第5話キョウの幕間

  

 暗雲立ち込め、死の匂いが充満した戦さ場。

 戦さ場の真っ只中に於いて。――円形状に何かを逃すまいと囲む、色とりどりの肌と額に角を持つ集団。

 数に物を言わせ、何かを押し潰す訳でもなく……ただ囲むだけの異様な光景。

 その円の中心には鎧は砕け、大粒の汗と血を流し、刀を構える者。――源満仲その人が、ただ一人、敵と対峙していた。

 敵は黒い肌を持ち、満仲よりも数段大きく、逞しい体つき……そして額には見事なまでの血管が浮き立つ一本角。その手にはくろがねで作られたと思われる棒――金砕棒かなさいぼうが握られていた。


「くく――っははは!」


 気が触れたのか……大笑いをする満仲。狂気的な笑みを浮かべている。


「楽しいぞ! これだ……追い詰められ、血が沸き立つ戦い! これを求めていた!」


 上半身が大きく膨れるまで、息を吸い込み――吐き出す。

 肩で息をしていたのが嘘のように整い。先程まで、荒ぶり、たかぶっていた精神も落ち着き、狂気は鳴りを潜める。――神色自若しんしょくじじゃく

 半身になりながら左足を出し、少し腰を落とす。刀は切っ先も刃も敵に向けず、胸元で両手を交差させ構える。

 静かに、しかして確かに右足へと力を溜める。


「ゆくぞ!」


 満仲が地を蹴れば、地に穴が空く。

 ――ただ速く。

 ――ただ一直線に。

 ――ただ一点を貫く為に。


 姿は霞と消え、煌めきを残し、瞬きの間に敵の――鬼の喉元を刺し貫く。

 満仲は柄を右手に持ち、頸まで貫いた刃を左手で掴み……首を捻じ切る。

 

 椿のように落ちる首。


「討ち取ったり!」


 赤い血を全身に浴びながら満仲は雄叫びを上げる。

 



 ちゅんちゅんと雀の鳴き声とともに満仲は見慣れないモノや式盤しきばんが置いてある部屋で目を覚ます。


「ここは――」


「起きられましたか……師の賀茂忠行かものただゆき様の邸宅、その中で使わせていただいてる私の部屋ですよ、満仲みつなか殿」


 晴明はるあきらの声は聞こえども姿は見えず、きょろきょろと其処彼処そこかしこを見渡しながら、満仲みつなかは徐々に体を起こす。


「やはり無理するもんじゃないな……何処どこにいる晴明はるあきら


 体の痛みが酷いのか、手で腕や足を揉みほぐす満仲みつなか


「すでに陰陽寮おんみょうりょうで仕事中ですよ、今は式を通してそちらに声を飛ばしてます。あの時に急に倒れたから驚きましたよ」


 満仲は、ばつの悪そうに頭をきながら喋り始める。


「うむ……臣籍降下しんせきこうかの後に親父殿が編み出した秘術と言えば聞こえはいいが……単純に命を削り神様達の力を借り受けてるってことだ」


「合点がいきました、強力な力を使った。しかも、禁呪きんじゅでの反動ということですね……命を削れば、あれだけの神速に至れるのですか」


「そういうことだ……ある意味、特別だからな。子ができる前に死ぬかもしれんが、はっはは」


 重たい空気を吹き飛ばすように笑う。ゆっくりと体の動きを確認し着替え、外へと歩み始める……その後ろから人形の紙がふよふよとついて行く。


「そういえば聞きたかったのだが……晴明はるあきらは髪を切らんのか?」


 満仲みつなかは自分の髪を一纏めにしながら、ふと思った事を口に出す。


「切るんですが……一ト月ひとつきほどで元通りになってしまうのですよ、それに髪には魔が宿るので触媒としても優秀なんです」


「そうか、陰陽術おんみょうじゅつについては門外漢もんがいかんだが……それは難儀なんぎなような、便利なような」


 節々を盛大に鳴らしながら伸びをする満仲みつなか


「二、三日は体が上手く動かんなこれは……もし拠点を構えるなら霊泉れいせんか温泉がいてる場所が良いな」


「ふふふ、今度にでも占いますよ……当たるも八卦はっけ、外れるも八卦はっけですが」


 一頻ひとしきり笑いが溢れる。


「そういえばの使い勝手はどうでしたか? 」


 満仲みつなかは外へ出、陽の光を浴び、目を閉じ深呼吸しながら闘いを振り返る。


鉄鎖てっさの使い勝手が良かったな、他のは威力を上げることと……刀にの効果を刻み込んでおくとか出来るか? 」


「刀自体に刻み込んでおくのは難しいですね、どうしたものか」


 ちらりと満仲みつなかは下賜された三本足の烏――八咫烏やたがらすがあしらわれた刀を見ながら続ける。


「鞘の方に刻んでおくのはどうだろう、抜刀とともに刀身に火や雷の効果が一寸ちょっとだけ宿るようにーー」


「素晴らしいですよ! 満仲みつなか殿! やはり実際に使用した感触や所感しょかんは大事ですからね……何度か試行すれば使い物になりそうですよ!」


 食い気味に喋り、ああでもないこうでもないと言っているのが式を通して聞こえてくる。


「そうか、なら滝口・・の所に試作品を配備してみるか……さて、きじでも狩ってくるゆえ楽しみにしていろ」


「きじ! あ……失礼しました、師も大変喜ぶと思います!」


 大きな喜びの声に対してほろりと笑みがこぼれる。

 市井の人々には知られず京の平和を守った男はきじ狩りへと駆けていく。

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