第10話シチセイとホクシン落つ
燃える岩井の屋敷、火の粉と
将門の
将門は太刀を持っているが、両手を下げ自然体。――構える、そぶりも一切みせない。
秀郷は半身になり腕を交差させ、手元が『への字』に反った独特の形である……
「いつまでも掛かってこない所を見ると――不死身だ、なんだと言いつつも……
その言葉を聞き将門は一笑する。
手に持った太刀を天高く掲げる。――風が吹き、髪が
「じじい、その挑発に乗ってやろう!」
将門から仕掛ける。――鬼気迫る顔で秀郷へと肉薄する。
「ぬあああ!」
雄叫びを上げ、太刀を上段より真っ直ぐに振り下ろす。――力任せの一撃。
秀郷は両腕で
「よく防いだな、じじい!」
将門は顔を近づけ、さらに力を込め押し切ろうとする。
苦しい顔となる秀郷。――将門の鼻っ柱を狙う様に兜の天辺で頭突きをし、将門の太刀から逃れる。
「――ッ小童が。兜がへこんだだろうが!」
兜を乱雑に脱ぎ捨てる秀郷。鉄製の兜がへこみ形が崩れていたが、将門は首を回しけろりとしていた。
「じじい、まだ余裕がありそうだな……奥の手があるなら出しておけよ」
大きく溜息を吐く秀郷。気を取り直し、刀を構え直す。
「ふー……ならば少しばかり、本気で行くぞ将門。――龍脈の力を三割だ、姫!」
誰もいない虚空に言葉を投げかける。
――光り輝く奔流が地を伝う。
秀郷の足から登り、丹田へと集まっていく。
「行くぞ!」
老齢である事を疑う速さ。――振るわれる刀は太刀風だけで木を根元より折れそうなほど力強い。
金色の瞳は太刀筋を一寸も見逃さず。将門と秀郷は数合打ち合う。――
「足りんか。――」
まだ届かないと見て、少し間合いをとる秀郷。
「ならば、五割だ!」
額に青筋を立てながら、全身に力を込める秀郷。――先ほどの様に、地を伝う光がさらに足を登っていく。
「何をしようと無駄だ! じじい!」
将門が怒声を放ち、秀郷の首を狙い横薙ぎに太刀を振るう。
秀郷の左方より迫る太刀――
「しゃら!」
秀郷の気合。
振られる蜈蚣切丸。――将門の太刀は甲高い音ともに真っ二つに切れる。
「斬鉄だと!」
将門は驚きの声を上げ、体勢を崩す。世界広しといえども、太刀を切る、さらに戦いの中で斬鉄を成せる人など数える程にも居ない。
「とった!」
秀郷は返す刀で蜈蚣切丸を振るう。狙うは将門の首……刃は吸い込まれていく。
将門の首は蜈蚣切丸により、綺麗に斬られ一寸の間を置き落ちる。
「将門……討ち取ったり」
秀郷は首が落ち地を転がる、ゆっくりと膝崩れになる将門の身体を見ながら、蜈蚣切丸の血振りをし納刀する。
「将門……ゆっくりと眠――」
「油断したぞ、じじい」
地を転がる、将門の首より発せられた言葉に、目を見開き驚愕の顔となる秀郷。
膝崩れになり倒れそうだった将門の身体は……ゆっくりと立ち上がり、自分の首を拾い上げる。
「まさか、斬鉄が出来るとは……我が鉄身も
笑い声を上げながら、拾った首を元の位置に戻す、将門の身体。
時が
「ふん……一度で足らねば、二度、三度と斬るまでよ!」
秀郷は納刀した、蜈蚣切丸を再度抜き放つ。――将門の背後より斬りかかる。
しかし、将門は蜈蚣切丸の刃を素手で掴む。――手からは血の一滴も垂れず。
あろう事か力任せに掴んだ、蜈蚣切丸ごと秀郷を投げ飛ばす。
「くそ! なんじゃこの馬鹿力は!」
空中でくるりと猫の様に体勢を整えて、何とか足から着地する秀郷。
「じじい……本気を出してやる、すぐに死ぬなよ?」
将門より禍々しい気が溢れ出る。
風が強く吹きはじめる。――その風に押し退けられるかのように雲が晴れ、北東の空に
「おん そちゅりした そわか――我は
「姫! 龍脈の力を目一杯に儂に流せ!」
秀郷は悪い予感を感じたのか、焦りながら言葉を発する。
光る奔流が秀郷の全身を駆け巡る。――秀郷は矢の様に将門へと迫る。
迫る秀郷の足を止める為、将門はまるで軽い畳を返す様に地を踏み抜き壁とする。
「小癪な!」
土の壁に進路を阻まれた秀郷は急激に足を止め、壁を迂回する様に左方へと回る。
