異聞平安怪奇譚

第23話ヨシノとの出会い

　将門（まさかど）は盗賊達の死体を捨て置き、刀を血振（ちぶ）りし、納刀（のうとう）しながら、うつ伏せになったままピクリとも動かない女の元へと歩いていく。

　女の服は派手な刺繍（ししゅう）などは無く、伏せた拍子（ひょうし）に泥（どろ）が跳ね汚れていたが……市井（しせい）の者では、おいそれと手が届きそうにない程に良く、見事に作られた服を着ていた。

「気でも失っておるのか……おい、女よ、起きろ」

　両腕で抱き抱えるように女の体を起こす。――その顔もやはり、野良仕事（のらしごと）をするような顔では無く、何処（どこ）かの箱入り娘であろうかと想像される。

　何度か揺（ゆ）さぶる将門（まさかど）だが、女は呻（うめ）き声を上げるだけで、一向に眼を覚ます気配が無い。

「仕方ないか……力丸（りきまる）に乗せるか」

　将門（まさかど）は指笛（ゆびぶえ）で、ピュイと甲高い音を鳴らす。

　すると、将門（まさかど）が飛び降りた後に、近くの水田の畦道（あぜみち）にて草を食（は）んでいたのか、口を動かしながら力丸（りきまる）がやってくる。

「力丸（りきまる）、すまんが道連れが増えたぞ」

　軽く嘶（いなな）きを上げ、将門（まさかど）が抱き抱えている女の顔をペロリと舐め上げ、力丸（りきまる）は乗り易いように体勢を下げる。

　将門（まさかど）は鞍（くら）に跨（またが）り、女を後ろに引き上げ、帯（おび）で落ちないように……しかし、引っ張れば直ぐに解（ほど）けるように腰同士を結ぶ。

「さて、近くの村に寄るか……それまでに起きてくれれば良いが」

　チラリと後ろで将門（まさかど）に寄りかかる形になっている女を見ながら……血雨が降った場を後にする。

　将門（まさかど）が見えなくなった後に、捨て置かれた盗賊の死体が転がる、場に一つの影……馬に跨（またが）る、狩衣（かりぬい）の者。

「おおー！　こいつは凄いね、やるじゃない平将門（たいらのまさかど）！　これは益々（ますます）……期待よな」

　赤く燃えるような唇を、舌が這（は）う。

　近くにある村を目指して、力丸（りきまる）は将門（まさかど）と女を揺らしながら歩く。

「うん、ここ……は？」

　女は目を覚まし、寝惚（ねぼ）け眼（まなこ）を手の甲で擦（す）る。

「起きたか、盗賊に襲われていたところを運良く助けたは良いが……気を失っておってな、近くの村まで送るところよ、馬に二人は窮屈（きゅうくつ）だが我慢せよ」

　将門（まさかど）は少し笑いながら、女に置かれている状況を説明する。

「貴方様が助けて下さったのですね、ありがとうございます。これは御縁（ごえん）でしょうね、私は平良兼（たいらのよしかね）の娘、良乃（よしの）と申します。貴方様（あなたさま）の御名前を教えて頂けませんか？」

