京の死闘 満仲猛る

第2話シカク


 都に夜のとばりが落ちて久しく、大内裏だいだいりを警備する兵の気が緩み始めた頃。

 月が雲隠れするのに合わせ、兵が数人づつ闇の中に消えてゆく、その瞬間だけを目撃すれば人は言うだろう、”神隠し”と……

 先程まで大内裏だいだいりを警備していた無数の目と息遣いが消え、篝火かがりびがパチパチと粉を爆ぜ踊らせる独壇場。

 ひらりと音もなく神隠しの如きわざをやってのけた立役者、黒衣を一様に纏いしモノらが出てくる。

 月明かりに照らされ徐々に異様な形貌けいぼうあらわになりはじめる。枯れ枝のように細く足先まで届くほど長い両手のモノ、樹齢が長い木のように太く逞しくゴツゴツとした足のモノ、体が丸く遠くから見ればまりと見間違うほど丸いモノ。


「首尾は上々……兵は全て黄泉よみの旅路」


「あとはすめらぎも同じ旅路に」


「古き時代を壊し、主の創る時代を」


「我らが新皇しんのうの為に」


 人が消え黒子くろこのみが、ささめく舞台に清流のように透き通った声が響き渡る。


左青龍させいりゅう万兵ばんぺいを封ぜよ! 右白虎うびゃっこ不祥ふしょうを除けよ! 前朱雀ぜんすざく口舌こうぜつを避けよ! 後玄武ごげんぶ万鬼ばんきを剋せよ! 四神封結界ししんふうけっかい急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 言霊ことだまつむがれ、瞬く間に蛍火ほたるびのように淡く光を放つ透明な壁が高く、そそり立ち、あっという間に黒衣の集団を取り囲む。


 光により照らされた、大内裏だいだいりの闇の中から男が現れる。――立烏帽子たてえぼしを被り、白い狩衣かりぬいを着込む男。

 眉目秀麗びもくしゅうれい――その一言に尽きる顔形の美しさ。青年よりも少年といって差しさわりのない歳ほどであり、女と見間違う美しい黒髪を腰ほどまでに伸ばしていた。


「良くやった晴明はるあきら、いい腕前だ!」


 野太い声を響かせ、一陣の風を乗せ、晴明はるあきらと呼ばれた少年の横を全力で駆けていく男。

 その男、歳のほどが三十前……闘争心溢とうそうしんあふれる闘犬の如く、獰猛どうもうな笑みを浮かべる。

 姿は髪を馬の尾の様に後頭部で結い。鍛えられた鋼の様な左半身を大きく開けだし、脛巾はばきを着けず、はかまを膝上辺りまであげ、剛健な足をさらけ出し、走る度に脈動する筋肉。


満仲みつなか殿、足場を作りますので結界の上から入ってください! 土よ高く、そそり立て急急如律令」


 晴明はるあきらが言葉を紡ぎ霊符れいふを結界の手前に飛ばす、みるみるうちに土が盛り上がり足場となった所に満仲みつなかが飛び乗る。

 

 「これは便利だな! しかし、待つのは……ちと面倒だな」


 なかなかの速さで満仲の乗る足場が盛り上がっている。――が、高さが結界の半分にも満たないところで満仲みつなかは両脚に力を溜め始める。筋肉が隆起りゅうきしていき、解放の刻を今か今かと待ち詫びる。


「よし、これぐらいならイケるな」


 満仲みつなかの口からこぼれた、小さくも不穏ふおんな言葉は晴明はるあきらの耳まで届く。


「み……満仲みつなか殿! 天辺てっぺんまで登った後にけますので! 今しばらくお待ちを!」


 懇願こんがんするように、しかし、何処かあきらめも混じった声で足場の上から動かないように言う晴明はるあきら

 その言葉が耳に届いたのか清明はるあきらの方に顔を向けるが、その顔は悪童あくどうが――さも、面白い玩具おもちゃを前にした時のように笑っていた。


「無理だ晴明はるあきら! あんなに面白そうな奴らが居るんだ、天辺てっぺんまで待つなんて悠長ゆうちょうなことできないぞ! はっは!」


 言うが早いか、待ち侘びていた両足の筋肉が溜めていた力を解放――矢の如く、足場から一気に跳び上がる――結界の遥か上まで。

 背負っていた大量の刀束から白刃はくじんをきらめかせる。天辺に向かって空から落ちる力と自らの力を合わせ――振り下ろす。

 甲高い音が響き、振り下ろされた天辺は木っ端のように砕け、火の明かりで照らされ夜這よばい星の如く、満仲みつなかと共に地に引かれ落ちる。


 「これだから、面白い事には猪のように突進するのが得意な御方は! 満仲殿、色々と恨みますよ!」


 清明はるあきらの嘆き。――清明はるあきらは手早く袖口から一房の切られた髪を取り出し、人形ひとがた形代かたしろに貼り付け結界へと飛ばす。

 満仲により木っ端の如く砕けた天辺は瞬時に元に戻る。


「お待たせした。さて楽しませてくれ……よっと!」


 着地と同時に四方八方より投擲とうてきされてた短刀の類、満仲みつなかは刀束から新たに抜き出し、その刃により小気味良い音を鳴らしながら叩き落としていく。

 最後には複数同時に短刀が満仲を襲う。


「ぞりゃ! 」


 紫電一閃しでんいっせん

 たったの一本も満仲みつなかの体には傷をつけれずに落ちゆく。

 全てを叩き落とした矢先に満仲みつなかの背後より、体躯で押し潰さんと――風切り音と共に丸い巨体が迫り来る。

 

「押し潰す気か、面白い!」


 満仲は迫る巨体。――真横に避けざまに刀で胴を撫で斬る。

 しかし、肉に阻まれ胴を真っ二つには出来ず、多少の血を流すのみとなった。


「肉達磨め……鈍刀なまくらがたなでは分が悪いか――ならば!」


 飛び退いた、満仲みつなかは手早く腰の巾着きんちゃくより数枚の霊符れいふをむんずと掴み出し、その霊符へと念じる。


晴明はるあきら使わせてもらうぞ、鉄鎖縛符てっさばくふ――我にあだなす者を捕らえたまえ」


 念を込めた霊符より幾本もの鎖が意思を持ったようにうごめき丸い巨体へ向かい、雁字搦がんじがらめにしていく。

 満仲みつなかひらけていた左腕の筋肉が大山の如く隆起し、鎖を固く掴み勢いをさらに増すように目一杯引き、雁字搦がんじがらめの鎖玉くさりだまを地面へと叩きつけ衝撃で軽く地面が揺れる。

 結界内に肉の潰れる音が鮮明に響く――が、満仲みつなかは叩きつける手を止めない。


「こんなもんだな……おら!」


 叩きつける前よりいびつに変化した鎖玉を黒衣の一人に向けて、軽いものを放るように投げつける。

 その大きさと重さでは想像もつかないほどの速さで黒衣に迫る鎖玉。

 事が起こってから微動だにしなかった黒衣がにわかかに揺れる――同時に真っ直ぐと向かっていた鎖玉が上方へと跳ね上がる。


「ほう……おもしれえ腕持ってるな」

 

 満仲の瞳には、はっきりとが鎖玉を跳ね上げたのかが見えていた。――異形の腕、そう形容するしかない、望潮しおまねきのように身体よりも著しく太く、大きい腕が鎖玉を殴り上げていた。


 感嘆の声をもらしながらも満仲みつなかは止まらず――いつのまにか拾っていた、数本の短刀を大きく振りかぶる。――鎖玉を殴り上げた黒衣の頭部へ目掛けて投げつけていた。

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