げびた笑いが襲撃に合った村に響く。

 掠奪りゃくだついそしむ真っ最中に、見張りをしていた男から大声が飛ぶ。


「あにぃ! 一騎だけ全速力で走ってきます!」


「あん? 救援が一騎……とはいえ、早過ぎるな……見廻りか?」


 集団の頭目らしき男は考え事をしながら、ブツブツと独りつ。


「まあいい……ぶち殺して、成果を持って帰るぞ!」


「あいさ!」


 十人の男達が馬目掛けて走って行く、誰もが簡単な仕事だと思って……



将門まさかど! あいつら気がついて、こっちに向かってきているよ!」


 良乃よしのの言葉を聞き、将門まさかどはニヤリと笑い、馬に括り付けてある薙刀なぎなたを手に持つ。


「全員が向かってくるとは"手間"が省けたな! あいつらの前で飛び降りる、良乃は馬を右に方向転換させ、そのまま駆け抜けて民達の所に行け!」


「また無茶な事をする気だね……その話、乗ったよ!」


 将門まさかどから手綱たづなを手渡された良乃よしのは、さらに加速させ……十人の男達との距離が迫ると右に方向転換する。


「何だぁ、あいつ恐れて逃げよったぞ!」


「玉無し野郎じゃな!」


 口々に物言う男二人――その目の前に高く高く、跳ね上がっていた死が落ちてくる。

 獰猛どうもうに笑う将門まさかど、左手に薙刀なぎなたを持ちつつ、右手で刀を抜きーーまたたく間に正面で笑う男の首二つが刎ね飛び、馬を見ていた後ろの男達に血が吹きかかる。


「さて……お前ら、閻魔えんまが呼んでいるぞ」

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