　女は名を明かす……それを聞き、将門（まさかど）は怪訝（けげん）な表情を浮かべながらも、口調には出さずに答える。

「平将門（たいらのまさかど）よ、この様な所で会うなど奇妙な縁だな、従兄妹（いとこ）よ」

　将門の言葉を聞き、パッと顔を明るくする良乃。

「貴方様（あなたさま）が将門様（まさかどさま）だったのですね！　京から戻って来るとは聞き及んでいましたが……まさか私の窮地（きゅうち）を救ってくださるとは」

　良乃（よしの）は将門（まさかど）の広い背に、自分の頭と右耳を押し付け、手を将門の体に回し抱き着く。

「もう少し離れよ、手綱捌（たづなさば）きが鈍る」

　将門は身を捩（よじ）り、少しだけ良乃から離れようとする。

「将門（まさかど）様……もう少し、このまま」

　良乃（よしの）は口より、先が二股に分かれた長い舌を、ちろりちろりと数回出す。

　蛇（へび）のように口を大きく開け、長い舌の先を喉奥（のどおく）へと進めていき……胃の奥底より、抜身（ぬきみ）の短刀の柄（つか）を舌で巻き付け、音も無く取り出す。

　蛇の如く、舌を巧（たく）みに動かし、将門（まさかど）の首すじ目掛けて横薙（よこな）ぎに短刀を振るう――刹那（せつな）。

「臭い芝居で、この将門（まさかど）を謀（たばか）ったつもりか？」

　将門（まさかど）には背後にも目があるかのように、頭を下げ、体勢を下げ、横薙（よこな）ぎ一閃を避け切り――良乃（よしの）の舌を右手で掴む。

「甘いわ、阿呆（あほう）が！」

　手綱（たづな）を離し、左手を使い結びつけていた帯を即座に離しながら、良乃（よしの）を力丸（りきまる）の前方へと投げ飛ばす。

「力丸（りきまる）！　力の限り踏め！」

　強（したた）かに身体を打ち付け、体勢を崩した良乃（よしの）へ目掛けて、嘶（いなな）きと共に力丸（りきまる）の蹄（ひづめ）が迫る。

　が……しかし、良乃（よしの）は蛇のように地をスルリと這（は）い、蹄（ひづめ）を避け、力丸（りきまる）の腹下に潜り込む。

　またもや、舌を巧みに使い、短刀で力丸（りきまる）の腹を、勢いよく突く。

　力丸（りきまる）の臓腑（ぞうふ）を蹂躙（じゅうりん）しながら、短刀は背に乗る将門（まさかど）を目指して突き進み、遂（つい）に鞍（くら）を突き破る。

　――が、そこには既に将門（まさかど）は無く、力丸（りきまる）の頭の上に立っていた。

「ずぁ！」

　気合い、力丸（りきまる）の背から出てきた舌を刀で細かく寸断（すんだん）する。

　舞う血と肉片、耳を劈（つんざ）く良乃（よしの）の悲鳴。

　将門（まさかど）は弱く嘶（いなな）きながら、力尽き横に倒れこむ力丸（りきまる）。――力丸に挟まれないように距離を取り着地する。

「力丸（りきまる）……御苦労であった」

　辺り一面が血で染まっていく様を見ながら将門（まさかど）は言（ご）つ。

　すると、血だらけになりながら来た道へと走り逃げ出す良乃（よしの）。

「まだ息があったか！　逃（のが）さん！」

　将門（まさかど）は逃げ出した良乃（よしの）を追いかける。

　少し走ったところで馬を引きながら、狩衣（かりぬい）の者が逃げる良乃（よしの）の前に立ち会う。

「しょの馬を寄越しぇ！」

　将門（まさかど）に舌を切られ、回らなくなった舌で叫びながら、狩衣（かりぬい）の者へと襲いかかる。

「其処（そこ）の者よ！　逃げろ！」

　追いかけていた、将門（まさかど）より警告が飛ぶ。

　狩衣（かりぬい）の者は馬に括り付けていた布を被った棒を両手で持つと、飛びかかってきた良乃（よしの）の胴体を薙ぎ払うように棒を振るう――

　布が切れ、良乃（よしの）の胴が真っ二つに割れ、臓腑（ぞうふ）が散らばりながら勢いよく飛んで行く。

「ほう……素晴らしい腕前だな！」

　感嘆（かんたん）の声を漏らしながら、将門（まさかど）は狩衣（かりぬい）の者へと近づく。

「あんたが平将門（たいらのまさかど）だね！　そろそら近くで顔を見たいと思ってたところさね」

　棒の布がはらりと落ち、二尺（にしゃく）ほどの反りのある刃身の付いた棒。――血がついた薙刀（なぎなた）が布の下から現れる。

「いかにも平将門（たいらのまさかど）である。――しかし、素晴らしき薙刀捌（なぎなたさば）きであった、名はなんと申す？」

　狩衣（かりぬい）の者は髭（ひげ）が無く、浅黒く日焼けし、健康的な顔をしていた。

「あたしの名かい？　平良兼（たいらのよしかね）の娘、平良乃（たいらのよしの）だよ、あんたの嫁になる女さ！」

　将門（まさかど）を指差し、満面の笑みを浮かべる良乃（よしの）。