第21話たださずにはいられない

 

 下総国しもうさのくにを目指す将門まさかど……相模国さがみのくにより北上し、武蔵国むさしのくに足立郡あたちぐんの辺りまで来ていた。


「ふむ、海の近くは沼地であったが此方の方は……川も近くにあって、良い土地ではないか。それに民の顔が明るいのは良い事だな」


 ゆるりと馬上より、蒼穹そうきゅうがどこまでも続く様を見ながら、時折吹く風に乗ってやってくる、土の香りを楽しむ将門。


「さて……一度、郡役所の方に顔を出しておくか」


 陽の光にキラキラとかがやく広大な水田、明るく笑いながら働く人々、元気に楽しそうに走り回るわらべを見やりながら将門はつ。


 ふと、気がついた時にはわらべの一人が将門まさかどの近くまで、走って寄って来ていた。


「新しくみやこから来た御役人様おやくにんさま?」


 舌足らずだが、愛らしい声で喋りかけてくる童。

 将門まさかどは、仕立ての良い衣服を着ていた為に、要らぬ誤解を与えたと感じ。――下馬し、童の頭を撫でながら返答する。


「こんな格好をしていれば、間違えるのも仕方ないか……だが、役人ではないぞ、これから下総国しもうさのくにまで戻るものだ……役職も無い、官位も無い、ただの男よ」


 将門は笑いながら、わしゃわしゃと童の髪を少し乱暴にでる。


「そうだ、童よ。ここの郡司殿ぐんじどのわす、郡役所ぐんやくしょはどちらにある? お隣さんみたいなものだからな、挨拶しておかねば」


 将門の言葉に引っかかったのか、頭をかしげる童。


「お隣さん? 郡役所ぐんやくしょは向こうの方だよ、途中に大きな門とかあるから直ぐに分かるよ」


 童は郡役所ぐんやくしょのある方向を指差しながら、将門まさかどに屈託のない笑顔を見せる。


「ふむ、向こうだな、ありがとう。そうだ、礼と言っちゃなんだが……」


 そう言いながら、将門まさかどは馬の背に括り付けられた袋を開けて、ガサゴソと何かを探し回る。


「お、あったあった……これよ」


 取り出したるは、竹で作られた薄く平べったい翼――その中心に一つ穴が空いている。そして細長い棒状になった竹籤たけひご


「見てろよ、この穴に竹籤たけひごの心棒を入れて。心棒を回すと――」


 くるくると竹籤たけひごを両の手の平で挟む様に回し、勢いをつける――すると、高く飛んでいく。


「わ! 飛んだとんだ、すごい! おじちゃんが作ったの?」


 おじちゃんと呼ばれたのに少し落胆したのか元気なく、答える。


「いや、みやこあきない人が持ってきおった物よ。何処いずこかの職人が作ったのであろうな……ほら、いくつか渡す故、友達と遊んできなさい」


 いわゆる、竹蜻蛉たけとんぼ……を、将門は幾つか纏めて童に手渡す。


「おじちゃん、ありがとう!」


 お礼を言い、手を振りながら友達の元に駆けていく童、それを見ながら優しい笑みを浮かべる。


「子は良いな、やはり……宝だ」


 ちながら馬にまたがり、童や働く人々から手を振られ、将門まさかどは笑顔や手を振り返しながら、教えられた郡役所ぐんやくしょを目指していく。


 将門を見送るように竹蜻蛉たけとんぼが群れを成すように蒼穹そうきゅうに羽ばたく

 そんな微笑ほほえましい光景をジッと見つめる影一つ……




 幾分いくぶんか走った後に、童の言っていた、大きな門が見えてくる。


「おお、ここか! 見事なまでの門と柵ではないか、これなら万が一に、盗賊が来ても民を守れそうだな」


 将門は軽くいななきを上げた馬の手綱たづなを強めに引き、なだめながら下馬する。

 すると、いななきを聞いた為か門番の男が二人出てくる。


「ここは郡役所ぐんやくしょだ、何用だ!」


 将門まさかどを警戒するように、にわかに刀がある腰に手をやる。


「おっと、これは申し訳ない。平将門たいらのまさかどである。親父殿、平良将たいらのよしもちが没してな……一悶着ひともんちゃくあるやもしれんという事で、お隣さんである、郡司殿ぐんじどのへ挨拶にうかがった次第だ。お取り次ぎ願いたい。」


 それを聞いて、腰にやっていた手を戻す門番二人。


「これは……大変な失礼を致した。最近、将門まさかど殿が言うように……お隣さんである下総国しもうさのくにが、きな臭くなったため郡司ぐんじ様が警戒せよ。――と御達おたっしを出されましてな」


 深々と礼をし、謝罪の言葉を述べる門番二人。

 将門は二人の肩をぽんと叩きながら、顔を上げるのをうながす。


「職務に忠実なのは良い事だ、とがめはせんよ……逆に良くやったと褒ようぞ、しかと郡司ぐんじ殿に報告しておこう」


 将門まさかどは笑い、門番達も貰い笑いをする……が、一つの足音共に門番達の笑いは消え、苦い顔となる。


「おや、こんな田舎で会うとは奇遇な……滝口たきぐちつとめていた平小次郎将門たいらのこじろうまさかどではないか」


 足音の正体は奥より出てきた、神経質そうな顔をした男であった。


「門番よ、此奴こやつのような荒くれ者を通してはならんぞ。此奴こやつには京でひどい目に遭わされたのだからな」


 将門はじっと口を開かずに、神経質そうな顔の男を見る。


「うむ……顔に覚えが無いぞ? すまぬ、何処の誰であったか?」


 将門は京で遂行した、職務を幾つか思い出したが……男の顔に見覚えなく。心から出た言葉であった。

 

「ぐっ……失礼な。将門まさかどよ、通して欲しくば――分かっておろう? 誠意せいい次第だぞ?」


 神経質そうな顔の男は怒り顔のままで、そでを振り、指差しながら言葉を続ける。

 それを見た将門まさかどは、ふつふつと怒りが湧き上がったのか、阿修羅あしゅらのような顔となる。


公明正大こうめいせいだいで在らねばならない役人が! そでの下を要求するか!!」


 怒号――地の果てまでも響く様な声と共に将門まさかどは男に向かい、一歩踏み出す。

 ――その一歩は将門が地響じひびきを起こしたと錯覚する程に、力強く、怒りが篭った一歩。


「そ……そでの下など、誰もが……やっている……だろう」


 恐ろしさの所為せいか、男は戦慄わななきながらやっとの事で言葉を絞り出す。

 将門は男に向かい、一歩、また一歩と近づき……七歩目、男の前へと立つ。


「ひゅ、ひゅい……一体どうするつも」


 将門が手を男の顔に持っていった直後に破裂音――神経質そうな男は言葉を、最後までつむぐ事なく、頭が前後に揺れ、ガックリと膝をつく。


「馬鹿者が……しかし、一体誰であろうな此奴こやつ、記憶に無いぞ」


 ぽりぽりと頭をきながら独りつ。

 将門まさかどは、はたと気がつき、くるりと門番らの方に向きながら。


此奴こやつ郡司ぐんじ殿の元に連れて行く故な、これからも不正などをせず、屈せず職務にはげめよ」


 気絶した男の襟首えりくびを掴んで、引きずりながら、ずんずんと郡役所を奥へと進んで行く将門。

 その光景を唖然としながら見送る門番と、遠巻きに眺めていた影一つ。



「へえー平将門たいらのまさかど……面白い男じゃないの」


 影の声は小さく誰にも聞こえない……

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