「もう遅い! 北斗七星よ、我が手足となり
北斗七星からの光が天空より降りそそぐ。
光は秀郷と将門の間へと割り込み、縦に振るった
光からは男が現れる――その顔は将門と瓜二つであった……が、
「
次々と光から、ぬるりと将門と寸分違わず同じ顔の男が四人現れ、秀郷へと襲いかかる。
「かっ! 紛い物の癖におんなじ顔をしよって」
左右より同時に秀郷を目掛けて太刀が振るわれる。――瞬時に飛び引き、振るわれた四本の太刀をもう一振りの刀で叩き落とし――瞬時に
「
将門の横にさらに二人現れる。それと同時に秀郷が斬った五人の血が傷口に戻っていき、ぴたりと引っ付き再生し始める。
「これが
「
七星が全て
「さて、じじいよ……死ぬ準備は万全か?」
全ての将門が虚空より太刀を取り出し、構える。
同じ顔、同じ動き、同じ言葉を発する。それを見ながら苦虫を噛み潰したような表情になる秀郷。
「これは骨が折れるどころか……死ぬかもしれんな」
腹をくくり、死をも覚悟する秀郷。
その時、どたどたと制圧を完了したのか秀郷の兵が走り寄ってくる。
「秀郷様! 少数を逃しましたが、制圧を粗方完了致しました! あとは将門のみです!」
「よし良くやったの! 向こうで伸びてる貞盛の様子を見てこい」
「お一人では危のうございます、我らもお手伝いします」
「行け! そして離れてろ、死ぬぞ!」
兵達に言葉を飛ばし、貞盛の方へと向け、将門から離れさせる。
「さて……"乙姫"よ! 周りに被害が出ないように結界を頼む……あとは無理をさせるが、全力で龍脈の力を回してくれ」
その言葉とともに秀郷の背後から天女のように美しく、空に浮いている女性が現れる。
「藤太……死なないで下さいね」
進路を阻むように薄い水で出来た結界が張られる。
「じじい、それが竜宮に棲まう龍神の娘か! 古き神も壊し尽くしてやる、差し出せぇ!」
八人の将門が秀郷へと次々と襲いかかる。――順番に襲いくる太刀を
「本物には影があるとはいえ……これは
気合いとともに影のある将門の胴を切り離す……しかし、本物の将門も少しの時が経てば傷が塞がり、立ち上がり始める。
「無駄よ! 我を
少しずれた胴体を手で戻し、疲れも見せず
対して秀郷は大粒の汗を垂らしながら肩で息をしている。
「老体には
結界の外からじっと闘いを見つめていた龍神の娘、乙姫に話しかける。しかし、またしても将門の刀が秀郷へと振るわれる。
「ぐだぐたと……さっさと死ね、じじい!」
振るわれた刀を避け損ね、
「
未だに致命傷に至ってはいない……が、怪力で斬りつけられたせいか、大鎧が
「藤太! 見えました、こめかみに気が集まっています! そこが将門の再生力の
「
秀郷は乙姫の言葉を聞き、距離を将門から取り、蜈蚣切丸を構え直す。
「我は
将門の一人へと駆け出す。上段からの一撃を左手に持った刀で防ぎ、右手で矢筒より一本の矢を滑らすように取り出し――こめかみを刺し貫く。
今までは刺しても切っても、再生し動き始めていた将門の身体は、ぴくりとも動かずに足元から灰となり崩れていく。
「
向かってきた二人の将門から放たれる、二本の突きをくるりくるりと
「
ばたりばたりと倒れたのを尻目に見ながら、秀郷は大弓に矢をつがえ目にも止まらぬ速さで四連射する。
矢は小さい龍を形どり、生きているように曲りくねり、四人のこめかみを撃ち抜く。
「
こめかみを刺され、撃ち抜かれた七人の紛い物は灰となり消えはじめる。
「将門! あとはお前一人じゃ!」
本物の将門へと駆け寄り、
「ぬぐぅ! じじい、どこにこんな力を隠していた!」
じりじりと将門が老齢の秀郷に圧されはじめる。
「乙姫が龍脈の力を流し込んでくれているからの! 日ノ本の力じゃ! ぬえぃ! 」
将門の刀ごと袈裟斬りにする、将門は崩れ膝をつく。
「しまいじゃ!」
矢に唾を吐きかけ将門のこめかみに深々と力の限り、反対側に鏃が出るまで突き刺し、
鮮血とともに憎悪に歪んだ首が舞い落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます