第3話クモ

 

 満仲みつなかの手により、投擲とうてきされた短刀――黒衣へ届かず。火花を僅かに飛ばし落ちる短刀。 短刀を叩き落とした下手人は、黒衣の四人の内の一人。


「我らの棟梁に傷を負わそうとは笑止なり」


 枯れ枝のように細い腕……しかし、地に手が付きそうなほどに異常に長い。――柳のように腕をしならせ構える、手長の者。


「ほう、やるじゃないか……ならば! 」


 満仲みつなかは駆け迫り、勢いそのままに渾身の力を込め、手長へと刀を振るう――しかし、その刃も長い腕に防がれ、火花・・が散る。


「お前、腕に何か仕込んでるな……鉄の籠手こてか!」


 満仲みつなかは手長に対して、刀を防がれた感触と野性的な勘で危機を感じたのか、仕切り直す為に後方に飛び退く。

 満仲みつなかは手に持つ刀を見れば、刃毀はこぼれをし……あまつさひびまで入っていた。


「当たらずとも遠からず」


 手長の者は両腕のそでを引きちぎる。

 その下からは鋭い突起が付いた鉄板と思わしき物。それが幾枚も魚鱗ぎょりんのように肩口まで、規則正しく等間隔で貼り合わされていた。


「この腕ででつければ、如何様いかような物でも崩れよう……刃でも肉でもな」


 長い腕に見合う細長い指。それは満仲みつなかが持つ刀を指し示す。


「武具なんて仰々ぎょうぎょうしい言い方しやがって、腕に"おろし金"を着けてるだけだろうが!」


 挑発しながらも、刃毀はこぼれし使えなくなった刀を投げつけ、新たな刀を背負った刀束から抜き出す。

 満仲が投げつけた刀はむちの如く振るわれた長腕により、あっけもなく粉々に砕け散る。


「そのおごりが身を滅ぼす……貴様が、へらず口を叩けないように、その口を削りとってくれる!」


 独特の破裂音を鳴らして迫りくる腕。

 ――刹那の間隙かんげきうように満仲は身体を捩らせながら避け続ける。――時折に刀で弾くように防御する。


「先程までの勢いは何処どこへやら……避けるのは一流――だが、避けるだけ……防戦一方とは情けなし」


 手長はくつくつと笑いながら、さらに腕を振るう速さを一段また上げる。

 満仲は刹那せつなの攻防……手が身体に振れれば只では済まない状況を楽しんでいるのか、自然と口角が吊り上がる。

 

「よし、こんなものだな!」


 満仲は限界がきていた刀を手放し、飛び退く。

 にやりと笑い、意趣返いしゅがえしのつもりか……今度は手長の腕を指し示す満仲。


「お前こそ動きを見切れてないじゃないか、ご自慢の腕を見てみろよ」


「何を馬鹿なことを……言って……こ、これは何だ?」


 細長い両腕には符が何枚も何枚も貼り付けてあり、手長は剥がそうと手を伸ばす。


「遅い、老猫よりも遅いぞ! 土符つちふ――我に仇なす腕にかせめたまえ!」


 満仲が言葉を紡いだ瞬間。――符より土塊つちくれが生じ、長い腕の動きを止める。

 予想以上の土塊つちくれの重さにより手長の者は、ついに膝を折る。


「お……おお、まさか」


 図らずも手長の者は、斬りやすいようにこうべれる格好となる。

 満仲みつなかは身動きが取れなくなった手長へと、ゆっくりと近づき、新たな刀を抜き放つ。


「ここまでだな……では、一足先に地獄にて待て」


 手長の者の首を落とそうとさらに歩みを進め、満仲みつなかは刀をその首に振るう――が、横合いより大木のような足が迫り来る。


「――っち! 水を差しやがって」


満仲は刀を振るう先を急激に足へと変える。

 刃と蹴り足が衝突する――軽快な音とともに綺麗に刀が中腹ちゅうふくから真っ二つ折れる。そのまま遠心力を乗せた逆足の回し蹴りにより、満仲みつなかは結界のはしまで飛ばされ、結界へと激突する。

 その光景を目の当たりにし、清明はるあきらあせる。


満仲みつなか殿! だいじ――」


「くはは! やるじゃないか、やはり一対一では微温ぬるい故な! 面白い闘いとなってきたぞ!」


 豪快に笑いながら晴明はるあきらの言葉も聞かず、折れた刀を捨て、新たな刀を両手に持つ。

 足太の者は手長に付いた土塊つちくれ手枷てかせを踏み砕き、体勢を整えていた。


「兄者、一対一の闘いに水を差してすまぬ。――しかし、我らは武人にあらず……それに人とは思えないほどに、あの男は規格外」


 足太の者は手長の者の手をとり、勢いをつけ立たせる。


「ああ、強い。我ら真なる姿に、いや奥の手まで使わねばならぬかもしれん……が、やるぞ」


 その言葉とともに手長の者を足太の者が肩に担ぐ形となる。その姿はまるで――


「あん? まるで妖怪、手長足長――いや、妖気は見えない……何より手長足太だしな」


 満仲みつなか怪訝けげんそうな顔をしながら、二人へと近づく。


「左様……我ら元来の妖怪ではない、ただの人よ――混じりモノだがな」


 担がれている手長の腕。――一瞬の溜めと破裂音に煌めきとともに無作為むさくいに踊りだす。

 足太に担がれ武器のように振り回され、それは一定範囲に入ったものを全て跡形もなく壊す。


「兄者の腕で壊れるか、我の足で蹴り砕かれるかの違いよ……好きな方を選んで死ね」


「三つ目の選択肢がないぞ? お前らが斬られて死ぬという選択肢がな!」


 その言葉を契機に満仲みつなかと足太は駆け出す。

 腕の暴風のような乱舞により地がえぐれ、足の踏み込みにより地が裂け土塊つちくれが舞う。

 そんな死地へと満仲みつなかは構わず駆け込み、驚異的な"目"と身のこなしにより避け、ついには暴風の目……その目の前、刀の届く距離にまで入りこむ。


「二度目だ……遅いぞ!」


「おおお! 愚弄しおって!」


 暴風に太足の蹴りによる怒涛の連打。――かすめることなく避け、満仲は両手に持った刀で浅く何度も繰り返し斬りつける。

 血飛沫ちしぶきが舞い、血溜まりがそこそこにできた時には息も絶え絶えになる、手長と足太。


「なぜ……よけきれる、何故だ! 我らの連撃は必中」


「遅いからだって言ってるだろ」


 血ぶりをしながら悠々と満仲みつなかは答える。


「兄者、奥の手を使いましょうぞ」


「使うしかあるまいか……棟梁、先に九泉へと向かいます、あとの我らの悲願を頼みました」


 手長を足太は肩車する形となり、呪の言葉を唱え始める。


「我が身を依代とし、幾千幾万いくせんいくまんの怨念によりて、人を押し潰し、大山貫く黒鉄手脚八本持つ、土蜘蛛つちぐもと成らん! 」


 二人の身が人ならざるもの……八本足を持ち毛むくじゃらの身体に鬼のような形相となる。

 地鳴りとともに呪の影響か結界が悲鳴を上げ始める。

 結界を外側から、維持し続ける晴明はるあきらの額から大粒の汗が流れ始める。


満仲みつなか殿! それは不味い! 変化して手に負えなくなる前にトドメを刺してください! このままだと結界も持ちませんよ、満仲みつなか殿!」


 危機を敏感に察知している清明はるあきら満仲みつなかに向かい、喉を潰しかねない程の大声を張り上げる。

 満仲みつなかは巾着より新たな符を何枚か取り出し、手に持つ。


晴明はるあきら耐えろ、今から仕留めるところだ! 雷符らいふ――我らが怨敵おんてきを貫きたまえ!」


 符から雷鳴とともに紫電しでんが発せられる。不規則な動きで蜘蛛くもに成りかけのモノへと飛ぶ。


「――――――」


 人の言葉を失い、咆哮ほうこうとともに紫電しでんを前脚で打ち払う蜘蛛。


「そうなるとは思っていた……雷符――我が刀に宿り、悪鬼羅刹あっきらせつを断ち斬る力となれ」


 刃を符でぬぐうようにすべらすと紫電が刃に纏わりつく。

 満仲みつなかは精神を整えながら紫電を纏った刀を下から上へと、ゆっくりと上げていく。


八幡神はちまんしんよ、願わくば我らの敵を鎮める力を授け給え」


 清澄せいちょうな風が外から結界の中に流れ込む、それは徐々に形を変え――蛍の光のように明滅するものが満仲みつなかの周りを飛ぶ。


「蜘蛛よ、ゆくぞ!」


 満仲みつなかは気合いとともに駆ける、蜘蛛も串刺しにしようと脚を突き出してくる。


「うお!」


 脚を避け、すれ違いざまに斬り落とす。切断面から白い血が流れ落ちる。


「――――!」


 蜘蛛は咆哮とともに脚を失った為に体勢を崩し倒れこむ。


「まだまだ!」


 満仲みつなかは左手に握り拳を作ると明滅する光がいくつも集まり巨大な光の腕が形作られる。


「ふき飛べ!」


 巨大な光の腕で蜘蛛を力の限り殴る。――巨体が宙に浮く。

 しかし、満仲は追撃の手を一切緩めずに、蜘蛛の顔面を殴る。――結界の壁まで飛び、蜘蛛は轟音ごうおんを鳴らし、ぶつかる。

 柔らかい腹を晒し、背を結界に焼かれながら、苦悶の鳴き声を上げる。


「蜘蛛の動きを封じ給え!」


 左腕から蛍火のような光が飛び、壁にぶつかった蜘蛛に吸着する。

 蜘蛛は一刻も早く体勢を整えようと、光から逃れようと、なんとか藻掻もがくが微動だにできなかった。

 満仲は蜘蛛へと近づく。


「これで終わりだ……ではな、土蜘蛛よ。迷わずに纏めて逝けよ」


 渾身の力を両腕に込め刀を振り切る。

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